エピソード2-15 せーの!

 翌朝、小鳥のさえずりが聞こえ、朝が来たのだと自覚するルクソニア。


 眠い目を擦りながら、副メイド長のアンに手伝ってもらって身支度を済ませ、食堂へと向かった。


 食堂ではすでにリーゼンベルグとジュドーが席につき、コーヒーを片手に何やら熱い議論を交わしている。


 ルクソニアは自分の席に腰を落とすと、ヨドが来るのをそわそわしながら待った。


 それから三十分後、ヨドが食堂に現れ、朝食の時間となる。


 ディナーの時とは違い、出されたものはごく普通のありきたりな食べ物ものばかり。ディナーとのギャップにつまらなさを感じたルクソニアは、機械的に朝食を口へと運んだ。


 そしてアンにエドガーの所在を聞くと、魔獣の餌やりに出掛けていると言われ、あまりにもいつも通り過ぎるエドガーに、ルクソニアの心配はつきないのだった。


 朝食を終えると、試合の準備が整うまで、各々各自の部屋に戻って過ごすこととなった。


 ルクソニアにとって、とても長い待ち時間である。そわそわしながら部屋で待っていた。


 コンコンと部屋のドアがノックされる。ドアを開けるとエドガーが廊下に立っていた。


「エドガー! どうしたの?」


「試合会場の準備が整ったんで、一緒に行こうと思って呼びに来たっすよ」


 ニカッと笑うエドガーに、色々と言いたいことがあったルクソニアは毒気を抜かれた。


「わかったわ、場所はどこ?

 お外なら帽子を被っていかなくちゃ!」


「場所は外っすよ。鍛練場。お嬢様は初めて行く所じゃないっすかね」


 ルクソニアは目をぱちぱちしながら、首をかしげた。


「鍛練場?」


「城壁や森の外の外壁を守っている小規模な私兵団をうちは持ってるんすけど、その基地の中に日々鍛練する場所があるんすよ。そこで試合をするみたいっす。人払いを済ませて使えるようにしたんで、呼びに来たっすよ」


「人払い?」


「普段は魔獣対策として、鍛練場で私兵が稽古をつけてる時間すからねぇ。お願いして空けてもらったんすよ」


「そうなの。じゃあ早くいかないといけないわね!

 待ってて、いま帽子をとってくるから!」


 ルクソニアは部屋の奥にあるクローゼットの中からつばの広い帽子を取り出すと、頭に被る。そしてエドガーのもとへと駆け寄ると、彼の足に抱きついた。


「お待たせ! さあ戦場へ行くわよ!」


 握りこぶしを天に向かって振り上げるルクソニアに、エドガーは笑った。


「俺、今から死地に向かうんすか?」


「そうならないために応援するわ、一所懸命!」


 ルクソニアの頭をポンポンと撫でながら、エドガーが言った。


「それは頼もしいっすね、お嬢様」


 ルクソニアはふんすと鼻息荒く、どや顔でエドガーを見上げて言った。


「そうでしょう?

 だからエドガーも最後まで諦めてはダメよ! ぜーったいどこかに、突破口があるんだから!」


 期待に満ちた目でエドガーを見上げる、ルクソニア。


「わかったっすよ、出来るだけ期待に添えられるように頑張るっす」


 言ってエドガーは床に手をかざし、転移ゲートを出現させる。


「さ、お嬢様。お先にどうぞ」


 転移ゲートを使うように促すエドガーに、ルクソニアが少し怯んだ。


「行ったことがない場所に、先に一人で向かうのは気が引けるわ。エドガーが先に行ってくれない……?」


 尻込みするルクソニアに、エドガーは笑った。


「もう!

 エドガーが青の王子さまみたいに、1度に100人転移させることができたら、こんなこと言わなくてすむのに!」


 それを聞き、エドガーは目を丸くした。


「1度に100人って、そりゃ盛りすぎっすよ、人間業じゃない!」


「そうよ、青の王子さまは凄いんだから!

 地図とピンを使って転移先の座標を合わせるから、いつでもどこでも転移させることが可能なのよ。エドガーみたいにイチイチセーブしなくてもいいから、便利でしょう?

 その力を使って、獣人の国との戦争を停戦させたみたいなの!」


 キラキラした眼差しで言うルクソニアに、エドガーはつまらなさそうに返した。


「俺だって、やろうと思えば、同時に20人分の転移ゲートを作って転移させることぐらいできるっすよ。……魔力効率が悪いんでやらないだけっすけど」


「エドガーも凄いのね!」


「まあ、故郷ではちょっとした神童扱いされてたんっすから、当然っすよ。

 じゃあちょっと手間っすけど、同時に転移出来るようにゲートを二つ、用意するっすよ。せーので同時にそれぞれの転移ゲートをくぐるっていうので、良いっすか?」


「ええ、それで大丈夫よ!」


 ニコッと微笑むルクソニア。

 エドガーは先ほど出した転移ゲートの隣に、新たにひとつ小さめの大きさの転移ゲートを出現させた。


「これでヨシッと。お嬢様は新しく作った方にどうぞ」


「わかったわ、エドガー。せーので行くわよ!」


 ルクソニアとエドガーは、それぞれ該当する転移ゲートの前に移動した。


 ふたりの声が重なる。


「せーの!」


 転移ゲートの中へと一歩踏み出すふたり。

 そのままゲートの中へ入り、ふたり同時に転移した。

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