エピソード2-24 駆け引き

 一方その頃、リーゼンベルクとエドガーは、領地の境ーー領地をぐるりと塀で囲んでいる始まりの森の入場口に立っていた。


 入場口の脇には、あらかじめ手配していた馬車が待機している。エドガーは馬車の前方へ向かい、御者に賃金を払う。


 御者と少し話した後、エドガーは馬車に乗り込み、義足のリーゼンベルクが乗り込みやすいように手を伸ばした。リーゼンベルクはその手をつかみ、馬車に乗り込むと、その様子を横目に見ていた御者が、馬車を走らせる。


「さっき聞いたんすけど、やっぱりここから会場まで、三時間弱ほどかかるみたいっす」


「なげぇなあ。俺ァ馬車ってのは好きじゃねぇんだ。揺れるし、尻は痛いし、馬の気分次第で時間が延びる。

 エドガーよ、どうして先に行って転移ゲートを使わない。主人が窮屈な思いをして移動するのを見るのが、そんなに面白いかい?」


 射るような眼差しでエドガーを見るリーゼンベルクに、エドガーは困ったように言った。


「そんな子供みたいに、駄々こねないでほしいっすよ~、旦那様。

 魔獣の餌やりでほぼ魔力を使いきっちゃったんすから、おとなしく馬車に揺られててください。

 お嬢様に笑われるっすよ?」


 リーゼンベルクは腕を組みそっぽを向いて言った。


「はん! 三時間ほどの長旅を、義足でせにゃあならんやつの気持ちがお前さんにはわからねぇんだよ」


「旦那様、もしかしてこのまま三時間お小言コースっすか? 勘弁してほしいっす。どうせならもっと、建設的な話をしましょうよ。

 赤の陣営にどうやって要望をふっかけようとか、そういうの」


 リーゼンベルクはアゴに手をやり、虚空を見つめて言った。


「要望ねぇ。ぶっちゃけ俺ァ、提示された条件でも、まぁいいと思ってるんだよ、エドガーよォ」


 エドガーが真剣な面持ちで聞く。


「それってつまり、赤の陣営につくつもりだってことっすか?」


「振る理由はねぇだろうよ、まあ魔獣軍は無理だろうがよォ」


 クックッと笑うリーゼンベルク。エドガーの視線が下がる。


「本当のところを言うと、俺は青の陣営の眉唾予言が本当なら、青とも交渉の余地はあると思ってるっす。

 旦那様が赤の陣営にこだわる理由はなんっすか?

 それなりの理由があっての、つく気、なんでしょ?」


 リーゼンベルクは窓の外に目をやる。森の木々の中に沈む夕日を眺めながら、言った。


「出来ることなら、赤の陣営を敵に回したくないってのが本音だ。

 それは別に力で競り負けるからとか、そういったもんじゃねぇ」


 エドガーは少し考えた後、口を開いた。


「それはお嬢様の出生に関わることだからっすか?」


 リーゼンベルクが驚いたように目を見開き、エドガーを見ると、鋭い視線で言った。


「エドガーよ。お前、いま自分が何を言ってるのか、分かっていってるんだよなァ?」


 エドガーはごくりと唾を飲み込むと言った。


「わかってるつもりっすよ、旦那様。

 アンさんから、事の経緯は聞きました。

 ーーその上での赤の陣営、なんすか?」


 リーゼンベルクは深くため息をついたあと、馬車の天井を見上げた。


「……エドガーよ。お前はどこまで知ってる? アンをたぶらかしてどこまで聞いたァ?」


 エドガーは遠くを見るような目で、リーゼンベルクを眺めた。馬車が進む音だけが場に広がる。


「ーーアンさんからは、お嬢様が虹の王の血筋に連なるものだと、聞いています。どの王妃との子かは聞いてませんが、そこまで聞いてしまうと俺の身も危ういでしょう?

 だから今まで聞かなかったんですが、その口ぶり。」


 リーゼンベルクはクックッと笑った。


「頭が回るってのはァ、厄介なこったなぁ。隠し通そうとしてもバレちまう」


「それはほめめてるんすか? けなしてるんすか?」


ほめてるよォ。これでもかとな」


 リーゼンベルクはまっすぐにエドガーを見て言った。


「エドガーよォ。もう引き返せねぇぜ?」

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