エピソード2-19 魔法の特訓

 もろもろの後片付けを終え、1時間後。エドガーとルクソニアとヨドは、なぜかエプロンをつけて厨房にいた。


「それじゃあお嬢様。

 これから魔法の講義のために、クッキーを焼くっすよ~!」


 それを聞いたルクソニアが瞳を鋭くし、エドガーを指差して叫ぶ。


「エドガー!

 さてはあなた、わたしに真剣に魔法の事、教える気ないでしょう!」


 よろめくエドガー。


「なんでそうなるんすか!

 最低限、基礎知識はつけておいてもらうために今から講義するんすよ?」


「だってクッキーを作るって言ったじゃない!」


「そのクッキー作りが意味をなしてくるんすよ」


 ルクソニアは、こてんと首をかしげて聞いた。


「どういうこと?」


「説明は作りながらするっすよ、お嬢様。

 まずは料理長が用意した、クッキー生地の材料を混ぜるっすよ!

 ヨドさんも手伝ってくれないっすか?」


 ヨドは静かに頷くと言った。


「いいだろう。喜んで手を貸そう」


 それぞれ手を洗った3人は、厨房のテーブルの前に立った。


 エドガーはテーブルの上に用意されている材料の中からビニール袋を取ると、ルクソニアに持たせる。


「お嬢様、ビニール袋を持っといてもらえるっすか? 材料を入れてくんで落とさないよう、しっかり口のところを広げて持っててほしいっす」


「わかったわ!」


 ふんすと鼻息荒く、どや顔でビニール袋を広げるルクソニア。


「ヨドさん、薄力粉とグラニュー糖をビニール袋の中に入れてほしいっす」


「いいだろう」


 ヨドがビニール袋の中に粉ものを入れている間に、エドガーはバターをスプーンで6等分に分けた。


「すべて入ったっすか?

 なら、ビニール袋の口を閉じてビニール袋を振り、中の粉をまんべんなく混ぜてほしいっす」


 ルクソニアはビニール袋に空気を入れ、口をねじってこぼれないようにすると、ビニール袋をしゃかしゃかと振り始めた。


「では説明するっすよ。ビニール袋はお嬢様の体に見立ててるっす。その中に魔法の源である精霊の力が、いまビニール袋を振ってもらってるみたいにまばらに身体中を巡ってるっす」


 ルクソニアは顔を真っ赤にして、ビニール袋を振り続ける。


「エドガー、これ、あとどれだけ振ればいいの!?」


「もうそろそろいいっすよ、やめて。で、バターを入れるっす。ビニール袋の口を開けて。

 これは精霊と契約した証っすね。魔法が使えるようになった状態の体っす」


 エドガーはルクソニアに袋の口を広げさせ、そこへ6等分に分けたバターを入れた。


「さっきみたいに漏れないように口を閉じて、今度は指で揉みこむように粉とバターを混ぜてほしいっす」


 ルクソニアは、ビニール袋の口をねじって中身が漏れないようにすると、利き手とは反対の手でねじった袋の口を持ち、利き手は指のはらを使って粉とバターを揉みこんだ。


「こんな感じで大丈夫?」


「OKっす。魔法を使うには魔力を体の中で練る必要があるっす。

 精霊との契約のもと、精霊の力と術者本人の祈りの力を使って、体内で魔力を練ることで思った通りに精霊の力を働かせるようになるっす。それが魔法と呼ばれるものの正体っすよ。

 ーーってお嬢様、聞いてるっすか?」


 ルクソニアは真剣な顔で、バターの塊を利き手の指で潰している。


「ねえ、エドガー。これ、指がつりそうだわ!」


 半泣きになるルクソニアに、助け船を出したのはヨドだった。


「ルクソニア嬢。ビニール袋は私が持とう。

 ルクソニア嬢は両手を使って中身をこねればいい」


「ありがとう、ヨド!

 エドガーと違って優しいわ!」


「聞こえてるっすよ、お嬢様」


 ジト目でルクソニアを見るエドガーに、ルクソニアはあっけらかんと言った。


「わざと聞こえるように言ったんだから、それでいいのよ!」


「お嬢様、ひどい!」


 今度はエドガーが半泣きになった。


 もみもみもみもみ……


 無心で材料をもみこむルクソニア。


「集中してるっすね。実際、魔力を練るときも同じように集中してどう魔法を発動させたいのか、強くイメージしながら魔力を練るといいっす」


 もみもみもみもみ……


「イメージって?」


 ルクソニアは両手で材料を揉みこみながら、エドガーに聞いた。


「魔力を使うのは感覚的なものっすけど、魔法もまたその延長線上にあるものっす。

 なので、どういう魔法を使いたいか、具体的なイメージをすることが大事になってくるっすよ」


「イメージの力……。今までそんなこと考えたこともなかったわ!」


「まあそうっすね、教えてなかったっすし。あ、もうそんぐらいでいいっすよ」


 エドガーの号令で、ルクソニアは両手で材料を揉みこむのを止めた。


「次はこの中にミルクを入れて混ぜるっすよ。さっきと同じように揉みこんで混ぜてほしいっす」


 それを聞いたとたん、ルクソニアの顔色が変わった。


「またもみもみするの!?」


「それもまた特訓っすよ!」


 親指をたてて笑顔で返すエドガーに、ルクソニアはふくれた。


「ルクソニア嬢、揉むのを交代しようか」


「ヨド……!  ありがとう!

 お願いするわ、もう手がパンパンなんだもの!」


 ルクソニアはそう言うとビニール袋をヨドから受け取り、袋の口を大きく広げた。ヨドがその中に計量後のミルクを注ぐ。


 ルクソニアはビニール袋の口をひねり、ヨドが揉みやすいうに高く掲げる。


 もみもみもみもみ……


「ヨド、凄いわ!

 あっという間に牛乳が揉みこまれていってるもの!」


「ルクソニア嬢。

 毎日、青の王子の肩を揉まされている私に死角はないぞ……!」


 どや顔で言うヨドに、エドガーがつっこんだ。


「それ、堂々と自慢できる内容じゃないっすよ、ヨドさん……!」などと話ながら、揉みこむこと3分。


 牛乳を練り込んだ生地が、ビニール袋の中でひとかたまりになった。


「よーし、これで生地の下準備が出来たっすね。

 この生地をビニール袋に入れたまま、冷蔵庫で30分冷やすっす。

 で、待ってる間暇なんで、魔力コントロールの練習をするっすよ、お嬢様」


 ヨドからビニール袋に入ったクッキー生地を受けとると、エドガーは冷蔵庫へそれを入れた。


「魔力コントロールの練習?」


 ルクソニアは目をぱちぱちさせて、エドガーに聞く。


「そうっすよ。水を使うんす」


 言ってエドガーは水道がある場所にルクソニアを誘導し、足元に底上げ台を置いた。


「さ、お嬢様。この台の上に立ってみてください。ちょうどいい高さになるはず」


 ルクソニアが台の上に立ったことを確認し、高さがあっていることを確認するエドガー。


「うん、オッケー。じゃあ水を流すんで、蛇口の下に、握りこぶし大のバリアを張ってくれないっすか?

 こう、真っ直ぐ水平に」


 エドガーは水道の蛇口を開き、一筋の水の柱を作った。そしてその柱を分断するように、排水口と平行になるように左手をスライドさせて差し入れ、水を跳ねさせる。


「イメージはこんな感じっす。真っ直ぐなガラスの板を間に置くようにして水を跳ねさせるイメージ。出来るっすか?」


 ルクソニアはふんすと鼻息荒くこう返す。


「やってみるわ。見ててね、エドガー、ヨド!」


 それを聞き、エドガーが左手を流水から抜き去り、再び乱れのない水の柱になった。ルクソニアは両手を水の柱の方へ向け、排水口と平行になるように、水平にバリアを張る。


「出来たわ!」


 バリアで水が弾かれ、水しぶきが透明で視認できないはずのバリアの形を浮き上がらせる。何となく目視できるようになったバリアをみて、ヨドは感心したように言った。


「なるほど。水を使って見えないバリアを視認できるようにするとは考えたな」


ここの使いようっすよ、ここの」


 エドガーがどや顔でヨドを見て、頭を指差していう。


「なんだかとっても凸凹してるわ!」


 視認できるようになったバリアをみて、ルクソニアが言った。


 ルクソニアが張ったバリアの形は正円ではなくいびつな形で、ところどころ穴が開いていて水を素通りさせている。


「エドガー、わたしここからどうすればいいの?」


 ルクソニアは穴だらけのいびつなバリアから目をそらさずに、エドガーに聞いた。


「そうっすね、ではお嬢様。

 まずは穴が開いているところに魔力を流して、均一の厚さになるようにしてみましょうか」


「それって、どうすればいいの?」


「魔力を水みたいに捉えて、穴が開いたところに魔力を注いで蓋をする感覚をイメージしてほしいっす。均一にならす感じで。

 固くて真っ直ぐなガラスをイメージしながら、バリアを作るといいっすよ」


「わかったわ。とりあえずやってみる!」


 ルクソニアは、集中しながら穴ぼこだらけのいびつなバリアに魔力を注ぐ。真っ直ぐなガラスを頭の中でイメージして、穴を塞ぐように魔力で蓋をする。


 しかし上手く魔力がコントロール出来ず、あっちを塞げばこっちが開き、こっちを塞げばそっちが開く状態になっている。


「うううーん。難しいわ、エドガー。

 魔力を均一にならす事が出来ないみたい」


「初めはそんなもんっすよ、諦めないで続けて」


「わかったわ、やってみる!」


 それからしばらく練習したあと、ルクソニアが叫んだ。


「あーもう、上手くいかなーい!」


 エドガーは厨房の壁に備え付けられている時計を見ると、ちょうど30分経過していた。


「お嬢様。じゃあ別のアプローチをしてみるっすよ」


「別のアプローチ?」


 ルクソニアは首をこてんと傾けた。


「クッキー作りを再開するっすよ!」


 どや顔で言うエドガーに、ルクソニアがつっこんだ。


「またそれなの、エドガー!

 もしかしてクッキーが食べたいだけなんじゃないの!?」


「何でそうなるっすか!

 普通にちゃんとした講義っすよ、お嬢様。

 ヒトをクッキー大好きモンスターみたく言わないでほしいっす!」


「エドガー殿はクッキーが嫌いなのだろうか」


「好きか嫌いかで言えば好きっすけど、ここでそのボケはいらないっすよ、ヨドさん……!」


 わいわい言いながら、エドガーは冷蔵庫からクッキー生地を取り出した。


 そしてエドガーは冷蔵庫から取り出したビニール袋に手を突っ込み、生地を一握り千切った。


「まずは生地を一握り用意するっすよ~」


 それを丸めてボール状にすると、ルクソニアに見せた。


「これがお嬢様の魔力っす。握りこぶし大の大きさしか張れないバリアのもと」


「これが私の魔力なのね!」


 ふんすと鼻息荒く聞き入るルクソニア。


「で、これを薄く均一に伸ばすっす。手で」


 エドガーはパンッと音を立てて、ボール状になっていた生地を両手で挟んで潰す。


 エドガーが上になっていた手をどけると、端がひび割れた正円の生地が姿を表した。その生地をルクソニアに見せる。


「これがお嬢様の魔力で出来る範囲のバリアっす。厚くすれば跳ね返る力は強く、バリアも壊れにくくなるっす。薄く伸ばせばボヨヨンと跳ね返す力も弱くなるし脆くもなるっすけど、広い範囲がカバーできるっす。」


 エドガーは生地を丸めて、少しだけ側面をへこませてルクソニアに見せ、そのあと手のひらで挟んで、薄く伸ばした生地を見せる。


「バリアの構造は、側面にボヨヨン機能がついていて、バリアの端ーー生地の縁に当たる部分はボヨヨン機能がついてなくて固いだけっす。なのでこうやってヒモ状にしたりすると見えないワイヤーになるし、こうやって二つに分けてあわせ鏡のようにすればピンボールみたいな使い方が出来るっす」


 エドガーは生地をヒモ状に伸ばしたり、二つに分けて生地を薄く伸ばし、手にのせた生地をあわせ鏡のようにして見せたりした。


 ルクソニアはそれを見て、キラキラした目で言う。


「すごいわ!

 色々な使い方が出来るのね!」


「まあ、工夫しだいでちょっとした小技を使える程度にはなれるっすね。

 そこまでいくには、まずは根本的に任意の厚さ、形にバリアを張れることが肝心っす。なので魔力コントロールの練習あるのみっすね!」


 エドガーは眼鏡を光らせて言った。


「ええ~! まだやらなきゃいけないの?

 魔力コントロールの練習、難しいのよ~!」


 口を尖らせるルクソニアに、エドガーは笑顔でこう言った。


「魔法の特訓、するって言い出したのはお嬢様っすよ?

 まだ始めたばかりなのに、もう投げだすんすか」


 ルクソニアは眉をハの字にし、上目使いでエドガーを見て言った。


「だって上手くできないんだもの」


 エドガーはとても良い笑顔で言った。


「練習あるのみっすよ、お嬢様!」


「そんなぁ~!」


 ルクソニアの叫びが厨房にこだまする。


「ルクソニア嬢、いずれこの力は貴女の身を助けることとなるものだ。じっくり腰を据えて、確実に育てていけば良い」


 そんなルクソニアに、ヨドは微笑みながら励ました。


「まあ、本当にこの力が必要になる時が来るのか眉唾っすけどね」


 エドガーは飄々とそう言うと、手にしているクッキー生地を猫の形にし、鉄板の上においた。


 肩を落とすルクソニアに、エドガーは言う。


「お嬢様、魔法を使うには具体的にどういった魔法を使いたいのかイメージする力が必要不可欠っす。まずはこのクッキー生地を使って、魔力を均一に伸ばす方法を体感してイメージできるようにしてみるっすよ!」


 ルクソニアは両手に握りこぶしを作り、気合いを入れて言った。


「わかったわ。わたし、やってみる!」


「それでこそお嬢様っす!」


 親指を立て、笑顔で言うエドガー。


「ルクソニア嬢、微力ながら私も協力させてもらおう」


 微笑むヨドに、ルクソニアは笑顔で答える。


「よーし、まずはクッキー生地をたくさんペチャンコにして、コツをつかむわよ~!

 エドガー、ヨド、わたし頑張るからしっかり見ててね!」


 二人は同時に返した。


「もちろんだ」「もちろんっす!」


 こうして1時間半後、クッキー作りと言う名の魔法の特訓が終わった。

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