エピソード2-3 赤の陣営のスタンス
「どうせならそこから、百パーセントにしたいと思って」
もじもじしながら言うルクソニアに、ジュドーが大人げなく返す。
「まあどうせ、俺が勝ちますけどね……!
握りこぶしを片手に熱く語る、ジュドー。
それを見てルクソニアは顔を真っ青にして、リーゼンベルクの方に視線を移し、聞いた。
「勝ったら赤の陣営の人になっちゃうの!? パパ……!」
リーゼンベルクは、悠々とワインを飲んでいる。
「そういう約束で、明日の勝負は決まったからなァ」
ルクソニアは叫んだ。
「そんなのダメよ、戦争に行かないといけなくなっちゃうじゃない!
赤の王子は戦争推進派なんでしょう!?」
リーゼンベルクはちらりとルクソニアを見た。
「誰からその話を聞いたァ」
ルクソニアは目をそらさずに、まっすぐリーゼンベルクを見据えた。
「ヨドから聞いたわ!
王立選があることも、各陣営がどんな思想で動いているのかも、全部よ!
わたし、ぜーんぶ知ってるんだから!
知った上で反対してるのよ!」
リーゼンベルクはため息をついた。
「誰につくのか決めるのは、俺とエドガーの二人だ。お前さんじゃねえ」
「でも、戦争が……」
ルクソニアは席から立ち上がって抗議した。目にたくさんの涙を抱えて。
それに対し、ジュドーが声をあげる。
「ちょっとその件について、俺からも少し良いでしょうか、リーゼンベルク殿」
「何でい?」
「どうやらご令嬢は、ヨド殿から、色々とありもしないことまで吹き込まれているご様子。
「それってどういうこと?」
ルクソニアが目をぱちぱちさせながら、ジュドーに聞く。
「うちの大将は、戦争終結派だ」
「戦争終結派ってどういうこと?」
こてんと首をかしげて聞くルクソニアに、ジュドーが説明し始めた。
「隣国との戦争を早く終わらせるために尽力しているってことさ。戦争が長引くと消耗戦になる。それを避けるべく今、一気に畳み掛けて形勢を逆転し、戦争を終わらせようとしているのがうちの大将のやり方だ」
ルクソニアはジュドーに向き合い、まっすぐに見据えた。
「それは戦争を推進していることとは、どう違うの?」
「全然違うさ。うちの大将は戦争を激化させたいんじゃない。この国をもとある姿に戻そうとしているんだ」
ルクソニアはこてんと首を傾けて聞いた。
「この国を、もとある姿に戻す……?」
「そう、この国と今戦争をしている隣国エリーゼとは魔法のあり方ーーいわゆる異世界転生者のあり方をめぐって仲違いし、国を分ける争いにまで発展したが、元々はひとつの国だった。
うちの大将は戦争を早期に終結させる為に隣国を侵略し、国をひとつにすることを目標に今動いている。それが異世界転生者ーーしいてはリーゼンベルク殿にとっても、一番良い解決方法だからだ。国がひとつになれば、元の世界に戻る足掛かりとなる研究も進められるだろうからな」
「それってどういうこと?」
ルクソニアがこてんと首を傾けた。
「隣国との戦争は魔法を使って行われている。つまり、今、強力な魔法を使える異世界転生者を元の国へ帰してしまうと、うちの国が負けてしまうんだ。
それを防ぐために、今現在、異世界転生者を帰す研究はタブー視されている。
要は戦争が終わるまでは異世界転生者は帰る足掛かりさえ掴めない、生殺しの状態が続くってことだ。
それはとても可哀想なことだと思わないか、ご令嬢」
「それは……そう思うわ。
だけど、だからといって戦争して侵略してひとつにするのは違うと思うの。
青の王子みたいに、話し合いで解決する道を見つけられないかしら」
エドガーが意外そうに言った。
「お嬢様、アースガルドの決戦を知ってるんすか?」
「アースガルドの決戦って何?」
後ろに控えていたエドガーを上目使いで見上げるルクソニアに、エドガーは椅子を引いて座るように促した。
「青の王子が成した偉業のことっすよ、無血で獣人の国との戦争を停戦させた。
停戦を決めた場所が獣人の国との国境であるアースガルドっていう街だったんで、そのまんまアースガルドの決戦って言われるようになったんすよ」
エドガーはルクソニアが椅子に座ったのを確認すると、椅子の背を持ち、椅子を押して元の位置に戻した。
「そうそれ、知っているわ!
ヨドに教えてもらったのよ。
それが今戦争している国とも出来ないかと思って……」
ジュドーが鼻で笑って言った。
「お言葉ですが、ご令嬢。
何十年と続いたこの戦争に、そう簡単に終止符を打つことは難しいでしょう。
たくさんの血が流れ、たくさんの恨み辛みがたまってるんです。
元々友好的だった獣人の国と一緒にしないでほしい。
誰かが必要悪になって国をまとめないと、延々と戦争が続いてしまうことになる。
だからこその侵略、だからこその力でのねじ伏せなんです。
うちの大将は矢面に立ってでも戦争を終結させたいと願っている、その覚悟をご理解いただきたい」
ルクソニアをまっすぐ見つめるジュドー。
ルクソニアはシュンとうつむいた。
「それって、赤の王子さまがすべての恨み辛みを引き受けるってことでしょう?
そんなやり方、悲しいわ。
いつ殺されてもおかしくない状況になるじゃない。
誰かが不幸になって叶えられる平和が正しいとは、わたし思えないのよ」
ルクソニアはポロポロと流れる涙をナプキンでぬぐう。
「それでも、誰かがその負債を背負わなければ戦争は止められない。
ご令嬢、綺麗事では戦争を終えることなど出来はしないんです。
そのためにも、リーゼンベルク殿。
あなたの力添えがほしい。
無敗のリーゼンベルクが味方になってくれば、早期に戦争を終結させることも可能でしょう」
ジュドーはリーゼンベルクをまっすぐに見ている。
リーゼンベルクはワイングラスを揺らしながら言った。
「そんな肩の凝る役目、俺ァ御免だなァ」
飄々と言うリーゼンベルク。
「そこをなんとか……!」
身を乗り出して言うジュドーに、リーゼンベルクは言い聞かせるように言った。
「俺ァ戦場で片足ぶっ飛んで義足になってからァ、そういう血なまぐせぇことに関わるのをやめたんだよ」
「なにも前線に出ろとは言いません。
知恵と魔獣と土地をお貸しいただければ!」
前のめりになって訴えかけるジュドーに、エドガーが疑問を投げ掛けた。
「知恵や土地はわかるんですけど、魔獣も、っすか……?」
リーゼンベルクがつまらなさそうに言った。
「魔獣を飼い慣らして、軍隊にしようって腹積もりらしいぜェ。無理だって言ってるんだけど、聞きゃあしねぇ」
「リーゼンベルク殿のお知恵があれば、それも可能かと……!」
「無理なもんは無理だ!
なァ、エドガー」
値踏みするようにエドガーを見て言うリーゼンベルク。
エドガーは真意を察して、明るくこう返した。
「確かに、うちの魔獣を使って軍隊は難しいっすね!
うちで飼ってる魔獣は攻撃力の低い中型の低級魔獣が主っすから!
着眼点は面白いっすけど、現実的ではないっす」
「エドガー殿。やる前から諦めるのが正しいとは、俺は思えない。この森も始め、魔獣を使った鍛練場なんて実現不可能だと言われたが、実現しているだろう。
諦めなければ魔獣軍だって実現可能なんじゃあないか?
そうでなくとも、今は魔獣の手を借りたいぐらいに人手不足だ。今のままだと、いずれ破綻が来るのは目に見えている。
今、動かないとこの国が逆に侵略されてしまうことになるぞ。
そのとき、貴殿はどう対処するつもりか聞かせてもらおうか、血濡れのエドガー」
「またそこひっぱるー。
旦那様、想像以上に頑固っすよ、この人。
どうするっすか?」
茶化して言うエドガーに、ジュドーは顔をしかめた。
「俺はあんたにどうするか聞いてるんだ、エドガー殿。
これは近い将来、浮上してくる話だ。
年々生まれてくる子供の魔力も低くなってきているし、このままじゃあ、じり貧だ。
戦争はしたくない、しかし平和は維持したいは通用しねぇ。誰かが日々闘って守っているから、今、平和でいられる。
それが崩れたとき、あんたはどうするつもりだ、エドガー殿」
ぎろりとエドガーを睨むジュドー。
ジュドーの気迫に圧され、エドガーは言葉をつまらせた。
そこに助け船を出したのはリーゼンベルクだった。
「それは戦況次第だよなァ、エドガー。
相手が話し合いに応じる連中なら白旗をあげて交渉するし、そうでなければギリギリまで応戦するまでよ」
ワインをあおるリーゼンベルクに、ジュドーはなおも食い下がった。
「同じ戦うという選択をとるなら、今、戦うか、後で戦うかの差だけです。
それなら戦況がマシな今、戦う方が良いんじゃあないかって俺は思うんですが、どうです?」
まっすぐにリーゼンベルクを見て訴えるジュドー。
「モノは言いようだなァ。
そう思わねぇか、エドガー」
リーゼンベルクがちらりとエドガーを見て言った。
「ーーそうっすね。うちにはたくさんの中型魔獣と、手のかかるお嬢様がいるんで、血生臭いあれこれは極力避けたいってのが人情っすね。どういった条件を提示されたのかは知らないっすけど、そこは曲げたくないのが本音っす。それでもいいなら、交渉の余地はあると思うっすよ」
「だったら今すぐ話をしましょう!」
前のめりで言うジュドーに、エドガーが待ったをかけた。
「今日はもう遅いっすから、その話は明日でいいでしょー。それに青の陣営の使者・ヨドさんもいますし、両方の条件を天秤にかけて、どちらがいいか決めたいと思うんで、即決はしないっすよ。ーーそれでいいっすよね、旦那様」
「ああ、もとからそのつもりよ」
リーゼンベルクはワインを飲み干した。
ヨドが口を開いた。
「アポなしで突然現れた私にも、慈悲を与えてくれるとはありがたい」
「
お嬢様が世話になったみたいっすし、聞くだけ聞こうって流れなだけっすからね、ヨドさん。くそみたいな条件出してきたらソッコー切るんで、そこんとこよ・ろ・し・く!」
ルクソニアがキョトンとした顔でエドガーに聞いた。
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