ぷにちゃん現る

@noto2

ぷにちゃん現る

 もう20年近くも記憶の引き出しにしまい込まれていた記憶。

 プニッとしたあの子の記憶が呼び起こされたのは、アルバイトを終えて帰宅した息子の右手を見た時だった。


 飲食店の調理場でアルバイトしている彼の右手親指の腹にあの子はいた。

 火傷による「水ぶくれ」だ。

 ぷっくりと膨れパンパンになった水ぶくれが出来ていたのだ。


 その指を見た瞬間、私の頭の中の記憶の引き出しがギギーっと音を立てながら開いた。


 息子と同じ年高校生だった頃、私は女子校に通いながらお小遣い稼ぎで某ファーストフード店でアルバイトしていた。そこではグリルやフライヤーを使った調理が多く火傷をする事も珍しくはなかった。


 ある日、私は右手親指をうっかり揚げ油の中に浸けてしまい火傷をした。ヒリヒリとする親指をすぐに冷やしたが、しばらくすると親指の腹には大きな水ぶくれができた。


 まん丸でぷくぷくっとしていて、触るとぷにぷにしている水ぶくれが、私には何故か妙に愛らしく見え、これは潰したくない!と思う気持ちが芽生えた。


 お風呂に入る時も右手は使わず、学校へ向かう満員電車の中でも人や物に当たって、水ぶくれが潰れてしまわないように細心の注意を払った。


 学校へ着くと、隣の席のユキちゃんに嬉々と水ぶくれを見せた。ユキちゃんは「なんか可愛いー!」と言うと筆箱から黒の油性ペンを取り出し、私の大切な水ぶくれに目と口を書き込んだのだ。


 一瞬、なんて事を⁉と手を引っ込めそうになったが、よく見てみると、あら不思議!可愛いー!すごく可愛いー!!

ユキちゃんは、私の水ぶくれに命を吹き込んでくれたのだ。


 その後、私達はこの子に名前を付けた。


 命名『ぷにちゃん』


 ぷにちゃんの存在はすぐにクラスメイトに広まった。「水ぶくれに顔書いて何やってんの??」と呆れる子もいたが、多くの子達は「可愛いー!」と絶賛してくれた。

ぷにちゃんを潰したくないと思う私の気持ちをも理解してくれて、「ぷにちゃんを守ろう!」とまで言ってくれたのだった。


 ぷにちゃんの母である私が右手を使わず済むようにと、体育のバスケットボールでは私にはパスをしないと決め事をしてくれて、家庭科の刺繍も針を刺すと大変!と後ろの席のなっちゃんが、私の課題を代わりにやってくれたりもした。

その日は1日中、友人達が私のぷにちゃんを必死で守ってくれていた。


 そしてそんな生活が2日間続き、3日目の朝。

ぷにちゃんが小さくなり萎んでいることに気づいた…


 ぷにちゃんとずっと一緒に居られないことは、私も友人達もみんな分かってはいた事だ。

それでも、いざ、お別れの時が近づいてくるとみんな無性に寂しい気持ちになった。


 その日、私はアルバイトに行く日だった。弱々しい姿のぷにちゃんを何とか守ろうと優しく絆創膏を巻いて出勤した。


 ぷにちゃんとの別れの時は、唐突にやってきた。


 アルバイト先の店長が、私の指を見てこう言った。

「調理の仕事だからねー、仕事中に潰れたらマズイから潰してあげるよ。」と…。

そこから彼は、針を持ってきて針先を軽く炙り消毒すると、何の躊躇いもなく針を突き刺したのだ。


 私のぷにちゃんに…針を…


 針を刺されたぷにちゃんからは、何だか分からない液体が出てきた。ぷにちゃんはベロンとなり、ただの皮膚に戻った。

 


 あれから20年ほどの時間が流れ、私は3人の子の母になった。

あの当時、私や友人達に芽生えた、ぷにちゃんを愛おしむ気持ちは母性本能のようなものだったんだろう。小さくて丸くて、いつもニコニコ顔のぷにちゃんは、まるで赤ちゃんのようだった。


 息子の指にできた水ぶくれは、あの時のぷにちゃんに似ている。懐かしい気持ちと同時にとても愛おしいのだ。孫が出来たらこんな感じなのだろうか?


 息子に聞いてみた。

「水ぶくれに顔描いてもイイ?」


 やっぱり答えはNOだった。

そらそうよね。。。




 












 

 



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