エピソード2-11 誓約書と予言の手紙

「そうだ、エドガー。紙は余分に持ってきたかァ?」


 エドガーはリーゼンベルクとアイコンタクトを交わすと、頷いた。


「明日の試合について、一筆書かなくちゃいけないんすよね。

 大丈夫っすよ、ちょっと高級な紙、用意してきたっすから」


 言ってエドガーはヨドとジュドーが座っている席へと向かった。


 ヨドとジュドーのちょうど間に挟まれるような位置にエドガーが陣取ると、彼はヨドに万年筆とレターセット一式を渡した。


「これに明日起こるであろう試合の詳細を事細かに書いておいてほしいっす。書き終わったら封をして、旦那様へ渡してほしいっす」


 ヨドは頷いた。


 それを見て納得したエドガーは、くるりとヨドから背を向け、今度はジュドーに話しかけた。ジュドーの目の前に、一枚の紙を置くエドガー。


「で、こっちの紙には、さっき言ってた誓約書を書くっすよ~」


 言ってエドガーは、胸ポケットからペンを取りだすと、さらさらと誓約文を書いていった。


「こんな感じで良いっすか、ジュドー様。ご確認を」


 紙に書かれた内容を見て、ジュドーも頷いた。


 一方ヨドは少し筆を止め考えたあと、さらさらとなにかを書き始める。

 エドガーが尻を向けているので、エドガーとジュドーが内容を知ることはない。


 ヨドは一気に書ききると、封筒に紙をいれ、蝋で封をし、リーゼンベルクに手紙を手渡した。


「確かに、頂戴した。

 これは明日の試合の決着後に封を開けることとする。アン、この手紙と誓約書を金庫にいれて保管しておいてくれ」


「畏まりましたわ、旦那様」


 アンは両手で手紙を受けとると、リーゼンベルクに頭を下げた。


 一方エドガーは、ジュドーの了承を得たあと、紙の右下部分を指さして言った。


「じゃあここにサインをしてもらっても良いっすか?」


「わかった、ここだな?」


 ジュドーも言われるまま、エドガーからペンを受け取り、さらさらとサインを書く。


 ジュドーがサインを書き終わると、今度はエドガーが紙とペンを受け取り、リーゼンベルクの元へ行く。


 エドガーは、リーゼンベルクにジュドーのサインの隣にサインをするように促した。


 エドガーからペンを受け取ったリーゼンベルクは、さらさらとペンを走らせ、サインをし、誓約書をアンに手渡す。


 誓約書を受け取ったアンは一礼し、そのまま食堂を退室していった。


「ふう、これで少しは落ち着けるっすねー!」


 エドガーは、ヨドから万年筆と余ったレターセット一式を受けとると、大きく伸びをした。


「ずいぶん余裕だなァ。

 明日の試合、勝てる見込みでもついたか」


 ニヤニヤしながら聞くリーゼンベルクに、エドガーは口の端を上げた。


「腹が決まっただけっすよ。

 万が一負けてクビになっても、退職金がっぽりもらって故郷くにに帰るつもりなんでよろしくお願いいたしますね、旦那様♪」


 エドガーの返答を聞いて、リーゼンベルクが苦虫を潰したような顔をする。


「そうだわ、ヨドだけじゃなくてエドガーのクビもかかってるんだったわ!

 パパ、エドガーのクビは取り下げてくれないの?」


 心配そうに言うルクソニアに、エドガーがひょうひょうと言った。


「もう誓約書にその件も書いちゃったんで、改変は無理っすよ?」


「なんで書いちゃったの!?」


 椅子から立ち上がり、青ざめるルクソニアに、エドガーはにっこり笑顔で返す。


「書いた方がスッキリすると思って。」


「なんでそんなに落ち着いてるの?

 明日負けたら、無職になるのよ?」


 真剣な顔でエドガーを見つめて言う、ルクソニア。


「勝てなきゃどのみちお払い箱になるっすよ。ツカエナイ軍師ほど、要らないものはないっすからねぇ」


「エドガーはそれで良いの?」


 ルクソニアは、涙を目にいっぱいにためて言った。


「寂しくはないの?

 私は寂しいわよ、エドガーがいなくなったら」


 ポロポロと涙をこぼすルクソニアに、エドガーは少し困ったように頭をかいた。


「あー……。

 一応試合の結果は五分ごぶだって言われてるっすけど、俺は俺なりに頑張るつもりっすよ、お嬢様。

 だからあんまり泣かないでほしいっす」


「誰が泣かせてるのよ」


 手の甲で涙をぬぐいながら、言うルクソニアに、エドガーは困ったように笑った。


「善処はするっすよ、最大限に。」


「……それ、本当?」


「本当っす。勝ち星上げれるように努力はするんで、そんなボロボロ泣かないでほしいっす」


「ボロボロなんて泣いてないわ!」


 ルクソニアはドレスの袖で涙をぬぐうと無理矢理口角を上げ、強がってみせた。


「なら良いっすよ~。

 じゃ、俺はこの辺でおいとまさせていただきます。魔獣の餌やり、途中で放り出してきたんでやらないと。」


「今からわんちゃんたちに餌を上げるの?

 もう森のなかは暗いわよ、危ないわ」


「お腹を空かせたわんちゃんたちを放置しとく方が危険なんっすよ。

 心配しなくても、ハイドさん達にも手伝ってもらうんですぐ済むっすよ」


 言ってエドガーは、食堂のドアへと向かった。その背にルクソニアが声をかける。


「わたしも手伝った方がいい?」


「それはいらないっす。逆にまた迷子になられたら困るんで、お嬢様は大人しくしといてほしいっすねぇ」


 食堂の出口のドアを押すエドガー。


 食堂の外へとでると、くるりと身を反転し、頭を下げて言う。


「では皆様、お先に失礼いたします」

 食堂のドアが閉まった。

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