第7話 猪突猛進!?
「おじちゃん!楽しかったからまたなっ!」
「・・・甘いもの、かんぜんせいは☆」
あれから一通りレギュラーメニューを消化して、お米をたらふく食べてもらった。デザートは3種類しか無いけど全部気に入ってもらえた。
やっぱりゴツゴツしたステーキや、弾力があって噛み切れないホルモンよりも、赤身は柔らかくて子供たちにはちょうど良かったみたいだ。
1割引でお会計は5000円。遅い昼飯にしては大分豪華だと思う。
「のぼるおじさん、焼肉屋なんかよりもうちの家庭キョーシ、やってたほうがいーよー?」
美兎ちゃんがそう言ってくる。さすがに冗談だろうなぁと思って見上げると、お父さんが神妙な面持ちアンド直立不動でこちらを凝視していた。
「久保田さん。良ければ、毎週日曜日にあなたをうちに招待したい!」
「な、なぜですか?」
「うちの美兎が心底、あなたに惚れていまして・・・」
・・・・・・
なぜ他の客席からも良く見えるレジ前でそんな爆弾発言を・・・
・・・ええええ。
「その話、もっと詳しく聞きたいんすけどっ!!」
ここ1番のネタに飛びつかないやつはいない。外野から古市くんが飛び出してきた。
「古市くん、ここは良いから持ち場に戻ってくれよ」
「あれ〜?今の俺っちは店長代理っすよ。さぁさぁ、おとなしく白状するっす!」
んー、お父さんには悪いんだけど、美兎ちゃんのことは女性であるお母さんに聞いた方がいい気がする。
「お母さん?冗談ですよね?」
「ごめんなさい。うちの美兎は亥年なので・・・」
いや、それが何か関係あるんだろうか。猪突猛進?俺に?向かって?来るの?
「おじさんっ♡」
語尾に混じるハートが今の俺にはとても辛い。周りからロリコン認定でもされたらどうすればいいのだろう。以前よりもっと致命的に異性が寄り付かない気がする。
でも、嬉しそうな美兎ちゃんの顔から目を逸らすのは、なんかもっと可哀想な気がした。
ここは大人としての威厳を保つんだ。
「・・・プールで、君を助けることができたのは偶然だ。たまたま俺だっただけだよ。だから、そんなに感謝されることでもないんだよ?」
「それでも美兎は、美兎は・・・」
ドンっと俺の腹部に頭をぶつけて飛び込んできた美兎ちゃん。そのまま、体を預けて上を向く。
「ずっと、ずぅ〜っと・・・のぼるおじさんにありがとうって言いたかったの!!」
そっか。ならここでちゃんと好意を受け止めてあげたら、この子は前に進めるよな。簡単な話だ。
こっちが大人の余裕を見せて、優しく笑いかけてあげればこの子は傷つかないし、満足してくれるだろう。
そう、この子にとって良い思い出にしてあげることがとても大切だから。
だけど、美兎ちゃんの笑顔はこっちが用意した偽物を軽く超えてきた。
「助けてくれてありがとうっ!のぼるおじさんっ!だぁいすきっ♡」
ぐふっ。
がはっ。
ぐぼはっ!!!!!!
俺の中の何かが破壊された音がする。
な、なぜこんなに破壊力があったんだろう。五年越しの特大のありがとう、だったからかもしれない。これほど純粋なありがとうは受けたことがない。
いますぐ大感謝セールを開かないと心がもたないかもしれない。それぐらいには動揺してしまった。
俺の返事を待っているのだろう。美兎ちゃんが心細そうに目に涙を浮かべている。
それは周囲の人間も同じなようで、それぞれが固唾を呑んで見守っている感じになっている。
だから、俺はこう乗り切ることにした。
「ご、ごめんね。おじさんがあと10年くらい若かったら・・・」
「だいすき」
「いや、あと15年?若かったら・・・」
「だいすき♡」
「み、美兎ちゃん?」
「逃がさないよ?♡」
いつのまにか、俺は美兎ちゃんにネクタイを掴まれ、引っ張られていた。凄い力だ。
あれ?俺、小学生相手に何されてんの?
「み、美兎ちゃん、お願いがある・・・」
「どぉしたの?乙女の告白を軽くかわしておいて、お願いぃ?」
「うん、ごめん。美兎ちゃんの気持ちはわかった。だけど、営業中だから返事は今度にさせてくれない・・・かな・・・」
「・・・うん、良いよぉっ♡待ってるね?のぼるおじさんっ♡」
パッとネクタイから美兎ちゃんが手を離す。
親御さんが何度もぺこぺこと頭を下げていたが、そんなのは気にならなかった。
エレベーターの扉が閉まるまで、俺は美兎ちゃんの後ろ姿をじっと見つめることしか出来なかったんだ。
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