第12話 込み上げてきたもの

夕暮れが迫り、木々の奥に太陽が沈んで影をつくる。そんな時間帯に、紫乃ちゃんは無事駅で家族と合流した。


「紫乃もそんなにおじさんが好きなら言ってよ!!」


「・・・え、違うよ?」


「この度は、うちの娘がご迷惑をお掛けしました」


駅に迎えに来てもらって、歩いて5分。近くには森林公園がある。


遊ぶ場所には困ってないはずなのに、なんで紫乃ちゃんは街中に来たんだろう。


理由をなかなか教えてくれないからずっと気になっているんだけど、今は頭を何度も下げてくるお父さんを落ち着かせなきゃいけない。


「こちらはびっくりしましたが、とりあえず紫乃ちゃんが無事で良かったです」


「GPS機能、なんではずしたんだよ紫乃お〜」


「どうやったの?ちゃんと話して」


話によると、紫乃ちゃんのスマホにはGPS機能が備わっていて、両親は安心していたらしい。それが、いつのまにか追跡できなくなっていたというのだ。


「種明かしはかんたん。スマホの電源を切ってみた」


あ、なるほどね。電源さえ切ってれば大丈夫・・・っていやいや。確かSea Leeさんに道案内してもらったんだよね?紫乃ちゃん、まだなんか隠してる気がする。


「何のためにスマホを持たせているか、わからないでしょう?」


「むっ。いつもスマホばっかり見てる人たちに言われたくない」


「どこにいるかすぐわかるし便利なんだよ」


「そーゆーことを言ってるんじゃないんだよしのは」


そう言って、ねー?っと顔を見合わせる姉妹。


駅で合流した時も美兎紫乃はべったりだったが、さらに紫乃ちゃんに頬擦りしてくる美兎ちゃん。


「最近蓮は公園ばっかり行くのに、どっちかというと紫乃はインドア派になっちゃったよな」


「・・・お父さん、れんとキャッチボールばっかりやってずるい。だから遊びたくないだけ」


「そ、ソンナコトナイヨー?」


「・・・それで、お兄ちゃんはどうしたの?」


「何度目なんだろうね。もう誰もいなくなってほしくないから、おとなしく家で留守番させてるわよ」


お母さんが心底疲れたような顔をしている。


なんか、あれなのかな?工藤家って順番に迷子になったり失踪したりしてるのかな?


これが日常茶飯事なら、親御さんの苦労が少しわかる気がするぞ。


でもさ、プールの事件以来、あんなに危険だったのに、この大人たちは注意深さが足りないというか、ずっとこんな感じで生活してたっぽいなぁ。


「来たね♡のぼるおじさんっ♡」


「へ?」


「ここが美兎とおじさんの愛の巣だよ?♡」


二階建ての一軒家。庭は物凄く手入れされていて、芝生が見える。


でかくて裕福そうな家だけど、二世帯住宅ではないのかな?


「親戚とかに頼ればいいのに」


思わずボソッと心の声が出てしまった。それに反応して、お父さんが表情暗く、辛そうな顔をする。


「うちは、美兎があんな感じになってからは親戚からも疎まれていてね。誰にも頼ることができないんだ。お手伝いさんも雇ってみたが、どうも他人を家に入れるのに美兎は抵抗してね。早すぎる反抗期みたいなもんだと思ってるよ」


え?そこまで聞いてないんだけど。美兎ちゃんは荒れてたりするんだろうか。


「美兎ちゃん、今までどんなトラブル起こして来たの?」


「うーん。のぼるおじさんファーストな生活?♡」


「小さい時だったから、ほとんど俺のこと覚えてないんじゃない?」


「覚えてるよっ!のぼおじは全然変わってなかったの。ほら、カッコいいでしょ?♡」


「えっと・・・こんな話を外でも?」


「ええ。誰に対してもこんな感じです。そのうち、妄想が激しい子と思われてしまって・・・」


「ああー・・・」


「なぁに?別に良いの。周りの人はわかってくれなかったけど。ようやく、ようやく逢えたからっ♡プールのお仕事やめちゃって、悲しかったなー」


「あっ」


そうなのだ。俺は、目の前で誰かが溺れてしまうのを見つけられるか怖くなってしまって、結局あの後すぐプール監視員を辞めてしまったんだ。


その結果、美兎ちゃんが心を拗らせた?


あの後、一度でも会っていれば普通の子になっていた?


俺のせい、なのか?


いやいや、考えすぎだろう。


だけど、なんか気の毒だなって思った。自分の知ってる人が、幸せになってほしいと願うのは烏滸がましいだろうか。俺が店に来るお客さんに満足して返ってほしいと願うように。


長女、次女は言いたい放題やりたい放題。相当な自由放任主義。れんくんのことはわからないけど、多分3人ともヨーイドンで別々の方向に走って行っちゃうイメージだ。


心配だろうなと思う。もし事件、事故に巻き込まれたら大変だ。


だから、気がついたらこんなことを言ってたんだ。


「俺に、子供たちの面倒を見させてください」


俺の言葉に、さっきまで謝りまくっていて縮こまっていたお父さんが、目を見開いた。


「是非!!週一回で良いからお願いしたいッ!」


「おじさんっ♡やっるぅー!」

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