第5話 初日の恥はかき捨て ⑤



 藤野区での研修初日。


 私は、午前休をもらい用事を済ませて、午後、直接、藤野保健所へ出勤した。庁舎が分かりやすいところにあって、本当に良かった。


 二時過ぎになって、やっと会議から戻ってきた堀川先生によって、感染症担当の主査に引き合わされた。

 

 見るからに、典型的公務員! の風貌の友利ともり主査は、ずんぐりした中年男性だ。

 冴えない見た目なのに、なぜかネクタイがハイブランドだし、着ているスーツも高そう。この人も何か変な人だな。


 目付きもモッタリしていて、何となく妙に気になってしまう。


「で、つまり、松島先生の面倒は堀川先生が見るってことだよね?」


「そうです」


「僕は何かしないといけないのかな」


「いや、所属は中央保健所だから、特には何も。ラインに入るわけじゃないし」


「じゃあ、そういうことで」


「あ、でも早速、主査、松島先生を、今日の結核の疫学調査に連れて行きたいんだけど」


「ああ、それは堀川先生と二人で行ってくると」


「いや、主査が運転してくれないと。あんな区境の店なんか行けないよ」


「・・・やっぱり?」


「当たり前だよ」


「松島先生が運転してくんじゃダメなの?」


「松島先生は、中央区の所属だから、うちの公用車は運転できないよ」


「あーあ、行きたくないなあ」


「何を言ってるの、疫学調査は主査の仕事だよ」


「先生の仕事でもある」


 結核患者が、とある飲食店で勤務していたということで、堀川先生と、感染症担当主査の友利主査で、接触者がいるかどうか、店への調査に行くことになっていたらしい。


 さっきから二人がお互いに押し付けあっているのは、おそらく面倒な仕事だからなのだろうけど、私としては、初の疫学調査で、かなりウキウキしている。


「せんせー、堀川せんせー、馬子見まごみ小学校から先生宛に電話ー」


 堀川先生が電話に出ている間に、私は友利主査と二人で立ち尽くす。


「じゃ、松島先生も、どうぞ宜しく・・・」


「はい、よろしくお願いします」


 なんか、気まずい。


「ご、ご、ごめん、主査も松島先生もごめんっっ」


 堀川先生が電話を切って、すぐに言った。


「どうしたの先生」


「息子が、怪我して、迎えに来いって」


「ええっ大変!!」


 私の声はひっくり返ってしまった。ケガ? 大丈夫かな。


「大丈夫なの、先生」


 友利主査もびっくりしている。


「大丈夫だといいけど、迎えに来いって言われたからには、何らかの受診が必要な感じかも。ゴメン、疫学調査は二人で行ってきてくれる?」


「え、延期にしないの」


「しないよ、別に。主査が色々教えてあげて」


「ええー、僕ー」


 ・・・え、この初対面のおじさんと初体験・・・いや、疫学調査のね。


 大丈夫だろうか、私。

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