第7話 初日の恥はかき捨て ⑦



 色々、本当に色々色々ありすぎて混乱しながら、私は何とか疫学調査だけは終えて、事務所に帰ってきた。


 主査は車を駐車場に停めているだろうと思う。

 私は、正面玄関でおろしてもらって、事務所に駆け込んだ。


 既に、終業時間を過ぎている。事務所には、ほとんど人が残っていなかった。


「あ、松島先生、今、お戻りですか? お疲れ様です」


「く、く、草尾さーん、あ、あの、あのあの」


「どうされました?」


「あ、あの、堀川先生が、困ったら、草尾さんに相談しろって」


「ああ、はいはい、いいですよ、何かありました?」


「だ、誰にも聞かれないところって」


「じゃあ、相談室を使いましょうか」


 おっとりと草尾保健師は、私を伴って相談室へ向かう。私はビクビクしながら、何度もキョロキョロしながら、後をついて行った。


「どうしたの? 友利さん?」


「どどどど、どーして、それを」


「堀川先生も、同じように、どうしようって相談してきたから」


「じゃ、じゃあ、状況は、分かってますよね?!」


「・・・セクハラで訴える?」


「い、いや、そ、そこまでは・・・」


「堀川先生は、色んな意味で強い人だから、私はあまり心配しなかったけれど。松島先生はあまり免疫がなさそうに見えるから、少し心配、私」


 堀川先生が強い? どういうことかな。でもそれって聞いていいことじゃないよね。


 っていうか、免疫がないってどういうこと?


「免疫がないって、どういう意味ですか?」


「え? いや、ああいうセクハラ親父に慣れてなさそうに見えたんですけど、違う?」


「あ、ああ、えーっと、まあ、そうかも」


 堀川先生は慣れていたのか? 何となく、つい張り合いたくなってきたけど、アホだね私。まあ、堀川先生はあれだけ綺麗な人なんだし、平々凡々な私とは違うさ、どうせ。


「何をブツブツ言ってるの? 松島先生、ずっと光の世界にいた感じがするから」


「え?」


「今まで、ヘンな患者に当たったこととか、あまりないんじゃない?」


「変な患者」


「そう。セクハラしてくる患者とか、勝手に恋愛感情持たれたりとか。割と、女医さんって患者に勘違いされやすいでしょう。まあ、男性医師も、そうだと思うけど。『私のこと、こんなに心配してくれて、嬉しい大好き』みたいな勘違い、されやすいじゃない?」


「そういうものなんですか? 私、まだ医師になって二年しか経っていなくて。研修医の時にはそんなことなかったけど」


「あ、三年目なんですね。じゃあ、そういう患者に当たったことないかな。とりあえず、松島先生が友利さんを訴えるなら協力するし、気にしないんだったら、また何かあった時に相談に乗りますけど?」


 目の前の草尾さんは、心底、心配してくれている様子が見て取れる。やはり出来る保健師は違うね、相手に安心感を与えるのが上手い。


 私のこと、こんなに心配してくれるなんて、嬉しいな。


 ・・・ん?


「とりあえず、今後は、密室に二人きりにならないようにしなくてはダメ。堀川先生には相談しておいた方がいいと思う。まあ、伝え方によっては、友利さんを蹴っ飛ばしてしまうかも」


「堀川先生が?」


「そう。あの人、過激なところがあるから」


「えー、意外」


「誰に対しても一生懸命、味方になろうとして頑張る人よ。とても熱い人なの、そうは見えないかもしれないけど」


「いえ、それは、そう思います私も」


 いいな、草尾さんにそんな風に言われて、堀川先生、いいな、羨ましい・・・。


「そう、こんな風に相談室で二人になったらダメだよ?」


「え、ああ、そう、ですね」


 ニッコリしている草尾保健師の顔を、なぜか直視出来ない。


 ・・・あれ?


「じゃ、じゃあ、お騒がせしました」


「ちょっと待って」


 立ち上がって、さっさと部屋を出て行こうとしたところを、草尾さんが引き留めた。

 自然に草尾さんは私の肘を引いたが・・・いやいや、ちょっと私、何でこんなアワアワしているの。


「まだ、友利さんいるかもよ。さすがに今日は顔を合わせたくないでしょ。見てくるから、ちょっとここに隠れてて」


「あ、はい・・・」


 するりと草尾さんは出て行ってしまった。


 ・・・今日は一体、なんて日だ。


 すぐに彼女は戻ってきた。


「大丈夫、主査、帰ったみたいよ」


「そう、アリガトウございます」


「これからも気にせず何でも相談してね。出来る限り、協力しますから」


 いや・・・もう、無理そうかも。


 ・・・何だかなー、無理だ、うん。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る