旋風のルストの招聘と緊急制圧任務
「さて君たちを
「はっ」
大佐の指示を受けて、ガルフ大尉と呼ばれた一番左端の若い人物が立ち上がって語り始めた。それを真正面から私が受け答えする。
「現在、犯罪取締第4局ではとある密輸密売組織の動向を把握することに成功し、その制圧に向けて情報収集に動いております」
「制圧作戦ですか?」
「その通りです。組織の規模は決して大きいとは言えませんが活動内容が活発で急速に組織拡大をしております。最優先で組織の完全制圧が必要と判断されました」
完全制圧、すなわちその組織を一気に一網打尽にするということだ。
「その方法は?」
犯罪組織制圧にはいくつかの方法がある。構成員の主要人物をピンポイントで捉える方法、組織の収益となっている利益行動を妨害し組織維持が困難になるように追い込む方法、だが今回はもっと直接的な方法がとられるはずだ。
「制圧対象組織の拠点となっている集積基地を一斉制圧いたします」
「大規模部隊投入による一斉制圧ですね?」
「はい、軍警察の保有する主要戦力を投入し、組織構成員の撃滅を含む、壊滅を目的といたします」
行動目的は把握できた。次は時間的な流れだ。スケジューリングの具体的な期限について私は問いただした。
「対象組織の完全制圧までの最終的な時間的期限は?」
「約1ヶ月と想定しています」
この場合、制圧作戦の準備開始から、制圧作戦の実行完遂までの期間を指して言う。当然この1ヶ月という時間にも根拠がある。
「その時間的根拠は?」
「制圧対象組織が、ある軍事機密物資の国外密輸出を画策しているためです。物資の集積と国外搬出ルートの確保、必要人員の集合。そしてそれらを前提として彼らの犯罪行動の発動までを想定して1ヶ月と試算いたしました」
「なるほど、制圧対象が大規模な作戦を計画しているのであれば、それに合わせてこちらも攻撃を仕掛けることで一気に壊滅させられますね」
ゼイバッハ大佐もはっきりと頷いてくれた。
「その通りだ。今回の作戦行動は彼らの前線基地とも言える集積拠点への物資集積行動に全ての焦点を合わせている」
「なるほど了解いたしました。敵の大規模作戦にタイミングを合わせてこちらも一斉制圧行動を仕掛ける、と言う事で作戦の主旨を把握いたしました」
だがもう一つ、尋ねるべきことがある。彼らの密輸出の対象となるものだ。それは何なのだろうか?
「ちなみにですが、彼らが取り扱おうとしている軍事機密物資とは一体?」
私が真剣味を帯びて問いかければ、それまで大尉に任せていたゼイバッハ大佐が、部屋に響く低い声で力強く答えてくれた。。
「〝精術武具〟」
ひたすら重いその響きが事の深刻さを感じさせずにはいられない。
「精術武具についてはいまさら説明する必要は無いだろうがね」
「はい、この国で傭兵稼業をしているといやでも向き合わなければならないので」
すると私の傍らに控えていた頭にバンダナを巻いた比較的若い男性傭兵が語り始めた。彼の名はプロアと言う。額に巻いたバンダナの真下に、独特の鋭い視線が覗いている。
「精術武具――ミスリル素材から錬成された特殊素材を核に、精霊科学に基づいた4大精霊の力を組み込んだ戦闘武器ですね。この国の軍事戦略の優位性の一番の根拠になるものです」
椅子にもたれたまま腕組してプロアが語る。その言葉に大佐が感心しつつプロアに視線を向けた。
「ほう? よく知っているな」
プロアのそのたたずまいは傭兵というよりも独特の鋭さを持った暗殺者のようにも思えるものだ。彼は腕組を解かずに口元にニヤリと笑みを浮かべて答える。
「昔、闇オークション組織に片足突っ込んでたんで」
「裏の専門家というわけか」
大佐が鋭く睨むが、プロアは怯みもしない。こういう状況にいかにも慣れているかのように。
「〝元〟ですよ」
「そうか。それなら不問にしておこう」
お互いに口元に笑みを浮かべている。プロアも食わせ者だが、大佐もなかなかのようだ。
「職業傭兵には様々な経歴を持つ者がいると言う。どんな経歴もこの国を守る力となるのであれば、その善悪の是非は私は問わない。これからも力を貸してくれ」
大佐の言葉にプロアは真剣な表情で答える。
「無論です。大佐」
「期待しているぞ。なお、当該組織の名称は〝闇夜のフクロウ〟、精術武具の取り扱いに特化している。これまで、収奪した精術武具を闇マーケットに流すことを活動目的としている」
「知っている。確かその頃の組織の名前は〝みみずくの爪〟と言ったはずだ。比較的小規模に慎ましくやっていた連中のはずだ」
「その組織の動向がここ数ヶ月で急速に変化しているのだ」
大佐の話が真剣味を増してくる。私もプロアも、そして他の仲間も大佐に注視した。
「彼らの組織の行動目的が精術武具関連品を国外へと持ち出すことに変化しているのだ。我々、軍警察ではこの点に注目し関係各所に通達を行い各種調査を続けてきた。彼らの目的が単なる密売利益ではない事を掴んだ」
大佐の言葉にある直感がよぎる。私は大佐の目を見つめ返しながら指摘した。
「もしかして、軍事利用目的の横流しですか?」
その指摘に場が一斉に緊張するが、大佐は私の発言に感心して微笑んでいる。
「見事だな。一発で核心を言い当てるとは。その通りだ。彼らが集めているものが高級品ではなく安い普及品ということがわかった。安物ならばどんなに分解しても惜しくはないからな」
その現実は驚くに値する。私は思わず身を乗り出した。
「精術武具の内部解析目的なのですか?!」
「その可能性が極めて高い」
事件の核心の1つが明らかになったとき、私の仲間の一人が私見を口にする。
8人の中で最高齢で左目に
年齢に裏打ちされた、落ち着いた声が耳に心地よかった。
「そもそもです、この国は250年にわたり敵対国と戦い続けてきてます。国力差は10倍以上。その絶望的な差を埋めることができたのは特に真似のできない〝精術武具〟と言う絶対的な切り札があったからです」
それは歴史的な一つの現実だ。単眼鏡越しに大佐たちを眺めながらダルム老は続けた。
「しかし、だからこそです。敵対国は何としても精術武具のノウハウを手に入れようとしてきた。初めは精術武具そのものの奪取からはじまり、複製も試みられたといいます。これまでは様々な要因から全て失敗してきましたが、いよいよ一番重要な部分に敵さんたちが手を出してきた。そう考えてよろしいのでは?」
年を経るとは経験を積むということだ。その豊富な見識が言葉の端々に垣間見える。大佐も感心しつつ頷いていた。
「そうだ。彼らの目的が精術武具の分解解析とそのために必要な内部重要部分にあると見ている。今回はなんとしても阻止しなければならん」
「当然です。この国の生命線をゆずるわけにゃぁ行きませんぜ」
「無論だとも。そのために君たちを招いたのだ」
大佐とダルム老が同じ価値観を共有して頷き合う。
ここまでの会話で作戦の目的はわかった。問題は時間的状況だ。
私は思案げに右手を顎に当てながら大佐に尋ねる。
「制圧作戦開始までの進行状況は?」
「あと1か月だが、現在制圧対象の動向を調査中で、概ね7割程度というところまで来ている」
「現段階で我々が招聘された理由ですが情報が揃ってからでは間に合わないのですか?」
1ヶ月という時間的余裕と、まだ情報が揃いきっていないという現状に疑問が湧いた。だが、大佐には理由があったのだ。
「情報が揃い次第すぐに制圧に移りたいのだ。そのためには、動かぬ証拠が揃った時点ですでに制圧作戦の準備が終わってなければならない。そのため、万全を期するためにも、私は君達を招いたのだ」
大佐の傍らに座る初老の男性たち。それまで沈黙して場を見守っていたが、機を得て次々に語り始めた。
「君たちはこれまでにも様々な犯罪組織の摘発やゲリラ集団の討伐に実績を上げてきた」
「特に南部山岳地帯のカルト集団の制圧と首領の拘束を成功させた一件は我々も高く評価している」
「さらに君たちは〝精術武具戦闘〟のエキスパートだと聞き及んでいる」
「今回の制圧対象である〝闇夜のフクロウ〟は精術武具の闇ブローカーだ、高性能の精術武具を隠匿していると見ていいだろう」
そして彼らはわたしたちを招いた一番の理由を口にした。
「通常の軍警察戦力では犠牲者が避けられない」
「人命の損耗だけは可能な限り避けたい」
そして最後にゼイバッハ大佐の声が力強く響いた。
「君たちのその真価を我々に貸して欲しいのだ」
これを断る理由はどこにもない。
左右に並ぶ仲間たちに視線を送り頷き合うと、大佐に視線を向けてこう答えた。
「無論です。我々はこの国とこの国に住む人々を守るためであれば力は惜しみません」
当然の答えだった。そのためにこそ私たちは傭兵という仕事に携わっているのだから。
すると大佐たちは立ち上がり私たちのところへと歩み寄ってきた。彼らの意図を察して私たちも立ち上がり彼らに歩み寄った。
先んじて、大佐が右手を差し出してくる。
「ありがとう」
私も歩み出て、その右手を受け取り握手を交わす。
「こちらこそよろしくお願いいたします」
今ここに我々の盟約は成立したのだった。
私たちより離れたところに控えていたガルフ大尉だったが、
頃合いを見て私たちに書類の束を手渡してくる。
「こちらが現時点で確定した情報と作戦概要になります。いずれも部外秘ですので取り扱いにはご注意ください」
私の脇から進み出てきたのはダルム老だ。彼が受け取ってくれたが、その振る舞いはまるで私の執事であるかのようだ。
「承知しました。厳重管理させていただきます」
「よろしくお願いいたします」
やり取りを終えて、大佐たちは私たちに敬礼する。
「よろしく頼む」
私たちも、それに対して同じく敬礼で答えた。
「お任せください」
お互いに、この国を護る者として重要な話し合いは終わった。
「できればお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なんだね?」
「私たちでも話を詰めたいので、話し合いのために一室、お貸しいただきたいのですが」
「了解した。ガルフ大尉、彼らに会議室を用意したまえ」
「はっ」
ガルフ大尉はどうやら大佐の秘書官のような役割を果たしているようだ。私たちのところへとやってくると先んじて歩き出した。
それを追うように私たちも歩きだす。
「それでは失礼いたします」
「何かあれば知らせてくれ」
「はい。それではこれにて」
私たちは話し合いを終えて、大尉の案内で別室へと向かうのだった。
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