15
膝を抱えて人魚さんを待った。彼女が来るなり、私は「やっほー!」と元気に挨拶した。人魚さんはため息をつきながら波打ち際に上がってくる。足取り……と言っていいのかはわからないが、下半身を引きずって定位置につく彼女はいつもより小さく弱々しく見えた。頭を抱え、いつもより深めにフードを被り直して、彼女はぽつりと口にした。
「……アナタ と たくさん ハナシ したい」
それなら、もっと明るく話してくれればいいのに。落ち込んだ様子の彼女が不思議と私の口角を上げる。それは彼女の感情が嬉しいのもあったし、皮肉にもそんな彼女が可愛くみえたというのもあった。
「やだなあ、そんなしんみりしちゃって」
人魚さんの声色はさも深刻そうで、なんだか逆に面白くなってくる。ぷぷ、と吹き出すと彼女はキッとこちらを見る。ガスマスクの向こうで睨まれている気がした。二度目のため息と共に、つぶやきのようなセリフが空気に溶ける。
「これでも アナタ の こと すき なのです」
その言葉に、私の頬が反応した。「かあっ」という擬音を取り払いたくて私は両頬をぺちぺち叩いたが、傍から見たら赤さが増しただけだったろう。照れも喜びも隠せない私は、ほわほわと花を散らしながら質問する。
「それってLOVE? LIKE? 私はどっちもウェルカムなんだけど」
はぁーっ。人魚さんがまたため息を重ねた。
「アナタ は これから どうなる のか わかって いますか?」
「お医者さんの所まで連れていかれて、脚を取られるって感じ?」
「ワタシ も ココロぐるしい と いっている のです」
そうなんだ。嬉しい。つまりは人魚さんは私のことが好きで、殺すのは嫌だと。それって、とっても嬉しい。
「でも、私の脚を売るんでしょ?」
「……シャッキン が くるしい」
借金。彼女は借金をしていたのか。それがどうしようもない事情の借金なのか、自業自得な借金なのかはわからないが、それで生活が苦しいというのは気の毒だ。私の脚から収入が得られなければ、彼女は泡になって消えるなどというおとぎ話では済まないのかもしれない。海の藻屑か、魚のエサか。生々しくて物騒な最期を想像して、なんとしても私の脚を渡さなくてはという気持ちになる。
「私の脚で借金返せる?」
「おツリ で たくさん あそべる」
「そっか、それなら脚の渡しがいもあるね」
彼女が私の顔をじっと見る。今度は睨んでいるわけではなさそうだ。
「そんな寂しそうな顔しないでよ」
「みえない くせ に」
言ってみるものだ。やはりガスマスクをしていたってコミュニケーションはできる。両窓の奥に、潤んだ瞳が見えた気がした。
「……ワタシ は さみしい おもい たくさん してきた」
「はぐれ者だから?」
「イエ は ビンボウ だし オンナ が すき だと キミ が わるい って」
やっぱり、この子を抱きしめてあげたい。その衝動をぐっと堪える。昨日の私だったらきっと我慢できなかっただろう。彼女が全身を火傷すると知っていても抱きしめただろう。今の私なら大丈夫。
「ニンゲン あつめる なんて ヤバン って」
私たちの社会でも猟師さんをそういう風に揶揄する声は散見される。きっと、人魚さんもその標的にされていたのだろう。
「リカイ して くれても キョウカン は されない」
「……女の子が好きって話?」
「アナタ が はじめて」
「もしかして、私って唯一無二?」
ガスマスクの奥からすすり泣く声が聞こえてくる。そんなに泣かれたらこっちだって切ないじゃない。
「ワタシ の タイプ の オンナ」
あまりにも唐突に出てきたワードに、私は「ええ?」と素っ頓狂な声を出す。そういえば、前に好みのタイプの話をした時に「考えておく」って言ってたっけ。
「カオ が いい って いった でしょう?」
やだ、私って罪な女。
「ころす の すごく いや なのに」
私だって死にたくない。でも、私は未来を怖がることはしない。
「私もね、人魚さんのこと好きなんだ」
「やめて」
「LOVEかLIKEかは決めかねてるんだけど、とにかく好きは好きなんだ〜」
「ころせなく なる」
「でしょ? 私も死にたくないもん」
私は決して命惜しさにこんなことを言っているのではない。命が惜しいのは事実だが、私にはとっておきの案があるのだ。この島にホテルを建てるだなんて比にならないほどの、とびっきりの名案。
「だから、さ」
私は人魚さんに耳打ちする。別に誰が聞いてるわけではないけど、大事な話というのはこうしたくなるのだ。
「……Икуоыс?」
「なんて言ったの?」
「ショウキ ですか?」
「うん、正気だよ」
私はにっこり笑ってみせる。人魚さんはしばらく悩む素振りを見せたが、やがて首を縦に振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます