祓い屋の友人。

@ASSARIASAKI

友人曰く…

 ふと気付いた。

 雨だ。

 少し下を覗いてみるといつもより強く川が流れている。

 空は雨雲に覆われてどんよりしている。

 勢いは強いとは言えないが、傘に雨が当たる音は未だ止まない。

 こんなところで僕はいったい何をしているんだったか。

「やあ、待たせたね。」

 橋の入り口から声がかかる。

「待つのは慣れてるよ。」

 橋の真ん中から答える。

 そうだ、待っていたのだ。この友人を。

「どれくらい待ったかい。」

「別に気にするほどじゃないさ。」

「寂しかったかい。」

「それも、気にするほどじゃない。」

 それはよかった。と、一呼吸。

「…やっぱりまだ祓い屋は続けるのか。」

 祓い屋。

 悪鬼を倒し、荒ぶる神を収め、邪気を払う。

「学校も悪くないぞ。友達を作るのに多少時間はかかると思うが、僕も一緒にいてやれるからサポートもできる。」

 僕は、本当にこんな話がしたかったのか。

 横を見ると友人は、川を見ていた。

 違う。川の向こうを見ていた。

「この川も、辿れば山に行きつくだろう。」

 始まった。と思った。

 大事な話をしたがるときは、決まって意味の分からないことを言う癖がある。

「だが、これでは遡っているだけだ。山から川が流れるという事実は変わらない。そして流れていった先には海がある。私はこれが怖い。」

「それまた、どうして。」

「川が海と同じになってしまうからだ。淡水が海水に変わってしまう。川の水だと思っていても、舐めると海だと理解してしまう。これが、たまらなく怖い。」

 ああ、そういうことか。

「原型がなくなるという話か。」

 友人は首を横に振った。そうだろうな、と思った。

「私の考え方の話だ。真実は受け止めるしかない。だが、受け止めた後の変化が怖い。」

 雨の勢いが増してきた。川は音を立て始める。

 傘をさしているにもかかわらず、体が濡れる。

「いつものように、僕には理解ができない範疇にある。…ただ、受け止めた後、変化しない事が良いことだとは思わないよ。」

 変わらないということは、執着ということなのだろう。

 その変化を土台にするのか、それとも記憶の奥にしまうのか、はたまた忘れるのか。

 どれでもいいが、そのままにはしておけない。

 事実とは、変わらない。変えられない。

「…雨が嫌いだ。川がいつもより早く流れる。」

 ぽつりと呟かれた言葉は、いったいどっちが言ったのか。

 見当もつかない。


「…祓い屋を辞めようと思う。」

「…そうか。」

 突然だった。

 一体どんなことがあったのかは、聞かない。

「…いつ辞めるんだ。」

「今すぐにでも。」

「これからどうするつもりだ。」 

「学校に行く。」

 じゃあ、明日から一緒に登校しないか。…とは、言葉にはできなかった。

「…」

「…」

 沈黙が続く。

 しかし、それも数秒である。

「私は、君のことが好きだ。」

「…そうか。僕もだ。でも、それだけじゃないんだろう。」

「うん。私は君を祓う。」

「…ああ。最後のわからなかったことが、今わかった。」

 僕の死因は、自殺だ。


 地縛霊。幽霊。今回はどっちでもいい。

 問題は死んでいる人間がそこにいることだ。

 君は、一か月前自殺した。この川に飛び込んでな。…私は飛び込む姿を見た。衝撃だったよ。君が何をどう思っていたのか、それこそ私が知ることができない範疇にあるんだろう。

 悲しんだ、でもそれ以上に怖くなったことがあった。君が怪異になることだ。自殺をするとそのまま成仏はできない。…そうなると私の分野になる。なってしまう。私は、これまでの商売道具と同じ目で君を見てしまうんじゃないかと思った。それが、怖かった。

 もちろん、今の私はそんなこと思っていない。だが、これからが嫌になる。

 流されてしまうんじゃないか、川が海にのまれるように。

 好きな君すら、所詮怪異だ。と思ってしまうんじゃないか。

 それが怖かった。

 だから、君で祓い屋をたたもうと思った。


 雨は、上がっている。

 雲はまちまち。

 日は、すでに落ちかけている。

「…本当。雨は嫌いだよ。」

 開きっぱなしの傘の隣に、未だ閉じることができない傘が立っている。

「祓い屋を辞めた私は、君を覚えていることができるかな。」

 川を覗くが、流れは緩やかだ。

「危ないことはやめろ。…君の口癖だったね。」

 独り言を拾ってくれる雨音はもうなくなっている。

「…もう、支えてはくれないのかい。」

 無音。答えは返ってこない。

「私は、とても寂しいよ。」

 また、静寂はすぐにかき消された。

 嗚咽と数滴の雨によって。

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