第9話 残された人

「てーんちょっ!さっきの可愛い子、誰なんです?」


閉店後、厨房バイトの新田真由美ちゃんが話しかけてくる。古株の子なので、俺が対応を間違えたら店存続の危機に発展するのは必須だった。


「わたしという子がいながら・・・若い子に現を抜かす。いや、若いってもんじゃない。あれはただのガ・・・」


「真由美ちゃん、なんか言った?」


「いいえーなんでもないですー。そういえばわたし、あと3日くらいで23歳の誕生日なんですけど。そろそろ適齢っていうかぁ」


「手綺麗って・・・手をいつも清潔にして料理を出してくれる真由美ちゃんに感謝だよ」


「やだー!店長ったら!そういう意味じゃないのにー」


真由美ちゃんはボブカットの可愛らしい子だ。


厨房担当にしておくのはもったいないのに、厨房部門の男たちによる仁義なき戦いでホール担当になることができない。


厨房のヲタサーの姫的なポジションを獲得しており、本人も満更でもない。


普通、大学卒業とともに退職するバイトさんが多い中、卒業後も働いてくれる数少ない逸材なのだ。


4年間働いてもらっているため、泣かされた男を数えきれないほど見ている。だから、俺ができることは適切な距離感を保つことだ。これ大事。男を泣かせる以外は有能なバイトちゃんなのだから。


まぁ、真由美ちゃんが厨房に留まっているおかげでお客さんの被害者が出ないのが理に適ってるというか、こいつを外に出したらやべーぞ!みたいな厨房男子の焦りを感じる。


目深に厨房用の帽子を被せれば、ある程度可愛さを半減できるらしい。そのおかげで平和は保たれている。


まぁ、最近入った古市くんは一応社員だけど、真由美ちゃんより年下だからか被害に遭っていない。


古市くん自体は仕事はやらかしが多いものの、真由美ちゃんのそばで人生が狂わない、っていう才能の持ち主だから大切にしなきゃいけない。


そして最近の真由美ちゃんは、自分の年齢が上がったせいでだんだん自分の遊び相手になる若い人が減っていて、ついに俺にまで毒牙を向けてきていたのだ。


晩年のクレオパトラみたいに年下を相手にすればいいのに。なぜ俺に来るのだろう。


それだけオープニングスタッフは辞めてしまって、俺と真由美ちゃんと結婚した綾華ちゃんしか初期メンバーいないっていう現状が少し寂しい。


「さっきのお客さん、いとこの子とかですよね?」


「あの小学生の女の子は全くの他人だが」


「あー、わかります。全然似てませんよね。だから好かれてるのがおかしいですよ」


めんどくさいからとっとと話を切り上げたい。でも蔑ろにはできない。そして女の勘は鋭い。


なので真由美ちゃんに、プールの件をかいつまんで話してみた。


馬鹿にされるかと思いきや、意外にも真剣な顔をしている真由美ちゃん。


「なるほどー。じゃあ店長はその子に行っちゃうんだ?」


「そんなわけないだろう?」


「どっちにしろ、誰かに好かれてる時点でわたしはパスですよー」


「え?」


ヒラヒラと俺に手を振って、真由美ちゃんが素っ気なくタイムカードを切る。


「つまんな。勝手にフラグ立ててんじゃねーよ。しかも相手はガキかよ」


かつて無い怨念を俺にぶつけながら、おつかれさまでしたーっと明るい声でエレベーターに乗り込む真由美ちゃんだった。


そばにいた古市がヒューっと口笛を吹く。


「実はフラグをへし折るために小学生を利用してたり?」


「してないよ」


あー、明日から嫌がらせでも来るのかな?対応ミスったかもしれない。


だけど、最近の真由美ちゃんは綾華ちゃんに先を越されてイライラしてるだけみたいだから、ここらでちゃんとした男の人を見つけてくれることを願う。

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