14

 夢を見ていた。


 私はアパートの部屋を出て、電車に乗った。長い時間、吊革が揺れるのを眺めていた。窓の外に見える建物がだんだん低くなっていくにつれて、電車の中の人は減っていった。しばらくすると、窓の外には建物どころか陸すら見えなくなった。一面の海。私は無人駅で電車を降りる。


 改札を抜けて、私は駆けた。白い砂浜に自分の足跡をつけていく。私は夢中になって走った。呼び止められるまでそれは続いた。


「脚の具合はどうですか?」


 振り返る。どこかで見たような女の人。


「バッチリ。砂浜を走るって楽しい」


「本当に、楽しそうに走るんですね」


「楽しいんですもの。お姉さんも走ります?」


 彼女は首を横に振る。


「どうして?」


「私は走れないんです」


 彼女が自分の下半身を指す。私の目がそれを追う。そこに人の脚はない。驚いて、再度お姉さんの顔を見る。


「あれ、お姉さん、どこかで……」


 すみれ色の髪はセミロング。まつ毛が長くて切れ長の目。私を見る瞳は涼しげ。肌は白くて羨ましい。


「アシ の グアイ は どう ですか?」


 ああ、そうだ。


「ねえ、本当に走れないの? ためしにやってみようよ、ほら」


 私は彼女の手を取る。ちゃんと人の……ニンゲンの体温を持っている。


「アナタ が いう なら」


 そして、私たちは浜辺を駆ける。二人で風を切る。二人で笑う。彼女の下半身には私と同じ脚が生えている。力いっぱい砂を蹴っている。


「ねえ、ハグしようよ!」


 彼女は微笑む。あれ、微笑む顔なんて、初めて見たなぁ……。そうだ、いつもはガスマスクを被っているから顔が見えないんだ。そういえば、ここは陸地なのに肌を出してるし、彼女の下半身は……


「……これ夢だよね?」


 その問いを投げると共に、私は目を覚ました。幸せな夢だった。現実だったらよかったのに。涙を絞って頬を濡らした。


 少しでも現実に近づけたくて、私は砂浜を駆けた。左脚はすっかり治っている。少しも痛まない。むしろ前より調子がいいようにすら感じる。それが意味するのは私の死で、それはつまり現世との別れで、さらにイコールで結べるのは人魚さんとの別れ。


 本当に、どうして私たちは人間と人魚だったのだろう。きっと素敵な友達になれた。いや、今でも素敵な友達なんだから、もっといい関係になれた。種族さえ同じだったなら、砂浜だって走れたはずだ。私が人魚だったなら、一緒に海を泳げたはずだ。ガスマスクもレインコートもいらない。お互いの顔を見て、笑い合えたはずだ。


 悔しい。


 どうか、今からでもいいから、生まれ変われないだろうか。


 ……あ。


 閃いちゃった、かも。

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