第2話 初日の恥はかき捨て ②
「で、松島先生は、ゴールデンウィーク明けたら、藤野区だからね」
「は?」
「僕の話、聞いてたかな?」
「い、いや・・・その」
やっと辞令交付式が終わったと思ったら、次の業務が、いきなり、座学だった。
今年度、新規採用された五人の新人医師に対して、各区の保健所長が講義をしてくれる、その初回だそうだ。ちょっとはゆっくりしたいなー。
本日は、保健所業務の総論を、中央保健所長の小林先生が、講義してくれていた・・・はずだ。
・・・いや、寝てなかったよ? 寝てはなかったけど・・・ちょーっとあの世を見てたというか・・・。
で、ええ?
「堀川先生が 『私が松島先生をリクルートしたんだから、私が指導になりたい』と言ってきたからさ、彼女が自分の意見を言うことなんて珍しいでしょう? ま、いいかと思って。藤野区は集約区だし、区民層も、セレブや、VIPや、ハイソサエティが大勢いて、忖度を学ぶのにちょうどいいからね、ってのは冗談だけど」
いやいや、何をおっしゃっているのかさっぱり分からないのですが・・・。
「だから、先生方は所属は中央区だけど、半分は他区に研修という名目で行ってもらうから、って採用の時に言われなかった?」
「覚えてません・・・」
「一週間のうち、月曜と木曜は中央区で勤務、それ以外は、それぞれ別の区で勤務。ここまでは分かった?」
「・・・はい」
ってか、何で私だけ返事してるの。他の先生方は大丈夫ですか?
「岩江先生と小松先生は、医務主幹なので、北区と南区。その二区にしか主幹ポストがないからね。高瀬先生は港区、斎藤先生は山旗区、で、松島先生は藤野区ね」
残りの四人は一様にうなづいている。え? そう言えば、私達、名乗り合ってなかったね? どの顔がどの先生か、分かんないけど?
岩江先生と小松先生は、それぞれ壮年男性だから、まあどっちがどっちでも、どうでもいい。多分しばらく接点もない。
でも、この可愛い坊やと、優しそうなお姉さんは、どっちがどっち?
「あれ、もしかして、みんなお互いの名前を知らない感じ?」
「知らないです」
また、私が口を開く。皆さん、随分大人しいですね?
「じゃあ、ここでお互いに自己紹介しましょう」
優しそうなお姉さんがいう。声が美しい。みるからにイイトコのお嬢様って感じがするな、この先生。
「まずは、私からでいいですか?私は
それぞれ皆が、順番に名を名乗り、個人情報を明かす。
もうすぐ還暦かな、という男性は岩江先生、そこそこダンディな五十代半ばの小松先生、私が勝手にお嬢様認定している高瀬先生、最年少、二十代の斎藤先生はびっくりするくらい童顔だが、何とアラサーだという。ぱっと見、中学生みたいだけど。
「私は、松島明音です。青野市立大学理学部を卒業して一旦、就職したのですが、どうしても医師になりたくて、再入学しました。初期研修は大学でやったんですけど、二年目の時に、公衆衛生医師のリクルートセミナーがあって、そこで、堀川先生に誘われて、仲杜市に就職を決めました」
「堀川先生というのは、藤野区の医師だよ。かなり変わった人だけど、よく彼女に騙されてくれたね、松島先生」
「いえ、堀川先生に、他にも騙されちゃった学生さんとか、いると思います」
「そんなに凄腕なの?その先生」
岩江先生が興味津々で聞いてくる。
「いや、何ていうか・・・QOLが高そうっていうか、ワークライフバランスが期待できそうっていうか・・・」
「ああ、そういうこと」
どういうことか知らんが、そういうことです。
「堀川先生は、私、研修医の時、保健所見学に来させていただいた時に、ちらっとお会いしました。あの頃は新入庁の年だったのかな、多分。堀川先生、中央区にいらして」
高瀬先生がまったりと言う。
「そうだったかな、堀川先生が採用されたのは、ずいぶん昔だからなぁ」
「いやだ、そんな昔じゃありませんよ」
高瀬先生が楚々として笑う。何、この風流感。
「とりあえず、そういうことで、皆さん、心の準備だけはしておいてね」
小林先生がそう言って、場を閉めた。
その後は、区に配属になった新人と私達がひとまとめにされて、庁舎案内やら、各課案内、仲杜市の成り立ちや覚えておくべき歴史などの講義、何だか微妙なイベントばっかりで一日が終わった。
明日は市長や副市長の出席するセレモニーがあるらしい。何でわざわざ?興味ないんだけどなー。
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