海藤俊樹レポート

第閑話 楠木某についての追跡調査

 水留みずどめ浄一じょういち氏からの依頼を受けて、わたしこと海藤かいどう俊樹としきは、ある女子大生の消息しょうそくを追っていた。

 楠木くすのき苑香そのか

 土岐洲町ときすまちの幽霊屋敷こと犬辺野家へと、肝試しを目的で侵入し、以来消息を絶っている人物だ。


 調べをはじめた当初は、さして重要な仕事にはならないだろうと考えていた。

 話を聞く限り、取り巻きの男どもに心配をかけて、あとからちやほやされようという魂胆が透けて見えていたからだ。

 なんとかの姫。

 あるいは、女王様と言ったところか。


 しかし、すぐにわたしの予想が見当違いであることは明らかになった。

 彼女の素性を調べていくと、碓氷うすい雲斎うんさいとの関わりが見えてきたからである。

 いや、もっと正確に言おう。


 碓氷雲斎を頂点とする、散発的なオカルト同好会の関与が、明らかになったのだ。


 表向きは、メディアへの露出もある霊能力者、碓氷のファンクラブとして成立している団体だが、その構成員を興味本位で調べたところ、とんでもない事実が明らかになった。


 全員が、遠縁に犬辺野家を持っていたのである。


 この国は、狭い島国だ。

 そりゃあ、どこまでもルーツを辿たどっていけば、皆兄弟ということになるだろう。

 しかし、構成員のほとんどが、七代さかのぼれば犬辺野家と血縁関係にあるとくるなら、話は別だ。


 ファンクラブのメンバーは千人程度。

 しかし、そこから親類縁者しんるいえんじゃ手繰たぐっていけば、数は爆発的に増加する。


 多くは一般人だが、中には政治家や企業家も含まれる。

 また、菱河ひしかわさんの大学にも、数名の構成員が潜伏している形跡があった。

 さらに調べれば、水留浄一先生の姪に当たる小田原小春と事故を起こしたトラック運転手、これも関係者であることが明らかになった。


 ……どうにもいけない。

 ブン屋の嗅覚が、ストップをかける。

 この事実を、文字として残すことは危険であると、直感が告げている。


 なぜだ?

 わたしでは、過激な言い回しをして、正しく真実を残すことが出来ないからか?

 違う。

 解らない。

 解らないという恐怖が、筆をにぶらせる。


 ――それでも。

 なんとしてもこの事実は、文字にしておかなければならない。


 彼らはあちらこちらに散在さんざいしていた。

 永崎の?

 いいや――日本全土の、あちこちにである。


 導き出されるのは、ひとつの真実ジャーナリズム

 犬辺野家。

 あの家にまつわる関係者が、この国の様々な分野に根を張っていると言う真実こと

 そうだ。

 既にこの国は。


 彼らによって、蚕食むしばまれているのだ。

 なんだかよくわからないものによって、支配されているのだ。


 わたしは、らしくもなく幻視してしまう。

 水留浄一先生は、以前呪詛を、赤いインクに例えたという。


 一枚の紙切れの上に、ぽたりと落ちた〝赤色〟は。

 毛細管現象によって、じわり、じわりと広がっていき。

 そして、この国に根を張ったのだ。


 赤い、赤い人脈という呪詛の根を。


 わたしは、この事実を公表すべきかどうか、真剣に悩んでいる。

 あまりにも荒唐無稽で。

 あまりにも、恐ろしいことであるから――

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