第15話 え?俺の退室早すぎ・・・
「まじか・・・こどもたちだけなのか」
17時に着いた工藤家は両親が共働きだったらしく、いると思っていたお母さんがいなくて愕然とした。
紫乃ちゃんの話では18時には帰ってくるとのこと。
「のぼる、とりあえず上がってください」
お母さんがそうしているんだろう。スリッパを出してくれる紫乃ちゃん。
「みうは2階にいます。のぼる、静かに上がってきて」
猫耳のフードパーカーがぴょこんと揺れて、俺はその後をついていく。紫乃ちゃんのスカートがヒラヒラするが、パンツが見えそうに無いのが助かったので、視線は今のところ堂々としてる。
こうしてみると、紫乃ちゃんは別に発想がぶっ飛んでそうなだけで、普通の女の子のような気がしてきた。
「・・・のぼる。ちゃんと、しのはお客様のおもてなし、できてる?」
「できてるよ。偉いね」
「やったね!」
2階に上がって見渡すと6つも扉があるけど、それぞれに部屋の名前の主が下げ掛けられている。『みう』と書いた部屋は目の前だった。ラスボス手前のセーブポイントで回復するように、紫乃ちゃんの頭を撫でる。
「・・・どうしたの?怖くなったの?」
「あっ、いや。そういうわけじゃないんだが・・・」
「お父さんが話をはぐらかせて頭をなでる時に似てる・・・」
お父さんが紫乃ちゃんを怖いと思っている?まぁ、紫乃ちゃんは勘が鋭そうだからね。言いたいことはズバッと言うだろうし、お父さんもタジタジなんだろう。
「じゃあ、いってらっしゃい」
やっぱり俺ひとりなのかーいって思いながら、俺はドアをノックしてみた。
「どうぞ」
声がしたのでそのまま入る。
そして部屋の奥で机を前にして座ってる人を見て驚いた。
そこには赤い金魚の着物を着た、後ろ姿の女性がいた。
でも、そのポニテでわかる。
「美兎ちゃん」
「おじさん、ちょっと待っててね。今算数の問題、これでラストだから」
カリカリとシャーペンを走らせてる音がどうにも懐かしい。
突っ立ってるわけにもいかないので、勉強机のそばまで来てみた。
それで宿題のプリントを見てびっくりした。
凄い!字が上手い!
はっきりとわかりやすく、それでいて昔流行ったみたいに丸い感じでもない。達筆である。
書いてある式はとても丁寧に書かれていて、約分の仕方もなんていうかスタイリッシュで迷いが無くてかっこいい。
「そんなに見つめられると、恥ずかしいんだけど・・・」
いつのまにか、目の前の着物美人にジト目で返される始末。
「な。なんか昨日と違って、元気無いねー。美兎ちゃん」
「わたしに対する第一声が、それ?」
ん?
ああ。しくじったな。これは、最初に容姿を褒めるべきだったか。
「でも、いいよ。今褒められたら、わたし、声出ちゃう。だから、貴方の前では普通の人でいさせて」
「美兎ちゃん?」
何故か、美兎ちゃんが凄く無理をしているのがわかった。体がプルプル震え出していたから。
それは扉側にいた紫乃ちゃんにもわかった
らしい。
「・・・はいっ!のぼる様お時間ですー!」
「え?時間って!まだ5分もいないんだけど」
耳元で紫乃ちゃんにごにょごにょ言われる。
「ねーちんはもうとっくに限界だから。観察して?」
「それは『察して』って言うんだよ紫乃ちゃん」
「そうそう察して。あと、明日からその匂い取ってくれるといいかも」
あー、そっか。焼肉の匂いが俺の鼻の奥までこびりついていて、自分じゃわかんなくなってたのか。
「ごめん、大分イブ臭かったかい?」
「ファブる?」
「もし良ければ玄関に一本置いてもらえると助かるかな」
「・・・かしこまり」
「じゃあ、また明日、でいいのかな?とりあえず楽しみにしてくれてるみたいだから、また来るよ」
美兎ちゃんに言った言葉なんだけど、まだ美兎ちゃんは後ろ姿を向けている。
だけど、聞こえてきた声は少し大きめだった。
「はい。お待ちしてます!」
その返事が合図になって、紫乃ちゃんに袖をぐいぐい引っ張られて退室。ドアが閉められた。
ほんとに美兎ちゃんは喜んでいるのだろうか。俺が来ることは役に立っているのかな?
昨日会った美兎ちゃんは別人すぎて何の実感もない。
「初日にしては、上出来」
「なんか引きこもりの人を社会に出させようプログラムなのかって思うわ」
「・・・?ねーちんは引きこもりじゃない。学校は毎日行ってる。昨日休んだのは、ねーちんが『一生のお願い』を使ったから」
でたぞっ、子供がよくやる一生のお願いだ。
あれ、使う子供本人が忘れるんだかズルいんだか、連発してくるよな。正しくは『一生で一度きりのお願い』だろう。
「いいのかな?大事な一生のお願いを俺なんかのために使って良かったのかな?」
「お父さんは、ねーちんの一生のお願いを使わせなかった。交換条件を出したから」
「交換条件?」
「学校休んでのぼるのお店に行く代わりに、学校でねーちんはのぼるのことを絶対にしゃべらない。それが、お父さんの出した条件」
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