第9話 のるかそるか、それは問題だ ①



 草尾、史世、という名前らしい。


 私は、堀川先生の机から勝手に職員名簿を取り出して、藤野区のページを開いた。


 下の名前、なんて読むんだろ。


 ああ、職員データベースなら、読み仮名が分かるかな。


 あ、私、使い方わからないじゃん。


 堀川先生に聞く?


 どうしてって聞かれたら、どうする。


「あれ、松島先生、どうしたの?」


 突然、堀川先生から声をかけられて、文字通り、飛び上がった。


「え、いや、職員の皆さんのお名前を覚えようかと」


「え? 努力家だねぇ」


 いや、違うと思いますけど・・・やましさしかないな。


「あの、この、草尾さんの下の名前って、なんて読むんですかね」


「あ、それ、ふみよ」


「へ?」


「ふ・み・よ」


「うわーっぽーい」


 思わず、心の声が漏れる。


「草尾さんに聞けばいいのに」


「ええっ、ど、どういう意味ですかっ」


「え? だから、みんなの名前よ。私も読めない人が結構いるから。草尾さんなら多分、全部知ってると思うから・・・どうした?」


 うおー、あぶねー、マジでバカやっちゃうところだったわ!!


「変な、松島先生」


「いや、またの機会に聞いておきます」


 またフラッといなくなった堀川先生の姿が完全に消えてから、私は職員名簿に視線を戻す。


 くさお、ふみよ、名前、可愛くない?


 ・・・あー、おかしい。


 なぜ、私は、こんなに、オタオタしなきゃならないんでしょーか。


 どこからどうみても、ただの普通の、人の良い近所のオバサンじゃん。


 だいぶ白髪が混じり始めた髪は、染めることもなく一つに纏められて、可愛いバナナクリップで留められているし。


 まん丸の顔は、妙にツヤツヤしていて、化粧っ気がないのに、頬がいつでもピンクだし。


 垂れ目はいつもニッコリしていて、意外と何でも誰でも良く見ていて、困っている人をみつけるのが素早いし。


 短い鼻は丸っこくて、可愛いし。


 意外と形の良い唇は、なぜが赤くぎゅっと引き締まって賢そうだし。


 保健師の制服はいつも元気と良心でパンパンに膨らんで・・・


 ・・・いやいや、違うから!


 何を考えている私!


 ああもう、本当に、何でこんなことばっかり考えなきゃならないんだ。


 私、本当に脳腫瘍でも出来たんじゃないか。


 絶対、何かおかしい。

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