旋風のルストと軍外郭特殊部隊〝イリーザ〟

 その建物は軍警察の本部庁舎だ。

 正規軍と異なり、軍警察は市民の生活と都市の治安を守るという目的がある。

 そのため、一般市民の最も集まる中央首都オルレアの商業市街区の真っ只中に拠点を構えていた。


 地上4階の煉瓦色の建物の威容は都市に住む人々に畏怖と安寧をもたらす。

 私たちはそこの3階フロアの片隅に案内されていた。


「どうぞこちらをお使いください」

「ありがとうございます」


 私たちを残してガルフ大尉が姿を消す。

 円形テーブルの置かれた部屋の中で私たちは座に直ってそれぞれに席に座った。


 私の周囲には7人の仲間たち。

 私にとって家族同様に大切な仲間たちだ。

 そもそも、私たちは一つのチームを作っている。


――軍外郭特殊部隊『イリーザ』――


 国の正規軍に契約に基づいて協力する立場にある傭兵によって構成された特殊部隊だ。

 私をはじめとして構成する8人全員が、誰にも負けない特殊技能や才能を有している。それらの真価を遺憾なく発揮する事で、優れた実績をいくつも打ち立ててきた。


――実力派精鋭傭兵集団――

――国家の切り札――

――英雄英傑軍団――


 私たちを呼び称する名称はいくつも寄せられている。

 また、その実績も、チームが編成されるきっかけとなったワルアイユ西方国境動乱をはじめとして、


――南部山岳地域カルト組織討伐――

――西南部山岳砦建設阻止作戦――

――南部都市モントワープ密売組織摘発――

――北部商業都市イベルタル違法武装組織制圧――


 指折り数えれば、両手でも足りない実績が並ぶ。それ故に私達に寄せられる期待は並々ならぬ物があった。


――虹色の英雄たち――


 私たちをそう呼ぶ人もいる。

 隊長である私を除いて7人、それゆえに虹に例えるのだと言う。


 そもそも私たちの国は敵対国と国力差があまりにも大きい。正規軍の人間だけでは戦線を維持できない。だから戦いの担い手が軍人の他に二つも存在する。


 すなわち、一般市民による〝国民義勇兵〟

 そして、定められた法律により契約を結び軍務に従事する〝職業傭兵〟


 私たちは、その職業傭兵だ。

 その中でも私は、傭兵として最高位の特級を拝命している。

 私以外の仲間たちも1級や準1級と言う上位者ばかりだ。そして一人一人が優れた技能を持つ英傑たちだ。


 私と7人の仲間たちが集まった場で、私が先んじて声を発した。


「それでは、始めるわよ」


 私の宣言と同時に立ち上がったのは単眼鏡がトレードマークのダルム老だ。最高齢して元執事と言う経歴から、私の身辺で情報整理や補佐に長けた年長者だった。

 元執事と言う一風変わった経歴を持つ彼は、交渉や情報の整理把握などを得意としている。無論、政府機関などの難しい存在との交渉も彼なら無難にこなすだろう。今回のように公的組織から渡された書類の監理整理は彼の役目だった。


 ダルム老は、小脇に抱えていた書類の束をテーブルの上に広げて一瞥すると、静かに立ち上がり皆に向けて話し始めた。


「それじゃ話を整理させてもらうぜ」

「お願いします」

「軍警察が渡してくれた資料によれば、まず現時点で把握できているのは制圧対象となる組織そのものについてだ」


 皆がダルム老の言葉に耳を傾けている。


「組織名称は〝闇夜のフクロウ〟かつては小規模の窃盗を繰り返していた〝みみずくの爪〟と言う窃盗団だった。だがこの1年か2年の間に組織の様相や指導者が変わり再編され、密売密輸を目的とするより犯罪性の高い組織に変わったとされている」


 その時、声をかけたのが先ほど大佐と話し合った若い男だ。

 頭にバンダナを巻いたプロアは、昔、闇社会に身を置いていたと言う。そのため世の中の裏事情については誰よりも詳しい。

 椅子の背もたれによりかかりながら、自らの経験を語り始めた。


「さっき大佐のところでも話したが、みみずくの爪と闇夜のフクロウとでは組織の目的も活動規模もまるで違う。かつて噂で小耳に挟んだんだが、組織を仕切る首領が取って代わられたって話だ」

「組織を乗っ取られたってこと?」


 私の問いかけにプロアは頷く。その態度の気だるさとは裏腹に、その表情は真剣だった。


「ああ、窃盗団だった頃はそんなに悪どいことはやらなかったんだが、名前が変わってからはかなり荒っぽいやり方もするって話だ」

「組織のかつてのボスは?」

「イグナスっておっさんだ。俺が昔いた闇オークション組織で何度か会ったことがある。金持ちから奪うが、貧乏人や訳ありの人間には絶対に手を出さない。そういうやつだった」

「それで現在は?」


 私が問えばプロアは顔を左右に振った。


「いや、まるで正反対だ。襲う相手を選んだりしない。やり方も荒っぽいという」

「そんなに?」

「おそらく組織の成り立ちや背景も、みみずくの爪とは全く別物になってるんだろう」

「そう」

 

 彼の言葉を聞いて私は顎に手を添えて思案した。彼の語る組織の行動の変化のきっかけは何なのか? 気になるところだがまだこれでは情報不足だ。

 話を進めるため、ダルム老に問いかける。 


「ダルムさん、それで彼らの活動拠点などは?」

「そうだな――」


 ダルム老は資料を閲覧しながら思案していたが、必要な情報を見つけたようだ。


「あったぞ。軍警察では大まかな場所は突き止めている。中央首都オルレアから東へと進んだところに陸上交易都市ガローガがある。そこから更に東へ、国境へとつながる街道筋に連中の縄張りがあるそうだ」


 そこに散切り頭の長身の青年が言葉を挟んだ。最も背が高いため嫌でも目立つが穏やかな表情のためか、威圧感はなかった。

 長身の彼の名前はゴアズと言う。

 二刀流の剣士で1対多数の切り合い戦闘を得意としている。私の部隊では重要戦力を担っており、今もその刀を両腰に常時下げている。かつて国境防衛部隊に在籍していたゆえの状況分析の感性は鋭いものがあった。


「隊長、単純に考えればその街道筋のどこかに拠点があると考えるべきでしょう。もっとも密輸と言う行為を生業としているわけですから、そうそう簡単に見つかるとは思いませんが」


 そのゴアズの意見にプロアが振り向き同意した。


「俺もゴアズの意見に賛成だ。大まかな地点が分かっても強制制圧に持ち込むだけの正確な情報が無いとマズい。拠点が見つからないのに残り一ヶ月ってのは状況的に不利もいいところだ」


 だが、二人の言葉にダルム老が冷静に答えた。資料を再び閲覧しながら声を発する。


「流石にそれは心配しすぎだぜ。軍警察では彼らの拠点はほぼ特定している。街道筋のある地点から少し奥に入ったところにすでに使用されていない商業用の備蓄倉庫があるんだ。軍警察の捜査員が直接把握した情報じゃなく、聞き込み情報らしいが複数件寄せられていて確証は高いらしい」


 私がダルム老に再度確かめるように尋ねた。


「その未使用建物に出入りしている、身元不明の人間が居るのが目撃されたってことね?」

「そう言うこった。軍警察じゃ直接視認はできていないが、集められた証言から闇夜のフクロウの構成員と思わしき人間が確認できたんだろうぜ」


 散切り頭のゴアズはさらにダルム老に問いかけてきた。穏やかな印象とは裏腹に、繊細であり鋭敏な感性を彼は持っている。一つ一つの情報をさらに丁寧に掘り下げようとしている。


「ダルムさん。間接的な目撃証言や類推情報が現状では多いと言うことですね?」

「そういうことだな。直接的な物証や確定的な情報が少ないと言う意味でも、大佐は状況の把握は7割程度と言ったんだろう」

「という事は、残り3割が確定すれば何時でも制圧に移行できるというわけですね?」

「制圧時期のタイミングの確定条件か?」

「はい」

「そうだな、その残り3割が埋まれば確定でいいだろうな」


 だが、そこで一人の男が手を上げた。

 私たちの中で最も筋肉質な巨漢でカークと言う男だ。

 ブラウンの長髪を後頭部で束ねた装いの彼は手をおろして意見を述べ始めた。


「ちょっとまった。軍警察の実力実行部隊と俺たち。それだけの手勢で取り締まれる連中なのか? その闇夜のフクロウって奴らは?」


 カークはかつて、正規軍の最前線で白兵戦闘部隊を率いていた。前線で何度も戦った歴戦の猛者だ。その彼ならではの疑問だった。

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