第10話 のるかそるか、それは問題だ ②
毎日、正直何もすることがない。
医師の固有の業務が何もないので、毎日、他の職種の事業をを見学したり、手伝ったり。一体、私達って何しにここにきてるのか、よく分からない。
唯一の仕事は、結核患者管理だけれど、それも、私が就職してから一人も発生していない。
「堀川先生、何かすることないですか?」
「ないねえ・・・今日は、課の事業も何もないからねぇ」
「困りましたね」
「あ、そうだ、じゃあさ、過去の結核患者のカルテでも見てみたら。何かの参考になるかもよ」
「そうですね・・・」
「過去カルテがどこにあるかは、結核担当の保健師に聞いて」
「え、それって誰ですか?」
「誰だっけ」
えー、堀川先生、それを知らないって、どういうことよ。
不意に、後ろから声をかけられた。
「今年は、私です、先生方」
ぎょっっ。な・・・
「あ、今年度は草尾さんだった?」
「そう、今年度も、です」
振り返ると、草尾保健師がにこやかに立っている。
「松島先生、こちらです」
「あ、はい」
急に心臓がバクバクする。血圧が跳ね上がった気がする。・・・変に思われていないかな。
いや、普通にしておけば大丈夫なんだよ、フツーにしとけば。
誰も何にも思わないって。そもそも相手は草尾さんだよ?
でも、直視出来ない。顔が赤くなりそう。だって・・・ねえ、アレだし?
アレって何だ、私。アホだろ。
ごちゃごちゃ考えていたら、友利主査の机の引き出しにモロにぶつかってしまった。
「イタっ」
引き出しがいつも出しっぱなし。ホント凶器だ、この机。
「あら、先生、大丈夫?」
笑いながら気遣ってくれる草尾さんには悪いけど、頼む、放っといて。
「大丈夫、です」
草尾さんが、ぶつけた腰をさすってくれそうになって、思わず身をそらす。あぶな、何してんだこの人はっ。
もう、ホント、藤野保健所、イヤだ・・・どこか別の研修先に行きたい・・・。
連れてこられたのは、廊下の行き止まりの暗い部屋だ。
鉄の重そうな扉に阻まれた奥に、天井まで棚が切ってある。その棚に、いっぱい段ボール箱が載せられている。
・・・倉庫? 換気が悪くて、空気が淀んでいる気がする。
「ここです、管理の終了しているカルテは、ここに。倉庫に五年、保存する決まりになっているので。現在進行中のカルテは事務所にあるけど、終わったらここ。箱に日付が入っているでしょう。これは管理終了の日付で探して下さいね」
「・・・は、はい・・・」
「分からなかったら、また、お声がけ下さいね?」
イヤ、無理。絶対無理。
奥の方で、業務士さんが、段ボール箱の積み替えをしているのを横目で見ながら、そっと息をつく。
良かった、こんな密室で二人きりにならなくて。
「では、一緒に探しましょうか」
「へ? いやいや、大丈夫、教えてもらったので、大丈夫です」
「一緒に探した方が早いんじゃないかしら」
「いや、特に、あの、目的とか、なくて」
「どんな患者のカルテが見たいんです?」
「いえ、草尾さんは、ご自分のお仕事に、戻って下さい」
「いいの、今日は特に何も急ぎの仕事がないから。じゃあ、私が最近、関わった患者さんのカルテを見てみましょうか」
いや・・・マジでいいって・・・もう、これ以上アナタと一緒にいたくないんだよ。
あれこれ、段ボール箱を引っ張り出しては、中身を確認している草尾さんを見下ろしながら、私は、またため息をついた。
・・・これは、あれだ、多分、慣れない職場で緊張していて、優しい人に執着しちゃう、みたいな?
突然のセクハラで困っていた時に、優しくされたから、勘違いしちゃった、みたいな?
勝気なお姉様方の値踏みするような視線の中、優しく見つめられたから、嬉しくなっちゃった、みたいな?
あ、今のは違う違う、違うって。
そう、これは、親愛の情ってやつ。
お友達になりたいな、ってやつ。
決して、アブナイ気持ちじゃ、ございません!
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