エピソード2-10 ご歓談タイム
全員の食事が終わったあと、エドガーが食堂を退出しようと出口に向かって歩を進める。
その背にルクソニアが声をかけた。
「エドガー、どこにいくの?」
声をかけられ、ドア前でクルリと身を翻してエドガーが答える。
「レターセットを取りに、執務室まで行こうかと。どうしたんすか~?
俺がいないとさみしいんすか? お嬢様」
ニヤニヤしながら言うエドガーに、ルクソニアは光のない眼を向けて言った。
「エドガーは転移魔法が使えるんだから、それを使えばいいのに、わざわざ徒歩で移動しようとしてるから気になっただけよ」
ルクソニアの返答にエドガーは眉をハの字にし、それを見たリーゼンベルクとアンは肩を震わせた。
「……すぐ戻るっすから、待っててほしいっす。ちなみに転移魔法は魔力切れで、今日はもう使えないっすよ、誰かさんを探すのに魔力をたくさん使ったっすから」
ルクソニアは言葉をつまらせた。
「……うっ。それは悪かったと思っているわ、こう見えても反省はしているのよ」
エドガーがジト目で言った。
「本当っすか~?」
上目づかいでエドガーをにらむ、ルクソニア。
「本当に本当よ!
とーっても反省してるんだから!」
「だったらもう急に思い立っていなくなったりしないで下さいね、お嬢様。
俺の寿命がいくらあっても足りなくなるんで」
「わかってるわよ、もう。
今後は急に思い立って、どこかに行ったりはしないわ」
「約束っすよ、お嬢様」
エドガーは小指をたてて、ルクソニアに向けてウインクを飛ばした。
「じゃあ、超特急でレターセットをとってくるっすよー。それまで暫しご歓談を」
言ってエドガーは扉の外へ消えた。
それを見送ったあと、ジュドーがぼやく。
「ご歓談をっつってもなー。
このメンバーで話すことと言えば、王立選の事か、明日の試合の事か、ギャタピーの事について話すくらいしかできねぇだろ。
……何について話す?」
ヨドが言った。
「これも良い機会だ。王立選の事について、それぞれ意見の交換をするのはどうだろうか」
「みんながどう考えてるか話すってこと?」
ルクソニアがこてんと首を傾けて聞く。
ヨドは静かに頷いた。
「折角だからここらでいっちょう、アピール合戦と行こうってか。
リーゼンベルクがクックと笑う。
「ヨドは平和な世界を作ろうとしてるのよね、青の王子さまと一緒に」
ルクソニアがキラキラした目で、ヨドを見て言った。
そこへジュドーが割り込む。
「ご令嬢。理想だけでは事を成さないぜ?
ヨド殿の言葉を鵜呑みにして、なんでもかんでも信用するのは愚の骨頂だ。
誰だって耳障りの良い言葉ならいくらでも言えるが、実績が伴わなければ詐欺師と同じ。
ヨド殿はその辺り、具体的にどう動く腹づもりでいるのか、教えてもらおうか」
「具体的に……そうだな。
まず勘違いしないでほしいのは、私とて、すぐに戦争がない世界にできるとは思っていないということだ。
戦争を終結させるには、それなりのリスクを取らねばならないことも理解している。
その上で我が陣営は、この国に眠っている有用な人材を活用し、戦争を終結させるための交渉をしようと考えている」
「この国に眠っている有用な人材ってなんだ?
それを使って、今さら
それとも、停戦している
ジュドーが首を捻る。周囲の視線がヨドへと集中した。
ヨドは静かに息を吸うと、言った。
「もちろん、両方だ」
「両方!? 今、両方って言ったか?」
ジュドーは思わず席をたち、ヨドの両肩を掴んだ。
「ずいぶんと大きく出たなァ。お前さんはあれかい?
未来が見えるから、そんな大層な事言えるのか、それともその有用な人材とやらがすごいから、そんなことが言えるのかい?」
ヨドを見据え、値踏みするような視線をおくるリーゼンベルク。
「そんな人材、いたらとっくにうちの陣営に率いれてるぜ!
いないから魔獣軍を作ろうって話にうちはなってるんだし。
やっぱり青の陣営は口先だけで信用ならないな!」
ジュドーはドンとヨドの肩を後ろへ押しやるようにして手を離し、息巻いた。
「それはただ単にあなたたちが見つけられなかっただけだ。優秀な人材を、魔力量が少なかったり獣人だからと、はなから検討もせずにスルーしていただけだろう」
「いくら有能でも、無能力者や獣人を戦争に駆り出すのには、俺は抵抗がある。慈悲があるからな。
そんな面子で軍を組んだら、下手したら壊滅するぞ。勝てるわけがない!」
ヨドはふわりと微笑みながらこう返した。
「勝ち負けから遠ざかり、交渉のテーブルにつくのが我々のやり方だ」
「その交渉のテーブルにつかせるのが難しいんだろうが!」
ドンとテーブルを叩くジュドー。
ヨドと睨みあっている。
「きっと、交渉のテーブルにつかせる方法がヨドには見えているのよ!
ねえ、ヨド。そうでしょう?」
ルクソニアがキラキラした眼差しでヨドに尋ねた。
ヨドは少し困ったように微笑んだ。
「それに関しては、まだ、道半ばだ」
「ってぇ事は、確実な方法がある訳じゃあねェんだな?」
ヨドの瞳の奥を見据えて聞く、リーゼンベルク。
ヨドは静かに頷くと言った。
「すべてのピースをはめるには、まだまだ足りないピースがある。
そのうちのひとつが、リーゼンベルク殿の協力だ。
ぜひ明日の試合の結果を見て、ご判断いただきたい」
リーゼンベルクはクックと笑って言った。
「こりゃあまた、面白いところに着地したもんだねェ。
ーーいいぜェ、乗った。明日の試合が楽しみになってきたなァ、ルクソニア」
「パパもヨドの事、好きになってきたの?」
きらめく瞳でそう聞くルクソニアに、リーゼンベルクはニヤリと笑って言った。
「そうさなあ。予想外に面白い男だって言うのは認めるぜぇ。見た目の線の細さに反して、博打打つ度胸も嫌いじゃあねえ。
それに、今日はルクソニアがずいぶんと世話になったみてぇじゃねぇか。聞く耳ぐらいはもってやんよォ」
ルクソニアが嬉しそうに言った。
「良かったわね、ヨド!
パパに気に入ってもらえてるわよ!」
キラキラした目でヨドを見つめるルクソニアに、ジュドーがため息をつく。
「いったいぜんたい、どうやったらそこまで、今日会ったばかりの子供をてなづけられるのか疑問だな。ーーやはり、顔か?」
なにかを悟ったような真剣な面持ちでジュドーは言った。
それを聞いたルクソニアは、膨れっ面で返す。
「顔は関係ないのよ。
ヨドの人柄が良かったから応援したいの」
「人柄ねえ。じゃあ聞くが、ヨド殿がデブでハゲで薄汚れた格好をした、息の臭いおっさんでも、同じことが言えるか?」
ジュドーは意地の悪い質問をルクソニアに投げかける。
ルクソニアは少し考えたあと、きっぱりと言った。
「やっぱり見た目も大事ね!」
「ほら、美形だからなついてるんだ……!
リーゼンベルク殿、そこのところも加味して、明日の試合、見ててくださいよ!」
息巻くジュドーをなだめるように、リーゼンベルクが言った。
「わかった、わかった。一筆書くから、それで良いだろうが」
ジュドーがリーゼンベルクの目を見て言う。
「本当ですね?」
「ああ、本当だ。二言はねぇよ」
ニヤリと笑うリーゼンベルクに、ルクソニアが抗議した。
「それじゃあダメよ、パパ!
エドガーが負けちゃったら、青の陣営にはつけないってことじゃない!
エドガーが辛うじて勝てたとしても、その時点で赤の陣営と青の陣営を天秤にかけて選ぶって話になるだけでしょう?
ヨドが不利だわ……!」
身を乗り出して真剣な顔で言うルクソニアに、リーゼンベルクが言った。
「未来予知なんてチートを持ってるんだァ、それぐらいのハンデがあってしかるべきだろう?」
「そんな……」
ルクソニアはしょんぼりした顔でうつむいた。
「お嬢様、さっきから黙って聞いてりゃあ、なんっすか。俺がまるで負け決定みたいな言い方しないでほしいっすね。
ヨドさん的には試合の結果は
食堂のドアを開け、中に入ってくるなり文句を言うエドガーに、ルクソニアは眉をハの字にした。
「だって、勝てる見込みが見当たらないのよ?」
「お嬢様。この森にいる魔獣はみな、幼獣の頃に俺が捕獲してきた魔獣達なんっすよ?
中型と言えど、生け捕りにしてつれてくるだけでも、結構大変なんす。それなりに動けないと出来ない芸当っすよ?」
ルクソニアはまっすぐにエドガーの目を見て聞いた。
「勝つ自信はあるのね?」
「百パーセントとは言わないっすけど、条件が整えられれば、なんとか勝つことも出来なくはないっすよ」
「なんだかは切れの悪い言い方ね。
もっとピシャッと、勝てるって言えないのかしら」
「言えたら良いんすけどねー、さすがに
ルクソニアは眉をハの字にして言った。
「だからエドガーはモテないのよ」
「なんか今、俺、ひどいこと言われてません?」
呆れたように言うエドガーに、ルクソニアはふんすと鼻息荒くこう言った。
「自業自得よ!
エドガー、格好悪いもの」
「格好悪いって言われた!」
頭を抱えて叫ぶエドガーを見て、少し言いすぎたと思ったのか、ルクソニアは言い直した。
「言い方を間違えたわ。
エドガー、情けないもの!」
「さらに追い討ち!」
頭を抱え、のけぞるエドガー。
そこへヨドが割って入った。
「ルクソニア嬢、さすがにそれは言いすぎだ。頼りない、位の表現にとどめておくのが適切だろう」
ルクソニアは頷くと大きな声で言った。
「エドガー、頼りないわ!」
「もうそれ以上、オーバーキルしないでほしいっす!」
へなへなと床に倒れ込むエドガーに、ルクソニアは言った。
「だって明日の試合の結果で、王立選でどこにつくか決まるかもしれないんでしょう?
だから勝ってほしいのよ。ヨドにもチャンスを与えてほしいの」
エドガーはため息をはいて立ち上がった。
「……結局ヨドさんっすか。ほんと、どうやって接したら、今日会っただけの子供をこんなにもメロメロにできるんだか」
「それはもうさっき俺が言ったぞ」と、ジュドーが口を挟む。
「気が合うっすね、ジュドー様。
所詮顔っすよね」
「顔だな。」
ジュドーとエドガーは、お互いに目を見ながら頷きあった。謎の団結が生まれた瞬間である。
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