エピソード2-9 青の妃について
「そういえばエドガー。魔獣と獣人は遺伝子操作されて作られた存在って言ってたけど、魔獣は魔法が使えて、獣人は魔法が使えないのはなぜなの?」
上目使いでエドガーを見上げるルクソニア。
「それは、魔獣の成り立ちが関係してるっす。魔獣は既存の動物の掛け合わせた動物に魔石を埋め込んで出来ているのに対し、獣人は人と魔獣の掛け合わせで出来ているから、血が薄まって魔法が使えなくなってるんすよ」
ルクソニアは目を見開いた。
「獣人って、魔獣と人間のハーフなの!?」
「正確には違うっすけど、半分人の血を引き継ぎ、半分魔獣の血を引き継いでいる認識で大丈夫っすよ。お嬢様が大切にしてる天使が出てくる絵本、あれも元は鳥の獣人がモデルになったものっすよ」
ルクソニアは目をきらめかせて言った。
「そうなの?
じゃあ天使は実在するのね!」
嬉しそうに笑うルクソニアに、ヨドが口をはさんだ。
「その絵本とは『モデルナと木の葉っぱ』という絵本だろうか」
「そうよ、ヨド、知っているの?」
ヨドは静かに頷いた。
「あの絵本に出てくる天使のモデルは、青の妃だ。ルクソニア嬢が気に入ってくれて嬉しいと思う」
「青の妃様が天使のモデルなの!?」
「そう言われてるって話っすよ。
今じゃ時世的に絶版になった絵本っすけど、俺も好きな本っすよ」
「俺んちにもその絵本があったが、青の妃が処刑されてからは暖炉にくべられて燃やされたなあ、そういえば。今思えば獣人のイメージアップのために国が作らせた絵本だったんじゃねぇかって思うんだが、エドガーどのはどう思う?」
「ジュドー様のいうとおり、イメージ戦略で作った絵本であってると思いますよ、発行年月が丁度、青の妃の婚礼の日になってるっすから」
ルクソニアがふくれて言った。
「もう、二人ともロマンがないわね!」
「当時はそれだけセンセーショナルな出来事だったってことっすよ、お嬢様」
「まあ確かに獣人と人の婚礼は珍しい時勢だったからなあ」
エドガーに同意するジュドー。
「そんなに珍しい結婚だったの?」
「そんなに珍しい結婚だったんすよ。
当時獣人は、今みたいに奴隷としてではなく魔獣と同じカテゴリーに分類されていた種族だったんで、そもそもが結婚する対象じゃなかったんすよ。
だから青の妃が嫁ぐ際にも、白い綺麗な羽根が背中に生えていたんすけど、結婚を期に切り落としたって聞いたっす」
ルクソニアが泣きそうな顔でエドガーに聞いた。
「天使の羽根を切り落としたの?」
エドガーは頷いた。
「国民を怖がらせないためもあったんだと思うっす。
青の王子にも立派な羽根が生えていたみたいっすけど、それも生まれてすぐに削ぎ落とされてるし、獣人の国と戦争をする土壌は当時から水面下ではあったんじゃないっすかね」
「だろうな。青の妃がなくなってからは一転して戦争をする流れになったし、元々差別的な空気があったのかも知れねぇな」
と、それに同意するジュドー。
「そんな……。青のお妃さまが可哀想なのよ。黄のお妃さまのせいで処刑されただけでも可哀想なのに」
ナプキンで涙をぬぐうルクソニア。
「お嬢様。青の妃が黄の妃のせいで処刑されたって、どうしてわかるんっすか?」
「ヨドがそう言ってたのよ」
「またヨドさんっすか」
エドガーが深いため息をつく。
「ご令嬢。青の妃が処刑された件に関しては、色々と不透明な所があって、王宮内でもタブー視されている話題なんだ。軽々しく黄の妃のせいなんて言っちゃあいけねぇ。首が飛ぶぜ?」
ルクソニアは顔を真っ青にして叫んだ。
「わたし、首を飛ばされちゃうの!?」
真剣な顔になるジュドー。
「それくらい、今、黄の妃の影響力が強いってことだ。ヨド殿も子供に、軽々しくそういったことを話すのはよした方がいい。人の口に戸は立てられないんだからな。子供ならなおさらだ」
ルクソニアはシュンとして言う。
「ヨドが言ったことが本当だとしても言ってはいけないことなの?」
「今の時勢、それはタブーなんっすよ、お嬢様。青の妃が処刑されたことで全てが終わったことにされて、結果的に真実がわからなくなったとしても、もうほじくりかえしちゃいけない事なんっすよ。それぐらい今、この国では黄の妃の権力が大きくなってるんす」
ルクソニアはエドガーをまっすぐに見上げて言った。
「権力が大きいからって、真実を曲げていい事なんてないわ。黄のお妃さまは罰を受けるべきよ!」
「そう単純に片付く話じゃないからタブー視されてるんすよ」
ルクソニアがキョトンとした顔で、エドガーに聞いた。
「どういう事?」
「そんだけ今行われている戦争が消耗戦になってるってことっす。黄の妃に、調停役をしてほしいって声が日に日に高まってるんすよ。だからこそ、あえて目をつむらなければならないこともあると、そういうことです、お嬢様」
ルクソニアはぷくっと頬を膨らませてそっぽを向いた。
「そんなの納得いかないわ!
なのにそれに目をつむれだなんて……悲しすぎるわ」
「じゃあご令嬢。逆に聞くが、黄の妃がはめた証拠ってのはあるのか?
ヨド殿の証言だけだと不十分だぞ」
ルクソニアは言葉をつまらせた。
そこへヨドが助け船を出す。
「証拠はあった。だが黄の妃に先回りされて、揉み消されてしまった。
当時は黄の妃の故郷エリーゼと戦争をするかしないかの瀬戸際で、国も黄の妃を守ったんだ。
その結果、皮肉にも青の妃の故郷シュトーレンとの戦争を引き起こしてしまったがな」
ルクソニアは眉をハの字にした。
「それが事実なら、青のお妃さまが可哀想なのよ。平和を望んでいたのに、戦争になってしまって……悲しすぎるもの」
シュンとうつむくルクソニアに、エドガーが言った。
「それが戦争っすよ。はじめからしたくてしてるんじゃないっす。そうならざるを得なかったから、するはめになったものっすよ」
そこにジュドーが続く。
「そしてすぐにはやめられないのが戦争だ。ご令嬢、気持ちはわかるが綺麗事だけでは戦争は終わらないんだぜ?」
ルクソニアは顔を上げ、リーゼンベルクをまっすぐに見た。
「それでもやっぱり戦争は嫌!
ねえ、パパ。お願いよ。つくなら青の陣営にしてほしいの。青の王子さまは青のお妃さまの意思をついで、戦争のない世界を作ろうとしてるって、ヨドから聞いたわ。わたしも戦争をなくしたいの。だからつくなら青の陣営にしてほしいのよ」
「それは今ここで決めることじゃあねぇな。ルクソニア、事を急ぐとろくなことにはならねぇ。じっくり見極めてから決めねぇと、後から後悔する羽目になる。お前さんだって、それくらいの事はわかる年頃だろう」
「そうかもしれないわ。でも……」
リーゼンベルクは目を細めてルクソニアを見た。
「何を焦ってる」
「焦ってないわ。ただ、戦争が嫌いなだけよ」
リーゼンベルクは水を一口飲むと言った。
「青の陣営についたとて、戦争しなけりゃならない時は来るかも知れねェ。そのときお前さんはどうする?
奇跡なんてのは2度も起きやしねぇぞ」
ルクソニアはポロポロと涙を流しながら、リーゼンベルクに聞いた。
「じゃあどうすれば戦争はなくなるの?
はじめから無理だって言ってたら、ずっと戦争をし続けることにならないの?」
リーゼンベルクは顔をしかめた。
「イテェとこ突くな……」
ぼやくリーゼンヘルクにエドガーが突っ込んだ。
「旦那さま、5歳児に競り負けないでほしいっす」
「うるせぇよォ。
あいにく俺はその問いに対する答えを持ち合わせてねぇんだよ。
エドガー、お前ならどう答える?」
ちらりとエドガーに視線をやりながら聞く、リーゼンヘルク。
「ずっとは戦争にならないっすよ、残念ながら。どちらかがじり貧になって負けるまで続けるのが戦争っすから。
ごく稀に利害が一致して停戦したり、平和的に終戦したりすることもあるかもしれないっすけど、基本は削り合いっすよ、ゴリゴリゴリゴリとね。
だからいずれか戦争は終わるっす。
どちらかの負けという形で。
なので俺らが今できることは、出来るだけ自国が負けない方針を持ってる方へつくってことっすね。それを見極めるには、それなりに時間が必要ってことっす」
ルクソニアがエドガーを見て聞いた。
「それって青の陣営につく可能性もあるってこと?」
「場合によっては、っすね。それは」
ルクソニアは黙ってうつむくと、ナプキンで涙をぬぐった。
エドガーがルクソニアの肩を優しく撫でながら言った。
「ちゃんと考えるっすよ、旦那さまと二人で、ちゃんと納得できるような道を選ぶっすから。そんなに不安がらないでほしいっす」
「信じてるわ、パパ、エドガー。
ちゃんと選んでくれるって信じる」
「それでこそお嬢様っす」
そこへジュドーが口を挟んだ。
「俺たちだって、別に好き好んで戦争をしたい訳じゃあない。ただ、負けないために動いてるだけだ。
ヨド殿からどう聞いてるかはわからねぇが、いま身を削ってこの国を守ってるのはうちの大将だってことを忘れないでほしい」
ルクソニアは静かに頷いた。
「さっ、暗い話はここまでにしてデザートにいくっすよ~?
ギャタピーのムースっす」
全員がサラダを食べ終わり、入れ替わりで運ばれたのはデザートだった。
ワイングラスに白っぽいムースが入っており、そこに刺すようにしてギャタピーの頭と尻尾を模したクッキーが刺さっている。
「これは……一体……」
ヨドが困惑するなか、ジュドーがクッキーをつまんでバリバリ食べ始めた。
「ヒレが入ってるな、このクッキー」
「ヒレが……」
ヨドがまごまごしている間にも、ルクソニアやリーゼンヘルクがクッキーに手を伸ばし、口にいれている。
「このクッキー、パリパリして美味しいのよ?」
ヨドは恐る恐るクッキーに手を伸ばし、ムースをクッキーですくって口にいれた。
「なるほど……。
ギャタピーの味がする……!」
真面目な顔でそう言うヨドに、エドガーは吹いた。
「そりゃそうっすよ、ギャタピーの身をムース状にしたデザートなんっすから。
他になんかこう、感想はないんすか?」
ヨドは目を見開いていった。
「ギャタピー感がすごい……!」
「ヨドさんの語彙力が消えた……!」
ケラケラ笑いながら突っ込むエドガーに、ルクソニアは頭に?マークを浮かべてヨドに聞いた。
「ヨド、ギャタピーのムース、嫌いなの?」
「嫌いではない」
ヨドは強がった。
「デザートと言うより、おかず感がすごいな」
クッキーを頬張りつつ、ジュドーが言った。
ジュドーはムースを一気に流し込むと、ごくりと勢いよく飲み込む。
「デザートと思わなければ、美味しいっちゃあ美味しいぞ」
と笑顔で言うジュドーに、ヨドも同意した。
「そう、デザートと思うからダメなんだろう。デザートだと思わず、ギャタピー料理だと思えば美味しいと言えなくはない」
言いながら青い顔をしつつ、クッキーを頬張るヨド。
「無理はしなくて良いっすよ、ヨドさん」
ちょっと気の毒に思ったのか、エドガーが気を遣って言った。
「気遣いは結構。これしきのこと、何ら問題はない」
言ってヨドは、スプーンでグラスの中身を混ぜたあと、グラスをぐびびとあおり、ムースを一気に口の中へと流し込むのだった。
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