第1話:特別幕:軍外郭特殊部隊イリーザ、強制制圧作戦

フェンデリオル正規軍軍警察中央総本部付属、犯罪取締第4局

「フェンデリオル国、職業傭兵ギルド所属、国家特級傭兵、エルスト・ターナー様、お見えになられました!」


 若い兵士の声が響く。扉の向こう側で部屋の主に報告がなされていた。


「お招きしなさい」


 低音の落ち着いた壮年男性の声が私にも聞こえる。


「はっ!」


 入室許可に返答がされ、両開きの分厚い木製の扉が軋んだ音を立てる。


――ギィッ――


 かすかにきしむ音を立てながら扉が開いた。


「どうぞ、お入りください」


 それは黒衣の軍装姿の若い兵士だ。ロングのズボンにスペンサージャケット風の上着。頭にかぶっているのは前後に細長いタイプのギャリソンキャップと呼ばれるつばのない帽子だ。

 我が、フェンデリオル国の正規軍の制服とは異なる軍警察独自のものだ。


 部屋の中には彼と同じ服装の若い兵士が、ドアの左右と部屋の奥にそれぞれ待機する。


「ご苦労様です」


 労いの言葉をかければ返ってきたのは丁寧な敬礼だ。それを横目に部屋に入り、悠然として歩き始める。

 前へ前へと進むたびに、室内の全ての人々の視線が集まってくる。

 その彼らの眼に映っている私の服装は――

 

 足にはショートブーツ。丈夫な革製の編み上げブーツだ。

 腰から下に濃灰色のレギンスを履き、上には白地のボタンシャツを着る。

 さらに、その上にロング丈の襟付きの黒いスカートジャケットを着用し、

 その上に重ねるのは肩が少し膨らんだジゴ袖の黒いボレロジャケット、

 仕上げにフード付きのロングコートを羽織る。

 

 腰にはポーチ付きのベルトを巻き、

 右腰に愛用のハンマーステッキ風の武器を下げる。


 歩くたびにスカートジャケットの裾が揺れ、たっぷりとしたボリュームの準銀色の光り輝く髪がたおやかに揺れる。


 部屋の壁の方には何箇所かに鏡が置かれていて、そこに私の顔が映る。

 顔立ちは卵型、

 両肩辺りまでの純銀色の髪が揺れ、

 瞳は碧眼、

 肌の色は大理石のように白く、唇に引かれるのは淡く赤いルージュ。

 戦いに臨むものとして派手になりすぎず、それでいて女性として華やかさを損なわない。そんな化粧と装いを私は常に心がけていた。

 

 自らへの視線を感じつつ、部屋の中を一瞥する。 

 そこは広い会議室だ。

 濃い茶系でまとめられた室内空間には、その建物が秘めた長い歴史が刻み込まれている。

 木製の巨大な環状テーブルがすえられ、革張りの椅子が並んでいる。その席のうちの5つには黒衣の軍装の壮年の男性たちが並んでいる。

 その5人の中央の一人が声を発した。


「呼び出しに応じてくれてご苦労、早速だが話を詰めていきたい。仰々しい挨拶は抜きで行こうじゃないか」


 その人物が先を急いでるのが分かる。


「座りたまえ」


 入室案内をしてくれた黒衣の若い兵士と同じように、スペンサージャケット風の黒い軍装を身につけている。頭にかぶっているのはギャリソンキャップではなく、つばのある円筒形の帽子のピケ帽。 

 両肩の肩章のデザインも微妙に異なり、彼らの階級が異なるのを意味していた。

 彼らの帽子の額には翼を広げた荒鷲が金属レリーフとして取り付けられている。

 大空から狙いすまして獲物を捕らえる。それを意図してデザインされたシンボルだと言う。


「恐縮です。それではお言葉に甘えまして」


 言葉を受けて私と、私の7人の仲間たちは環状テーブルの所定の席に着いた。先に座っていた5人の制服姿の彼らと、私を含めた8人、互いに向かい合わせで座る。

 先に名乗ったのは制服姿の彼らの方だ。


「フェンデリオル正規軍軍警察中央総本部付属、犯罪取締第4局本部局長を務めるゼイバッハ・ラルフ・ブライアント大佐だ」


 そう名乗った彼の印象は、一言で語るなら――


〝狼〟


 落ち着き物静かそうな顔立ちの中に鋭い視線が宿っている。グッと噛みしめた骨太そうな口元には強い意志が宿っている。

 彼に続き残り四人も次々に名乗る。そのいずれも軍警察中央総本部付属の局長クラス以上の重要人物ばかりだ。

 彼らの名乗りを受けて私も答えた。


「軍外郭特殊部隊イリーザ隊長・特級傭兵エルスト・ターナーです。ご指名頂き誠に光栄であります」


 私はさらに両サイドに控える7人の部下たちを紹介する。


「こちらに控えているのは、私が率いるイリーザの隊員たちです。今回の任務に参加させていただくことになりますのでどうかお見知りおきを」

「うむ。よろしく頼むぞ。それでは早速本題に入ろう」


 ゼイバッハ大佐は仰々しい社交辞令を避ける。実利本位で無駄を嫌う性分のようだ。

 彼らの名乗りからわかるようにここは軍警察、この国の治安を一気に引き受ける人々だ。


「知っての通り、この国には他国で言うような独立した警察組織が存在しない。その代わりにこの国の治安を一手に引き受けているのが我々、フェンデリオル正規軍軍警察だ」

「承知しております」


 なぜ警察がないのか? なぜ軍警察なのか? その理由は分かっている。


「この国は長年にわたり他国からの侵略の危機にさらされています。それは正面からの軍隊の侵略だけではなく、諜報活動や秘密組織の潜伏、カルト集団の蔓延、様々な方法でこの国に浸潤してこようとしてくるからです」


 敵対存在が正面からの軍隊の侵略と、犯罪の蔓延と言う二つの手段で襲ってくるので、軍隊と警察に組織を二つに分けていたのでは対応が間に合わない恐れがあるのだ。


「正規軍と警察機構、この二つを一つに合わせてしまえば対応と連携は極めて迅速になります」


 私の答えにゼイバッハ大佐は満足げに頷いた。


「さすがだな。二つ名を背負っているだけはある。なぁ〝旋風のルスト〟」


 私も微笑んでお世辞を返した。


「そうおっしゃっていただけて誠に光栄です、ゼイバッハ大佐。大佐も〝青狼のゼイバッハ〟のお名前をお持ちとお聞きしております」

「光栄だな」


 私が〝青狼〟の二つ名を知っていることに彼も満足しているようだった。

 この国では戦うことに関わる人々が、存在を認められるようになると〝二つ名〟を持つようになるのだ。

 二つ名も持つ事は、すなわち、ひとつの〝誉れ〟であるのだ。

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