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目が覚めたのは、左脚の違和感のせいだ。怪我をしている痛みもあるのだが、それ以上に妙な感触がある。何かが這い回るような、巻き付くような。
「……人魚さん?」
「Исокусуом ететен инонаттакоы」
「人魚さんだよね?」
「てあて している から うごかないで ください」
ため息をつく。ひとまずオバケではないようで安心した。オバケというのはつまり化け物のことで、その点では人魚さんもオバケなのかもしれないと思ったが、彼女なら別に構わない。
「ありがとう」
「いい クスリ を かって きました」
「また私にお金使って、人魚さん大丈夫なの?」
「アナタ が きにする こと では ない」
確かに、牧場の豚が自分を世話してくれる人の財政事情を考えることはないだろう。かといって、何も知らずに甘んじていろと言われてその通りにできるほど人間は単純ではないのだ。私はそれ以上掘り下げようとは思えないけど。怖いし、その日が来るまで人魚さんとは仲良しでいたい。
「人魚さんは優しいんだね」
「Инан онуретти?」
仲良しでいたい。それは本心だけど、そのために表面を取り繕い続けられるほど私は強くもない。能天気というのは強さではないのだ。
「だって、私なんて売り物でしょ?」
言っちゃった。誰も幸せにならないだろうに。
「脚の価値が落ちるからってさ、こんなにお金かけて丁寧にやらずにさっさと売っちゃえば楽なのに」
「……Енона」
「本当は私に気があったりして」
はぁーっ、とため息をつく音。人魚もため息をつくのか。感心している間に、視界に黒いものがぬるりと入り込んでくる。人魚さんのガスマスクだ。明かりは私の脚元にあるから、逆光で黒い塊にしか見えない。じっ、と私を見据える。息が詰まる。
「Оыйруотонос.Етукукинисорок аwианатакис」
人魚さんがそう吐いた刹那。黒い物体の向こう側に、いつもだったらガスマスクの丸い窓になっている場所に、何かが見えた気がした。普段は光が反射するからただの正円でしかない視界確保の窓に。
長いまつ毛。切れ長でかっこいい目尻。どこかクールな瞳。
気のせいかもしれない。詰まったはずの息を、ごくりと飲み下す。
「……あした には いたく なくなる はず」
「ちょっと、さっきなんて言ったの」
「もう すうじつ すれば なおる」
「ねえ、無視?」
「きょう は かえります」
「ねえってば」
私が身体を起こした時には、既に人魚さんが海に飛び込むところだった。ちゃんと日本語で言ってほしかったのに。ちゃんとその目を見せてほしかったのに。
もう、本当に勝手なんだから。
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