エピソード2-23 二人がいない夜

 それから6日たった。特になにかが起こるでもなし、平和で穏やかな日常がそこにはある。


 魔獣用の餌を手で混ぜつつ、エドガーが言った。


「ヨドさんのあれ、やっぱり何かしらのトリックだったんじゃないっすかねー?

 なんっも起こらないし!」


 庭にあるこの小屋は、魔獣の研究施設件、餌づくりなどの日常の世話をするための道具や飼料が置かれている場所である。


 エドガーが机の上でバケツの中の魔獣用の餌を混ぜているのを覗きながら、ルクソニアはそれを否定する。


「ヨドは嘘をつかないわ!」


 エドガーは餌をひとすくいし、握りこぶし大の団子状に丸めながら言う。


「でも、何も起こってないじゃないっすか」


「それはぁ!

 きっとこれから起こるのよ!」


 机にもたれ掛かりながら、足をバタバタさせるルクソニア。


 丸めた餌を机の上に置くエドガー。バケツからまたひとすくい餌を取り出して丸めていく。


「お嬢様、そんな軽はずみに物騒なこと言わんでほしいっす。

 今日も今日とて、私兵団を増員して周囲の警護に当たらせてるんすから、何か起こってくれちゃ、困るっすよ!」


 丸めた餌を机の上に置くエドガー。


「ヨドが使者をつれてくるまで、後1日あるもの、きっとこれから大変なことになるのよ! わたしにはわかるわ!」


 握りこぶしを作って言うルクソニアに、エドガーがジト目で見ながら突っ込んだ。


「なんか、楽しんでません?」


 ルクソニアは視線をそらしながら、だらだら汗をかきつつこう返した。


「べ、別に楽しんでなんか無いわ!

 わたし、ひとりぼっちになるんでしょう?

 とっても怖いのよ!」


 エドガーははあっとため息をつくと、餌団子づくりを再開した。


「正直なところ、ヨドさんがなに考えてあんなこと言ったのか、わからないんすよねぇ。なにか意図があって言ったんだとは思うっすけど」


 丸めた餌を机の上に置くエドガー。どんどん作っていく。


「あんなことって?」


「お嬢様に危機が迫ってるとかなんとかのことっすよ」


「それはきっとお友だちだから、気をつけてねって意味で教えてくれたんだと思うわ!

 ヨドは優しいもの」


 まっさらな瞳でそう言うルクソニアに、エドガーが物言いたげな視線を送る。


「そうだといいんすけどね。

 わかっているのに教えないあたり、なーんか胡散臭いんすよ。

 お嬢様、ヨドさんの顔の良さに騙されてません?」


「エドガー! またそうやって意地悪をいうんだから~!」


「意地悪じゃないっすよー、確認です、か・く・に・ん!」


 ルクソニアは机に手をつき、精一杯背伸びをして言った。


「ヨドは優しい人よ!

 それを疑うエドガーの方が逆に胡散臭いんだから!」


 ズバシッとエドガーを指さしながら、ルクソニアは言った。


「はいはい、どーせ俺は胡散臭いですよーっと」


 一通り餌団子を作り終えたエドガーは、机に並べられたそれらをひょいひょいと手掴みし、バケツの中に入れていく。バケツいっぱいに餌団子を入れ終わると、バケツを扉の横においた。


「お嬢様。

 俺、今晩は旦那様と赤の陣営との合わせで、夕刻から夜にかけて街へ出掛ける予定なんすよ。なので、餌づくりの邪魔するなら自分の部屋に帰ってほしいっす!」


 言ってエドガーはしっしっと手を前後に振った。


「わたし、邪魔してないわ!」


 えっへんと胸を張るルクソニアに、エドガーはひょうひょうと返した。


「充分邪魔してるっすよ、お嬢様」


「えー!」


「ほら、ぶーたれてないで。アンさんのところに行ってほしいっす。

 俺は今、餌づくりで忙しいんで」


 再びしっしっと手を前後に振るエドガー。


「じゃあ、わたしも餌づくりを手伝うわ!

 それならいてもいいでしょう?」


「手伝いはいらないっすよ、教える時間がもったいないんで。また今度っすね」


 ルクソニアは上目使いでエドガーを見て言った。


「どうしてもダメ?」


「どうしてもダメっす。

 今晩の会合は、赤の陣営との大事な話し合いの席なんす。遅刻するわけにはいかないんで、暇ならアンさんの手伝いしてくださいっと」


 言ってルクソニアを小屋から追い出すエドガー。バタンと小屋の扉が閉められる。


「もー、エドガーのケチィ!」


 ルクソニアはひとり、小屋の前で地団駄を踏むのだった。



 それから数時間後の夕暮れ時。リーゼンベルグとエドガーが出立のために庭に出ていた。見送りにルクソニアと泣きぼくろが印象的なメイドがいる。


「それじゃあアンさん、お嬢様の事、よろしくお願いするっすよ。

 ヨドさんの事を信じる訳じゃないっすけど、念のため私兵団はマシマシで配置させてるんで、何かあったら指示をお願いするっす」


 アンが頬に手を当て、困ったように言う。


「私兵団にうまく指示を通せるのか、あまり自信がないのですけど……」


 それを見たエドガーが、とてもいい笑顔で親指をたててこう言った。


「まあ大丈夫っすよ!

 アンさんの能力、ゴリラなんで、いざとなったら脅してでも私兵団を指揮してくれるって信じてるっすよ!」


 アンが、凍りつくような笑顔を浮かべて返す。


「私、ゴリラじゃありません、エドガー先生。」


「充分ゴリラなんで、自信を持って!

 ーーまあ、アンさんの腕を信じてない訳じゃないっすけど、念のため、私兵団の指揮権も渡しておくっす。

 深夜には帰ってくる予定っすけど、それまでくれぐれもお嬢様から目を離さないでほしいっす。

 前例があるだけにしっかり目を離さないで監視しておいてくださいね?」


「わたしもう子供じゃないわよ!」


 アンとエドガーの間に割って入り、ドヤ顔で胸を張るルクソニアに、エドガーが突っんだ。


「大人のレディは、夜大人しく部屋で読書でもして過ごしてるもんっすよ。くれぐれもアンさんたちの迷惑にならないよう、勝手にかくれんぼとかしないようにしてほしいっすね」


 ルクソニアは頬を脹らませて言う。


「わたし、そこまでお子さまじゃないもの。パパたちが帰ってくるまで、厨房でバリアをはる練習をして待っているわ!」


 それを聞き、待ったをかけたのはアンだった。


「お嬢様、もう日が暮れますし、バリアの練習は明日になさってはいかがですか?

 代わりに部屋で私とお話ししましょう」


「何のお話をするの?」


「そうですね……私がここに来る前、旅の踊り子をしていたんですが、そのときの話をしましょうか」


 それを聞き、ルクソニアの瞳がきらめく。


「素敵ね!是非聞きたいわ!」


「それは良かったですわ。では、ディナーを終えて、お風呂に入った後でお話ししましょうか」


「うん!」


 満面の笑みで答えるルクソニアを見て、エドガーは静かに微笑んだ。


「じゃあそろそろ、俺らは行くんで、あとよろしくお願いするっすよ!」


 そう言ってエドガーは自分の背後に転移ゲートを出現させる。


「さ、旦那様からどうぞ」


「あァ、じゃあ言ってくるなァ。

 アン、くれぐれも娘の事、頼んだぞ」


 アンは深々と頭を下げた。


「お任せくださいませ、旦那様」


 リーゼンベルグは納得したように頷くと、転移ゲートの中に入り、その姿を消した。


「じゃあ俺もそろそろ行くっす。お嬢様の寝かしつけ、頼んだっすよ」


 そう言ってエドガーもまた、転移ゲートの中に入り、転移ゲートごと消えた。


「行ってしまったわね……」


 名残惜しそうに言うルクソニア。


「そうですね……。

 さ、お嬢様。暗くなる前に城に戻りましょう」


 アンが、ルクソニアの背中を押しながら言った。


「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、お嬢様。私がついてるんだし、旦那様たちも夜には帰ってくるんですから、平気です」


「わかってるわ、アン。よろしくね」


「ええ、任せてください、お嬢様」


 にっこり微笑みあう二人。


「ねえ、アン。わたしお腹空いちゃったわ!」


 空元気を出すルクソニアに、泣きぼくろが印象的なメイドは優しく微笑んだ。


「じゃあ今晩は早めにディナーにしましょうか。料理長に言っておきますね」


「ええ、お願いね!」


 こうして二人は城に戻っていった。

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