第4話 初日の恥はかき捨て ④



「ゴールデンウィーク明けから?じゃあ、七日からですか?」


「いや、七日は、新人研修。八からだね」


 小林先生と堀川先生が喋っているのを見ながら、私は心の中で叫んでいる。


 目の前に堀川先生がいる堀川先生が動いている堀川先生が

「半年ぶりだね、良かった、松島先生が無事に入職してくれて」

 話しかけてくれている! スゲー!!


「は、はい、今後ともよろしくお願いしまっす!!」


「あ、はい、よろしくね」


 堀川先生らしくなく、困り顔で私を見て言う。ああ、本当に堀川先生、生きてるんだなあ。


 いや、この驚きと感動を上手く表現できない自分がもどかしい。とにかく、堀川歩ほりかわあゆみ先生は、本当に、変、なのだ。


 まず、頭が青い。髪が青い医師なんて、アリかナシかって言ったら、絶対ナシだと思う。でも青いんだな、こんな公務員、許されるんだから、仲杜市ってすごい。


 そして、顔が、人形みたいにツルッと真っ白で、硬質で、無機質なんだ。

 目は丸くぱっちり、小さな鼻と小さな口は、フランス人形みたい。年齢不詳の可愛さ美しさだ。


 しかも、いつも曖昧に微笑みの形だが、とにかく表情が硬くそっけない。じっと見ていないと、人形か人間か分かんないかもしれない。


 そして、少しハスキーな声がまた、ちょっと昔のロボット感があって、とにかく興味が尽きない、変な人だ。


「じゃあ、うちの職員に会わせるわ」


 堀川先生が私を連れて、打ち合わせスペースから事務所へ歩いていく。歩く後ろ姿も、ロボット感がすごい可愛い。


「まあ、さすがに分かってると思うけど、保健師には気をつけてね。嫌われると後々まで響くから」


「分かりましたです」


 事務所に足を一歩踏み入れた途端、大勢の視線に晒される。何だ、この値踏みするような視線は。


「こっちが先生が使う机。私の隣だけど我慢してね」


 我慢してね、と言われた理由はすぐに分かった。堀川先生の机の上、ぐっちゃぐちゃ・・・。なんじゃこりゃ。


「え、あ、いや、これはたまたまだよ、先生の机を確保するのに、整理してただけだから。いつもはもう少しマシだから」


 慌てて堀川先生が言う。瞬きが多い。これは焦っているサインだな。


「あら、堀川先生、こちらはどなた?」


 後ろから声をかけられた。見るからに人の良さそうなオバサン・・・いやいや、ベテラン職員さんだ。

 背は低く、見事に丸いが、全身からイイ人オーラが出ている。よく見たら後光も射しているんじゃないか、って雰囲気。


「今年度の新人医師だよ。松島明音先生。藤野保健所に研修にくるから、宜しくご指導下さい」


「ああ、週に何日か来るってことですね」


「そうそう。私、新人指導、初めてだから、嬉しいんだ」


「堀川先生はこう見えて、とても情熱的な先生ですから、松島先生、お得ですよ」


 ベテラン感満載の職員さんはニッコリした。分かってるよ、堀川先生が、とても暑苦しい医師だってこと。


 何しろ、私が参加したセミナーで、私は子どもの未来を守りたいんだあ、とか何とか、暑苦しく叫んでいたから。


 その熱に感動して、私は仲杜市に就職を決めたんだもの。


「草尾さん、うちの島の人間はどこに行ったか知ってる?」


「ああ、今、介護予防教室の打ち合わせを会議室でやっていると思いますよ」


「あそう。うーん。じゃあ、紹介できないなあ」


「これから、毎週来るんですから、そんな慌てなくても追々でよろしいかと」


「ま、そうですよねー」


 堀川先生が喋っている、それも楽しそうに喋っている、このベテラン、ただものじゃないな?


 二人が話す横に立っていながら、私は一言も発せずに固まっていた。何となく、知らない人は気後れする。でも、何か口を挟みたい。私も会話に参加したい。


「私は、保健師の草尾です。松島先生、これからよろしくお願いします」


 草尾さんというベテラン職員はにこやかにそう言って、何処かへ立ち去っていった。


 あー、私、何か気の利いたこと、言えなかったのか。・・・こんなにふんわりと感じの良い人、初めて会ったな。


「彼女は、うちの課の一番の癒しだから」


「え?どういうことですか?」


「いや、なかなか、皆さん個性が強くてね。まあ、だんだん分かってくると思うけど、一番親切で優しくて細やかなのが彼女だから、色々相談するといいよ」


「・・・何か、不安しかない」


「大丈夫、中央保健所よりはマシだから」


「全然、大丈夫感がないですよ」


「そうそう、宮田保健師、中央区の。彼女の娘がうちの区にいるよ」


「え、こわ」


「いやいや、母ほどのパワーはない人だから。どちらかというとクールな人だよ。今日はお休みなんだけど、ストイックな雰囲気の人。彼女も色々面倒みてくれると思うよ? 他のお姉様方はちょっとアレだけど」


 アレ・・・まあ分かる。保健師の皆さんって、ちょっとアレですよ、はい。


「ねえ、松島先生、今日、もう直帰?」


「はい」


「じゃあ、一緒に帰ろう。私も時間休だから」


「え?そうなんですね」


「子どものワクチンの予約取ってるから」


「小林先生は」


「うちの所長と一緒に帰りに居酒屋だよ、今日は。小林所長は置いてっていいと思うよ」


「はい、じゃあ」


 なんか、何のために来たんだか、よく分からないな。

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