エピソード2-13 青の王子とヨド

 時を同じくして、ヨドはどこにいたかというと。


 青の王子の転移魔法を使って、青の王子の寝室へと転移していた。今日の出来事を報告するためだ。


 青の王子の寝室は窓もドアもない地下に作られた部屋で、ヨド以外踏みいることを禁じられている。


 部屋の中央にあるベッドの上でヨドに膝枕をさせながら報告を聞いていた青の王子は、くすくす笑い出した。


「何がそんなにおかしいだろうか?」


 ヨドが青の王子の髪を手ですきながら、聞いた。


 5歳児に振り回されているヨドの姿は可笑しいと、青の王子は言った。


「それはかのものが特別な星のもと生まれた姫だからだ。貴方と同じ、特異な運命をたどる者……」


 青の王子は瞳を伏せ、ヨドの手に自分の手を重ねて言った。


 本当にそれだけか、姫に愛着がわいたのではないかと問う青の王子。


 自分の時のように偽善者ぶって飼い慣らすつもりか?と笑う。


 手と手が絡まる。


「貴方も人が悪い。その言い方だと、まるで私が腹にいちもつを抱えているようにもとれる。ーー私には貴方だけだ、青の王子」


 ヨドはそっと青の王子の手の甲へ口づける。


 青の王子は満足そうに微笑むと、手をぐいぐいとヨドの頬へと押し付けた。


「こら、遊ぶんじゃない。報告がまだーー」


 その時、ベッドのサイドテーブルに開きっぱなしで置かれていた地図の本に変化があった。その地図の本にはある一点にピンが指してあり、ピンの先についている鈴飾りが鳴ったのだ。


「どうやら、誰かが部屋に来たようだ」


 ヨドが立ち上がろうとすると、青の王子がそれを阻む。


「行かせてはくれないだろうか、青の王子。荷物は全部こちらに置いているとはいえ、私があてがわれた部屋にいないと変に思われるだろう?」


 青の王子が人差し指でヨドの口許に触れる。


 ふたりの時は名前で呼べと言う青の王子に、ヨドは困ったように微笑んだ。


「シュツル……。どうか聞き分けてほしい。」


 青の王子の頬に触れて困った顔で微笑むヨドに、青の王子は興味をなくしたかのように膝から頭をあげ、ヨドに背を向ける形でベッドに横たわった。


「そうすねるな。また来るよ、シュツル。

 これもひとえに我々の崇高なる目的のためだ。理解してほしい」


 青の王子の頭をひと撫でした後、ヨドは地図の方へと歩み寄った。


 地図を片手に持ち、ヨドは言った。


「戻してくれないか?」


 青の王子は返答の代わりに、ヨドの足元へと黄金に光る魔方陣を出した。


 それと同時に、ヨドにあてがわれた部屋にも、地図を中心にして同じ形の黄金に光る魔方陣が現れる。


 魔方陣の光がひときわ大きくなると、その瞬間、ヨドの姿が青の王子の寝室から消え、ヨドはあてがわれた部屋へと地図の本と一緒に転移した。それと入れ替わるように青の王子の寝室には、ヨドの部屋に置いてあった地図の本が転移し、床に落ちる。


 部屋に戻ったヨドは、一緒に転移した地図の本に刺さっていたピンを抜くと、本の間に挟んで閉じた。そしてそのまま片手に持ち、慎重に部屋の中を見て回る。


 ベッドが少し乱されているだけで他に変わった所はなく、ほっと息をはくヨド。


 手にしていた地図の本に挟んでいたピンの先についている鈴飾りを指で弾き、青の王子へ無事を知らせた。


 ヨドはドアの外で話し声がすることに気づく。何事かと思いドアを開けると、そこにはルクソニアとジュドーが廊下で言い合っている姿があった。


「ここから一番近いトイレは、まっすぐ行って、突き当たりを左に行ったところにあるトイレよ!」と、ルクソニアが言い、「よし、そこにヨド殿がいるかどうか確かめよう!

 もしトイレにいたら、さっき提示したお友だちになる件、考えといてくれよ」とジュドーが返す。


 そんなふたりの背中へ、声をかけるヨド。


「ふたりとも、私に何か用だろうか?」


 ルクソニアとジュドーが驚いたようにバッと後ろを振り返った。


 部屋の扉からひょっこり顔を出してふたりをみているヨドと目が合う。


「ヨド!」「ヨド殿!」


 ほぼ同時に声をあげる、ルクソニアとジュドー。きびすを返し、ずんずんとヨドの方へ向かって歩いてくるふたりに、内心ひるむヨド。


「どこに隠れていたの、ヨド!

 探したのよ」


 詰め寄るルクソニアに、ヨドは内心焦りながらもこう返した。


「風呂に入っていただけだ、ルクソニア嬢」


 そこへジュドーが口を挟む。


「悪いがさっき、部屋を物色させてもらった。その時に風呂も確認したが、あんたの姿はどこにもなかったぜ、ヨド殿」


 ヨドへと詰め寄る、ジュドーとルクソニア。


「ごめんなさい、ヨド。私も一緒に部屋に入ってしまったの。でもヨドの姿はどこにもなかったわ!

 一体どこにいたの?

 なぜ隠れていたのか教えてほしいのよ」


 ヨドは少し考えた後、白状した。


「……青の王子のもとへ、報告に行っていただけだ。転移魔法を使ってな」


「転移魔法!?

 ヨド殿は転移魔法が使えるのか?」


 食いつくジュドーに、ルクソニアが否定した。


「それはないわよ。だってヨドは魔法が使えないっていってたもの!」


「そうなのか? ヨド殿!」


「そうよね、ヨド!」


 ふたりにぐいぐい迫られ、部屋の中へ後ずさりするヨドと、一歩また一歩とヨドへと迫るルクソニアとジュドー。結果的にヨドは、ふたりを部屋へと招いてしまう形となった。


「少し落ち着いてくれないだろうか、ルクソニア嬢に、ジュドー殿」


「落ち着いてなんかいられないのよ!

 ちゃんとお友だちとして説明してちょうだい、ヨド。

 わたし嘘を言われたの、とーっても気になっているのよ!」と、ルクソニアが言い、「そうだぜ。なにかやましいことがあるから、隠したかったんじゃないのか? ヨド殿」とジュドーもそれに加勢する。


 ヨドは困ったように微笑むと、言った。


「それは本当に申し訳ないことをした、ルクソニア嬢にジュドー殿。

 転移魔法は私ではなく、青の王子が使える魔法だ。

 青の王子に会わせろとせがまれるかと思い、誤魔化してしまったことをまずは謝ろう」


 頭を下げるヨドに、ジュドーが言った。


「それは青の王子と俺らを、会わせたくないということか?」


 ヨドは言った。


「今はまだ、会わせる時期ではない、ということだ。ジュドー殿」


 ルクソニアはしゅんとしながらヨドに聞いた。


「ヨド、それは予言なの?」


 ヨドは身を屈め、視線をルクソニアにあわせると言った。


「そういう運命だということだ、ルクソニア嬢」


「そういう……運命?」


「そう、運命だ。

 心配しなくても、ふたりとも、青の王子とは一番ベストな時期に会わせる予定だ。安心してほしい」


 それを聞き、ルクソニアの表情がパアッと明るくなる。


「いつになるかはわからないけど、会わせてはくれるのね!」


 ヨドは静かに頷いたあと、ルクソニアと指切りをした。


「本当に俺にも会わせてくれるのか? ヨド殿」


「個人的に会わせることは難しいが、順当にいけば、王立選のスピーチの時に会うことにはなるだろう」


 ジュドーは目を光らせながら言った。


「それも予言か?」


「そう捉えてくれて構わないだろう」


 視線を絡ませるふたり。


 ヨドは静かに立ち上がった。


「予言なんて眉唾ものの話だが、期待せずに待っておくよ」と、ジュドーが肩をすぼめて言った。

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