第6話 工藤家の食卓に牛ロース入ります!

工藤家を個室の部屋、通称パーティールームに招待した。ここは、大切なお客様が来てくれた時だけ解放する8人掛けの席だ。


案内すると、テーブルを挟んで男女に分かれて座った。美兎ちゃんが1番手前にいて、その妹さん、お母さん。と奥に座っている。


メンズ2人の服装はとってもカジュアルでジーンズを履いているのに、女性陣はみんなヒラヒラの少し高そうなスカートを履いている。


完全に美兎ちゃんに服装を合わせてあげた感がある。だけどここは焼肉屋なんだから、あんまり高い服で来たら、後でクリーニングが大変なんだよなー。


「ねぇねぇ、のぼるおじさんって言ってもいい?♡」


メニュー表を大人に配り終えたら、美兎ちゃんが両肘をついて指を絡めながらこちらを見てくる。


どうしたもんかと親御さんを見つめるが、特にお母さんの方は今にも吹き出しそうになってて堪えるのに辛そうではある。


「・・・のぼるおじいさん?」


「こらっ!紫乃しのっ!のぼるおじさんをおじいちゃんにしちゃダメだよ?」


「あはは・・・紫乃ちゃんよろしくねー。何食べたい?」


「・・・アイス☆」


おっと?今紫乃ちゃんの目が輝いたぞ?きゅぴーんって。


えっと、ボクくんの方は?


「おれはごくじょうA5ランクサーロイン、だっ!」


あっちゃー。それ4580円なんだよ?うちで1番高いやつ〜。


あとはちょっと肉厚だから、子供には食べづらいんじゃないかな。


「ぼくのおなまえは?」


「れんっ!」


「それじゃあれんくん。今からおじさんがサーロインよりも凄い魔法をお見せしよう」


「まほう!?」


座布団を子供たちに配り、目線を上げてもらう。


そして七輪を真ん中にセット。中に入ってる炭がパチパチと音を立て、網をすぐに温める。


「熱いから触っちゃダメだよ?おじさんとの約束な?」


「おうっ!やくそくははたすぜっ!」


がしっ!とれんくんに約束の握手として右腕を握られる。それを見ていた美兎ちゃんが何を思ったのか、左腕をガッチリホールド。ってえええええ!?


そして俺の後ろから、料理を運んできた古市くんが唖然と口を開けたまま固まってしまっている。


「店長、子供に好かれすぎじゃないですか?」


「まだ何もしてないのにね」


「おじさん、そのキラキラしてるお肉はなぁに?」


「その前に、腕を離してほしいなー」


れんくんは手を離してくれたが、美兎ちゃんがそうではなく、首をブンブン振って拒否。


なんでだろう。弱ったなー。


「・・・むっ。おじさん最初だけで結局どっかに行っちゃうんでしょ?ずっとここにいてくれたら、離してあげてもいいよ?」


「なるほどね。聞いてた?古市くん。ホール頼んでも良いかい?」


「まー今の時間はお客さん捌けていくだけですからね。いいっすよ」


他の料理ならバイトの子たちが出してくれるだろう。


とりあえず美兎ちゃんの機嫌を損ねるわけにはいかないからな。ここにしばらく常駐しようか。


「これは牛ロースっていうんだ。今から炎の舞をするから見ててね」


「「「ほのおのまい!?」」」


おおっと?俺の腕をキープしていた美兎ちゃんが手を離したかと思うと、今度はスマホを手に取ったぞ?


「バッチリ撮ってあげるっ!!」


俺は牛ロースを一枚トングで取ると、網に優しく乗せる。すると、すぐに肉の油が染み出して、それが網の隙間から中にポトリ。


ジュっ。


ボワっ!


「おじさん、凄いね!火がつきそうっ!」


その網の下まで上がってきた火がさらにロースを包み込み、油を落とし続ける。そしたら軽くひっくり返して・・・


「はい、どうぞ」


俺は美兎ちゃんの取り皿に熱々のお肉を乗せてあげる。


「えっ!?もう食べても良いの?」


「良いんだよ。熱いから気をつけて食べてね」


おそるおそる、パクッとロースを口に入れる美兎ちゃん。


すると、次の瞬間には目が輝き出して、顔がほころんでいく。


「おいしい〜♡」


「姉ちゃんばっかりずるいよっ。れんにもやって!」


「・・・しゃぶしゃぶみたい・・・!!」


しゃぶしゃぶとは紫乃ちゃん、的を得ている。このロースは絶妙な大きさにカットされているから、この焼き方がお肉の最高の美味しさを引き出してくれるのさ。


子供たちには味と、それから視覚的にも楽しんでもらえたみたいだ。火が怖いってならなくて良かったよ。


「はやく!じゅん、ぼわっ!ってのやって!」


「はいよー。お父さん、お母さんも注文あったらどうぞ〜」


その後も肉を焼き続けた俺。なぜだかスマホのカメラ越しの美兎ちゃんの視線がずっと気になってしまって、いつもより多めにサービスしてしまうのだった。

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