エピソード2-5 リーゼンベルクのスタンス

「ところでルクソニア。俺の聞き間違いじゃなけりゃあ、お前さん、勝手に・・・森へ行ったのかい?


 危険だから森へ近づいちゃいけねぇって、いつも口酸っぱく言い聞かせてたよなァ?」


 それを聞いたルクソニアの顔から、ぶわっと汗が吹き出る。


「エドガーにアン、その他もろもろ、俺ァ報告受けてねぇが、どういうこった。

 まさかとは思うが、隠し通す気だったんじゃあないよなァ?


 俺が風の精霊から何も聞いてないとは、まさか思ってもないだろうしなァ」


 泣きぼくろが印象的なメイド・アンとエドガーを交互に見る、リーゼンベルク。


 ふたりはそれを聞き、顔色を悪くさせながら動きがぎこちなくなった。


「なんとか言えよ、お前らァ。

 言い訳ぐらい聞いてやんよォ」


 目を細め、スープに入ってたギャタピーのヒレをバリボリ音をたてて食べる、リーゼンベルク。


 そんななか、赤の王子の右腕・ジュドーが同じくギャタピーのヒレをボリボリ頬張りつつ、のんきに言った。


「これ本当に魔獣だって考えなけりゃ、ふつーにうまいな。そう思わないか、ヨド殿」


 無邪気にバリボリボリ食べているジュドーの姿を見て、ヨドは毒気を抜かれて微笑んだ。


「たしかに、今まで食べたことのない味だが、美味だ」


「だよなあ、うまい」


 スープにがっつくジュドーとは正反対に、ヨドは優雅なしぐさでスープを飲む。


 最初に口を開いたのはエドガーだった。


「俺が魔獣の餌を作ってる最中に、アンさんらが見落として、お嬢様を一人で森へ行かせてしまいました……。報告が遅くなったのは謝ります。しかし、一刻を争う事態だったため、まずはお嬢様を見つけることを最優先に動いていたんで、あとからのご報告になり、申し訳ありませんでした。悪いのは全部、見落としたアンさんらにあります!


 俺、頑張ったんすよ!

 なので、減給はなしでお願いしたいっす!」


 眼鏡を光らせて訴えるエドガーに、お団子頭のメイド・メアリが声をあげた。


「あ、ずるいですよ、エドガー先生!

 それじゃあ受け持ちで見落とした私が悪いみたいな流れになるじゃないですかあ!


 連帯責任ですよ、連帯責任!


 エドガー先生もそう言ってたじゃないですかー、探すときー!」


 それに続いてアンも、瞳を潤ませてリーゼンベルクに訴える。


「確かに見落としてしまったのはメアリの落ち度です!

 でもわたしたちはその後、必死でお嬢様を探しだしました。報告はこのあと、お嬢様の聞き取りを終えてから、エドガー先生の方から・・・・・・・・・・する予定でした」


「あ、何勝手に俺へと責任転嫁してるんすか!

 報告義務はアンさんにもあったはずっすよ」


「私はほら、おもてなしの準備があったので……時間があったエドガー先生がまずご報告するべきだと思いませんか?」


 潤んだ瞳で胸に手を当てて言うアン。


 エドガーは死んだ魚のような目をして、リーゼンベルクを見ると言った。


「旦那様、俺は減給されてもいいんで、アンさんらもろとも減給してくださいっす」


 リーゼンベルクはそれを見て、くっくと笑った。


「まあ五体満足に帰ってこれたから、エドガーは減給はなしにしてやんよォ」


 それを聞いたメアリが、情けない声をあげた。


「それって私たちは減給ってことですかぁ?」


「あたりめーだ。今回はたまたま運よく助かったものの、何かあってからじゃあ遅いんだよォ。テメーの持ち場くらい、テメーで管理しやがれってんだァ。アンも連帯責任で減給だ」


 アンは、肩を落としながらしおらしく言った。


「わかりました。旦那様、以後このようなことのないよう、しっかり目を光らせておきますわ」


「頼んだぞ、アン」


 リーゼンベルクはアンに釘を指すように言い、アンと視線を交わす。


「アンたちをあまり怒らないで、パパ。

 わたしが一人で森に言ったのが悪かったのよ」


 リーゼンベルクをまっすぐに見て言うルクソニアに、リーゼンベルクが返した。


「そうだなァ。どうして約束を破ったのか、今ここで聞こうかァ、ルクソニア」


 リーゼンベルクが目を細めて、値踏みするようにルクソニアを見る。


 ルクソニアは下を向き、肩を落とした。


「森の先を見に行きたかったのよ。

 魔力量が低いと、奴隷になるって本で読んだから、確認しにいきたかったの。

 それが本当なら、わたし、奴隷になってたかもしれないでしょう?」


 リーゼンベルクはため息をひとつつくと、言った。


「俺の娘は、あとにも先にもお前だけだ。

 奴隷なんかにゃ、させねぇよォ」


 ルクソニアはバッと顔を上げ、リーゼンベルクを涙目で見た。


「そうやってわたしを庇ってきたんじゃないの?

 本当はダメなことをしてたんじゃないの?」


 ポロポロと涙を流すルクソニア。


「奴隷に落とすかどうかは家が決める。

 貴族で魔力量が微々たるやつも少しばかりだがいるさぁな。


 ようは人目を気にして外に出すか、逆に大切に思って内に囲うかの差だァ。


 うちは後者を取ったまでの事よ」


 ニヤリと笑うリーゼンベルク。


「……パパが人と会いたがらないのは、わたしのせいなんじゃないの?」


 ルクソニアはナプキンでこぼれる涙を拭き取った。


「ふっ。そりゃあ貴族社会がかたっくるしいから、俺が面倒で逃げ回ってるだけさね」


「わたしのせいじゃ……ないの?」


「面倒癖ェ事が嫌なだけさねェ。

 お前も、としを取ってきたらわかるさァ」


「もう、パパ。

 そんなことをいってると、またママに叱られるわよ?」


 ルクソニアが泣き笑いした。


「そういえば奥方がいませんが、今どこに……?」


 ジュドーが聞くと、リーゼンベルクがクックッと笑いながら答えた。


「今アイツァ、この国の貴族らに会いに、家を出て各地を飛び回ってるんだよ。人好きでなァ。各貴族の窓口をアイツがやってるんだ」


「社交的な奥方なんですね」

 ジュドーが愛想笑いを返す。


「元々貴族の出だからなァ。

 腹の読みあいが得意なんだよ、アイツァ」


 手元にある水をあおるリーゼンベルク。


「俺は元々庶民の出で、戦の腕を買われて貴族階級に成り上がったもんで、そういうのはてんでダメですね。

 うちの大将には早く慣れろと言われますが」


「お前も逃げ回ってる口かい」


「ええ、まあ。」


「互いに苦労するなァ」


 リーゼンベルクがニヤリと笑い、スープを飲んだ。

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