エピソード2-17 真剣勝負

 試合会場となる鍛練場は建物内にあり、吹き抜けになっていて、青い空が拝める場所だ。


 四方は壁で囲まれていて一階は廊下に繋がっており、2階には一部出っ張ったバルコニーになっていて周囲を見渡せるようになっている。観覧席はそこだ。


 エドガーが来るまでの間に、観覧席にはリーゼンベルクとヨドが用意された席に座っており、リーゼンベルクの脇には泣きぼくろが印象的なメイドのアンが、ヨドの予言の手紙とエドガーが書いた誓約書をもって控えている。


 階下ではジュドーが入念にストレッチを終えたあと、木剣で素振りを始めていた。


「エドガーはまだ来ねぇのか?」


 リーゼンベルクが泣きぼくろが印象的なメイドに聞くと、「どうやらお嬢様のお迎えに行ったみたいで」と返事がかえってきた。


「それにしては遅ぇなァ。どこで油売ってやがんだ。もうしばらくたっても来なかったら、アン、探しに行ってくれねぇか?

 万が一エドガーが逃げ出したとありゃあ面目丸潰れだからな、俺の」


 くっくと笑いながらも視線は鋭いリーゼンベルク。


 そこへ騒々しい足音が近づいてくる。


「おせぇよ」


 リーゼンベルクは後ろを振り返らずに言った。中に入ってきたのは汗だくのエドガーだ。ルクソニアを小脇に抱えたまま、肩で息をしている。


「エドガー、もういい加減下ろしてってば!」


 ルクソニアがぷくーっと頬を膨らませて言った。


「ああ、そうっすね……」


 エドガーはルクソニアを地面に立たせると、そのままふらふらとバルコニーの奥へと歩いた。


「どこへ行くの? エドガー」


 心配になって聞くルクソニアに、エドガーは背を向けたまま、親指をたてて言った。


「戦地へ行ってくるっす」


 上からジュドーの様子を確認したあと、エドガーは一階にある鍛練場の隅の方に転移ゲートを作った。そして今立っている地面に手をかざし同じく転移ゲートを作ると、その中へと入っていった。


「じゃ、行ってきまーす!」


 ビンーーと音が鳴って、転移ゲートから姿を消すエドガー。一階の鍛練場の隅っこに無事転移した。


 それを確認したジュドーがエドガーの側に駆け寄り、責めた。


「遅いぞ、エドガー殿!

 ご令嬢を呼びに行くのにどれだけ時間をかけてるんだ!」


「悪かったっすよ、ジュドーさん。ちょっと色々とこみあってて、時間を食ったっす」


「こみあってたって……まあいい。そろそろ試合といこうぜ? 俺の方は準備が整ってるが、あんたはどうだ?」


「軽く準備運動してもいいっすか?」


「別にいいけど早くしろよ?

 その間に俺は木剣をもう一つ取ってくる」


 一階の廊下の壁にかかっている木剣を後ろ手に指差し、ジュドーが言った。


「木剣?」


「今回の試合は怪我を防ぐために真剣じゃなく木剣を使えって、リーゼンベルク殿が。」


「それは助かるっす。

 実は真剣での試合はしたことがなくてどうしたもんかと思ってたんすよ。

 ジュドーさんは大事な来賓だし、怪我させて帰すわけにもいかないし、こっちだって怪我はごめんだし。木剣ならまだ、最低限の安全は確保できるしいいっすね」


 ジュドーは眉間にシワを寄せて言う。


「甘いとは思うがな。

 男と男の真剣勝負が木剣でやるとか、ふぬけてるぜ。俺はちょっとぐらい怪我して帰ってもいいんだがな」


「物騒なこと言わないでほしいっすよ、ジュドーさん。俺だって命は惜しいっすからね、木剣で我慢してほしいっす」


「わかってるよ」


 ジュドーはため息をつくと、木剣を取りに向かった。その背中を見送りながら、エドガーは簡単に準備運動をした。


 木剣を両手に戻ってきたジュドーは、片方の木剣をエドガーに向かって投げた。エドガーはそれを受け止める。


「結構重いっすね、これ」


「真剣の方が重いぞ」


「まあ確かに。最近剣より魔獣の餌持ってる方が多いんで、なんか変な感じっす」


 ひょうひょうと言うエドガーに、ジュドーは苦虫を潰したような顔をした。


「本当に魔獣を育ててんのかよ」


 エドガーは木剣を構えて言った。


「育ててるっすよー?

 可愛い可愛い、うちのペットっす」


 ジュドーも木剣を構える。


「ペットって……酔狂だねぇ」


「ジュドーさんこそ、戦闘狂特有のオーラ、出てるっすよ?」


 睨み合うふたり。


 静かな時間が流れるなか、ジュドーが言った。


「戦闘区域は鍛練場全域。相手が廊下に出るか、負けを認めるか、戦闘不能になったら試合終了だ」


「OK、いいっすよ」


 それが合図になり、ふたりは駆け寄り、木剣をぶつけた。案の定、腕力の差でエドガーが圧倒され、地面に倒れる。そこを狙って上から木剣を降り下ろすジュドーに、紙一重で横に転がってかわすエドガー。


 一旦ジュドーから距離をとろうとするエドガーだったが、それよりも先にジュドーが追い討ちをかけるように連撃を繰り出す。エドガーは防戦一方で、なんとか木剣を盾に攻撃をかわすので手一杯だ。


「エドガー!  頑張って!」


 バルコニーから身をのりだし、エドガーを応援するルクソニア。


「お嬢様、危ないですわ!」


 慌ててアンがルクソニアを後ろから抱き締め、バルコニーの手すりから引き離す。


 試合は、一方的な展開になっていた。


 エドガーはジュドーが上から降り下ろしてくる木剣を紙一重でかわしたり、手にした木剣で受け流したりしながら勝機をうかがっていたがじりじりと圧され、ただただ攻撃を防ぐので手一杯。地面をごろごろと転がりながら致命傷を避けていた。


「そろそろ反撃に来ないと、このまま場外まで吹き飛ばすぞ、エドガー殿!

 お得意の転移魔法はどうした!」


 ジュドーに木剣を弾かれるエドガー。


 カンと音をたてて木剣が宙を舞い、地面へと落ちる。


「くっ!」


 地面に倒れ込んでいるエドガーの喉元へと、ジュドーが木剣を突きつける。


「もう終わりか?

 血濡れのエドガーの知略も大したことないな。怪我する前に降参しな」


 上目使いでジュドーを睨み、口元に不適な笑みを浮かべるエドガー。


「嫌っすよ。お嬢様と約束したんす。

 できる限り勝つ算段をつけて、めいいっぱい足掻くって。ジュドーさんこそ、どーしたんすか?

 攻撃はもう終わりっすか?」


 ジュドーは剣を振りかぶって言った。


「ほざけ!

 後悔しても知らないからな!」


 ブンと音をたてて、木剣を降り下ろすジュドー。


 木剣がエドガーの頭に振り下ろされる刹那、エドガーとジュドーの間に転移ゲートが展開され、木剣の端がエドガーの頭ではなく最初にエドガーが転移した鍛練場の隅っこに現れた。


「な!?」


 少し面食らったジュドーだったが、慌てて数歩後ろへ移動し、転移ゲートから木剣を抜いた。


「今のはいったい……」


 少し戸惑っているジュドーを尻目にエドガーは自分がいる場所に転移ゲートを展開し、先ほど木剣の先を転移させた場所に転移する。


「消えた……?」


 慌ててジュドーは周囲を見渡し、鍛練場の隅っこに転移していたエドガーの姿を見つけると駆け出し、距離を縮めてきた。


 木剣を横に構え、エドガーの胴体に向かって突きを繰り出す。


 が、それは空を切る。


 胴に当たる寸前のところで、エドガーが転移ゲートを展開し、先ほどいた場所に戻ったからだ。


 エドガーは慌てて木剣を拾うと、鍛練場に複数の転移ゲートを同時に出現させた。


 再び迫ってくるジュドーをギリギリまで引き付け、再び攻撃が当たる寸前で転移をしを繰り返し、ジュドーを翻弄する。


 それを2階のバルコニーから見ていたアンが言った。


「なんだかもぐら叩きみたいな状態になってますね、旦那様」


 リーゼンベルクはくっくと笑いながら言った。


「消耗戦に持ち込もうってェ腹か。エドガーらしいなァ」


 リーゼンベルクの膝にしがみつきながら、ルクソニアが聞いた。


「ねぇパパ。どうやったらエドガーは勝てるのかしら。今の状態だと、相手がへとへとになって参ったって言わない限り延々に同じことの繰り返しよ!

 ジュドーもだんだん慣れてきて、走らなくなってきてるわ。木剣を構えて睨みあっているもの」


 リーゼンベルクはヨドに聞いた。


「あんたはどうだい? どっちが勝つと思う」


 ヨドは言った。


「私は立場上、エドガー殿が勝てるよう未来を誘導するまでだ。しかし、今はまだなんとも言えないだろう。事態は膠着こうちゃく状態にある」


 ルクソニアが目をぱちぱちさせながら、ヨドに聞いた。


「それってどっちが勝ってもおかしくはないってこと?」


「そうとも言えるが、どうだろうな」


 ヨドは静かに口を閉じた。


 見つめる先には、木剣を構え、一定の距離をあけて睨み合うジュドーとエドガーの姿があった。


 先に口を開いたのは、ジュドーだった。


「さっきからちょこまかと。逃げてばっかりじゃ勝てねーぜ!」


 全然バテた様子のないジュドーを見て、エドガーは苦笑いする。


「ぜんっぜん、嫌がらせが効いてないっすね、体力お化けっすか?」


「これぐらい動いた内に入らないさ。俺が普段身をおいてる戦場はもっと過酷だ。いい加減、こんな茶番は止めて、打ってこいよ」


 挑発するジュドーに、エドガーは言った。


「正攻法で勝てるなんて思ってないっすからね、行くわけないでしょー?

 自分から。そっちこそ、もう打ち止めっすか?」


「言ってくれるな!」


 ジュドーが駆け出し、エドガーに向かって剣を降り下ろす。


 ブンと音をたててジュドーとエドガーの間に転移ゲートを発動させるエドガー。


 その瞬間、ジュドーの真後ろから後頭部めがけて衝撃が走る。


「がっ……!」


 一瞬、意識が飛びそうになるジュドー。


 フラりと前に倒れそうになるがなんとか踏ん張り、そのまま流れるように振り向き様に一撃、木剣を振り抜いた。


 そこには転移ゲートが展開されていて、背後を攻撃した木剣の先が、再びジュドーの背中を襲った。


「くそッ!」


 ジュドーは転移ゲートに挟まれている状況を理解すると、そのまま真横へと横っ飛びに移動し、エドガーから距離をとった。


 エドガーがにやにやしながら言う。


「どうしたんすか?

 そっちから攻撃しないと、俺、逃げ回るっすよ?」


「卑怯だぞ、血濡れのエドガー!」


 吠えるジュドーに、エドガーがひょうひょうと言った。


「卑怯で結構っすよ、元々こっちが不利っすから、これぐらいでトントンっすよ。さあ、どうします?

 まだこの不毛なやり取り、続けるっすか?」


「くそッ! 

 アンタの転移魔法は厄介だな!」


 木剣で地面をぶったたき、怒りを露にするジュドー。


「考えるのはもうやめだ!

 どっちにしろ、降参するって選択肢は俺にはない! 愚直に行くまでだ!」


 駆け出すジュドー。


 そのまま木剣で突き技を繰り出す。


 その瞬間を狙って、エドガーはブウンと音をたてて転移ゲートを自身の足元に展開し、別の場所にある転移ゲートへと転移する。


「くそッ、またそれか!」


 ジュドーは吠えると、その場で立ち止まり木剣を構えた。


 意識を集中させる。


「攻撃はもう終わりっすか?」


 エドガーが挑発するも、それには乗らないジュドー。唐突に転移ゲートが展開されていない場所へと走り出した。


「逃げたって無駄っすよ!」


 ジュドーが走り出した方角へいくつも転移ゲートを展開するエドガー。転移ゲートを避けるように鍛練場の中を走り続けるジュドー。


「くそッ、これ以上は出せないっすね……!」


 しかし、ある一定の数を越えると維持できなくなるのか、展開したゲートを閉じ始めるエドガー。ジュドーは走りながらそれを見定め、立ち止まった。


「どうやら予想通り、一度に動かせる転移ゲートの数にしばりがあるようだな!」


 声を張り上げ、遠くにいるエドガーに声をかけるジュドー。


 ジュドーが立っている場所は、鍛練場の端ギリギリ、体当たりすれば廊下へ押し出すことも可能な位置にいた。


 それに気づいたエドガーはすぐさまジュドーの目の前に転移ゲートを出現させ、転移ゲートに向かって木剣で突きを繰り出し、ジュドーを廊下まで突き飛ばそうとする。


 しかし、それを読んでいたジュドーが転移ゲートから延びる木剣の先を、手に持っている木剣で弾き飛ばした。


「あっ!」


 エドガーが間抜けな声をあげる。


 エドガーの木剣はくるくると円を描き、空高く舞い、廊下へと落ちた。


 それと同時に、駆け出すジュドー。


 ジュドーの突きが、エドガーに差し迫り、木剣の先がエドガーの腹を突きそうになる瞬間、ジュドーの足元に転移魔方陣が展開された。


「なに……!?」


 ジュドーの体にぴりりとした痛みが走り、次の瞬間、ジュドーは廊下の隅に転移させられていた。そこはエドガーの木剣が落ちた場所だった。


 ジュドーが居たはずの場所には、エドガーの木剣がカランと音をたてて転がっている。


「どういうことだ?

 転移ゲートを使わなければ、転移魔法は使えなかったんじゃないのか?」


 狐につままれたかのようにぽかんとしているジュドーの目の前に、エドガーが転移ゲートを使って現れた。


「オーソドックスな方法を使ったっす」


「オーソドックスな方法?」


 眉間にシワを寄せ、頭に?マークを浮かべるジュドー。


「ジュドーさんがにらんだ通り、転移ゲートを展開するには少し時間が必要になるっす。それは、転移ゲート事態に転移先の座標を埋め込んでいるからっす」


「それはヨド殿から聞いた!

 今のはいったい……」


「普通の転移魔法を使っただけっすよ、座標を木剣にして。それだと時間圧縮できるんで、すぐさま転移魔法を展開できるっす。木剣とそれに付随するものとを入れ換えただけっすから。

 さっきお嬢様から青の王子様の転移魔法の話を聞いて思い付いたんでやってみたんすけど、なんとかぶっつけ本番で上手くいって良かったっす」


 にっこり笑うエドガー。


「……ぶっつけ本番でよく成功したな」


「なんとか間に合ってくれて助かったっす。痛いのは嫌だったんで」


 しれっと言うエドガーに毒気を抜かれたジュドーは、豪快に笑った。


「確かにあの突きが決まってたら、あばらの2、3本は折れてただろうなあ!

 火事場のバカぢからってやつかも知れねぇが、アッパレだぜ!」


 エドガーの背をバシバシ叩くジュドーと、力負けして前によろめくエドガー。


 その様子を2階にある観覧席から見ていたリーゼンベルクが、言った。


「どうやら決着が着いたみてェだな。アン、誓約書をくれ」


 リーゼンベルクに誓約書を渡す、メイドのアン。


 リーゼンベルクは席をたつと、バルコニーから階下の二人へ、声をかけた。


「二人とも、決着は着いたようだな。

 誓約書にも書かれている通り、ジュドー殿にはうちのエドガーに詫びをいれてもらう。

 それでこれはチャラだ!」


 片手に誓約書を掲げて言う、リーゼンベルク。


「そういえばそんな話だったな、エドガー殿。

 色々と失礼なことを言ってすまなかった。

 一筋縄では上手くいかないだろうとは思っていたが、まさか負かされるとは思っていなかった。さすがは元黄の陣営の軍師殿だな」


 そう言って握手を求めるジュドーに、エドガーは応じた。


「ハンデつきっすけど、なんとか勝てたんで首の皮1枚繋がったっすよ。

 そっちこそ、さすがは赤の王子の右腕と言われるだけはあるっすね、対応が早くてヒヤヒヤしたっす。手の内がばれた以上、もう二度と戦いたくはないっすね」


「そう言わずに。

 これに懲りずにまた手合わせ願いたいものだな、負けっぱなしは性に合わない」


「なら、なおのこと戦いたくないっすね。次やったら負けるのは明白なんで。」


 エドガーとジュドーは片手でハイタッチをし、お互いの健闘を称えた。

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