エピソード2-2 血濡れのエドガー

「ねえ、パパ。

 エドガーはあんなに警戒されるような、危険な人なの?」


 首をこてんと傾けて、ルクソニアがリーゼンベルクに聞く。


「うちの娘は、どうしても血濡れのエドガーの話が聞きたい見てェだなァ。どうするよ、エドガー」


「そこ、俺にふらないでほしいっす」


「だよなあ」


 くっくと笑うリーゼンベルク。


「だがこーなった以上、うちの娘は意地でも聞き出そうとしてくるぜェ、エドガーよ。

 どうせ話すなら自身の口で真実を言いなァ」


 エドガーは苦虫を潰したような顔で、リーゼンベルクを見た。


 リーゼンベルクは涼しい顔で、ギャタピーのヒレスープを飲んでいる。


「聞いても面白くない話っすよ? お嬢様」


 眉毛をハの字にして言うエドガーに、ルクソニアはキラキラした眼差しを向けた。


「それでもちゃんと聞きたいわ!

 だって家族のことだもの。

 ちゃんとエドガーのことも知っておきたいのよ」


 エドガーは深いため息をつくと、説明を始めた。


「なんてことはない話っすよ。

 俺が黄の陣営の軍師だった頃、初仕事として国境付近の激戦区に補給物資を届ける、小規模な軍を率いる役目を任されたっす」


 ルクソニアは目をぱちぱちしながら、エドガーを見た。


「ねえエドガー、補給物資って何?」


「平たく言うと、戦場で戦ってる魔法騎士が使う武器やご飯っすね。消耗品なんで、それを運ぶために定期的に補給物資を届ける小規模な軍を、戦場に派遣するんすよ。


 敵に見つかって横取りされないように気を付けながら素早く物資を補給し、ついでに怪我をした魔法騎士を回復魔法で治療するのも仕事だったっす。


 だけど、実際に国境付近に着いたらーー」


 エドガーは少し沈黙した後、口を開いた。


「生き残っている魔法騎士の方が少ない、最悪の状態になってたっす。


 急いで人員の補給を上層部へ頼み、その間を持たせるために、俺ら補給軍は戦場に残り、敵を食い止める役割をしたっす。


 その時にとった作戦のせいで、不本意ながらついたあだ名が血濡れのエドガーって言うだけの話っすよ」


「怪我人を助けながら戦場で頑張ってたから、血に濡れてそんなこわいあだ名がついたの……?」


 エドガーを見る、ルクソニアの瞳が揺れる。


 そんなルクソニアに、赤の王子の右腕・ジュドーが渋い顔をして否定した。


「そんな生易しい話じゃねぇよ、ご令嬢。

 こいつは戦場で生き残るために死体を使って策略を巡らせた、悪魔なんだよ。普通の神経ではまず考え付かねぇような外道な作戦をたてやがったやつなんだ。気を許すもんじゃねぇ」


「どういうこと?」


 ルクソニアはジュドーをまっすぐ見て聞いた。


 ジュドーは軽くため息をつく。


「死体に回復魔法を使って傷を治し、転移魔法を使って生きてるように見せかけたんだよ。しかもその死体人形に生きている魔法騎士を紛れさせて敵の隙をついて倒す作戦をたてた。


 さらに倒した敵の甲冑と自陣の軍の甲冑をすり替えて、自陣の魔法騎士がたくさん援護しに来たように敵に錯覚させて、応援が来るまでの間、冷戦に持ち込んだんだ。


 その時のエドガー殿の血に濡れた姿をさして、血濡れのエドガーって呼ばれるようになったんだよ。


 いくら死体を回復魔法で直したとしても元は死体。腐った臭いが漂う中、少数の魔法騎士を使って援軍を待つ間指揮するなんて芸当、まっとうな神経じゃできやしない。


 実際エドガー殿の指揮下に入ってた魔法騎士の大半は、その後みな心を病んで戦線を離脱していったと聞く。その責任をとって、血濡れのエドガーは解雇されたのさ」


 ルクソニアの目からポロポロと涙がこぼれた。それを見たエドガーは、一瞬、ジュドーのことをとてもこわい顔つきで睨んだ。しかしそれも一瞬のことで、何事もなかったかのように笑顔を顔に浮かべる。


「ジュドー様、そんなに詳しくお嬢様に話さなくてもいいんじゃないでしょうか。お嬢様はまだ5歳、子供なんですよ? しかも今は食事中です。血生臭い話はもうお仕舞いにしましょうか」


 エドガーは優しくルクソニアの肩をなでながら、表面上穏やかに話した。


 ルクソニアはナプキンで涙をぬぐいながら、二人の話に耳を傾けていた。


 そんなルクソニアの様子を見て、養父であるリーゼンベルクがため息をつく。


「やっぱりまだこの話をするのは早かったかもしれねぇなァ」


 ぐいっとワインを飲み干すリーゼンベルク。


「大丈夫っすか? お嬢様……」


 眉毛をハの字にして聞くエドガーに、ルクソニアは涙声で答えた。


「大丈夫よ、大丈夫なのよエドガー。私もう5歳だもの。お姉さんなのよ?

 だから大丈夫なの。」


「今日はもうこのまま、お部屋に戻った方がいいんじゃないっすか、お嬢様。

 あとでサンドイッチを持っていくようにアンさんに伝えとくっすからーー」


「平気だって言ってるでしょう!?」


 ルクソニアはキッとエドガーを睨んだ。


「エドガーの方が、たくさんたくさん傷ついたんでしょう?

 どうして私の心配をするの?

 それはわたしが子供だから?

 だからいつも肝心なことは言ってくれないの?」


 ポロポロと涙をこぼしながら言うルクソニアに、エドガーは少し驚いた顔をした。


「お嬢様……。

 そんなこと考えてたんすか……。

 俺はてっきり怖い思いをさせて泣かせてしまったとばかりーー」


「わたし、エドガーが思ってるほど単純じゃないのよ?

 もっとちゃんと全部、わかってるんだから!」


「……そうっすか……」


 エドガーは優しく、ルクソニアの背を撫でた。ポロポロと涙をこぼしながら、ルクソニアはジュドーに言った。


「わたし、あなたが嫌いよ!

 だってエドガーを傷つけたんだもの。

 あなたと一緒になって、エドガーを傷つけた自分も大嫌いだわ」


 ジュドーはため息をついた。


 それを見たヨドが口を開く。


「ルクソニア嬢。そう自分を責めるものではない。


 エドガー殿も過去を乗り越えて今、ここにいる。当時のことを話せるまでに回復したから、今、ここで話したのではないだろうか。

大切なのはその後の行動だ。

 あなたは、どうしたい?」


 ルクソニアはナプキンで涙を拭うと、まっすぐにヨドを見た。


「エドガーを守れるくらい、もっと強くなりたいわ。


 もうエドガーが傷つかなくてすむように、賢くて強い人間になりたいの。


 どうしたらなれるの?」


 決意をもって、ヨドを見るルクソニア。


 ヨドは優しく微笑んだ。


 そんなルクソニアの気持ちを知ってか知らずか、エドガーが彼女の頭をなで回しながら言った。


「お嬢様はそのまんまでいいですよ。

 俺には十分っす」


 ルクソニアは不満そうにエドガーを見上げた。


「それじゃダメなの、わたし、もっと強くならなきゃいけないのよ。

 守られてばかりは嫌なの」


 そう言って頬を膨らませるルクソニアの姿を見て、エドガーは少し寂しそうな笑顔を向ける。


「もう十分、俺はお嬢様に守られてるっすよ」


「嘘よ、わたし知ってるんだから!

 エドガーもパパもわたしのこと大好きすぎて甘やかしてるでしょう?」


 プイッとそっぽを向くルクソニアに、エドガーは苦笑いを返した。


 甘やかしている自覚があるエドガーとは対照的に、リーゼンベルクは開き直っている。


「自分の娘を可愛がって何が悪い。」


「筋金入りっすねぇ?」


 エドガーが茶化すと、リーゼンベルクもニヤリと笑って返す。


「お前もだろうが」


 くっくと笑うリーゼンベルクにつられて、エドガーもニヤリと笑った。


 そんな二人のやり取りを見て、ジュドーが口を挟んだ。


「リーゼンベルク殿。

 本当にその男を、大切なご令嬢の側に置いておくつもりですか?」


「ああ。面白いだろう?」


 ニヤリと笑うリーゼンベルク。


「ご令嬢の将来を考えれば、それが最適解だと言えないのではないかと思いますが……」


 少し困った顔をして、ジュドーは言った。


 本当に心配しているのだろうことが、まっすぐに向けられた瞳の奥から伝わってくる。


「そんなに心配しなくても、エドガーの知恵は、いずれルクソニアの力になる。

 そのために俺がナンパしたんだァ、部外者が文句言うんじゃねぇよ」


 ワインを片手に言うリーゼンベルクに、ジュドーは身を乗り出して反論した。


「しかし……!」


「こまけぇこたァ、明日の勝負の結果で決めようじゃあねェか」


 リーゼンベルクは、手にしたワインを一気に飲み干すと、ニヤリと笑ってこう言った。


「エドガーもそれで良いな?」


 空になったワイングラスに、泣きぼくろが印象的なメイドがワインを注ぐ。


 エドガーはルクソニアの頭をなで回しながらも、ため息をついた。


「嫌だって言っても、させるつもりでしょ?

 そーいうとこ、強引なんっすから。

 勝っても負けても、文句言わないでくださいねー?」


 ルクソニアはエドガーの手を頭から払うと、好奇心に満ち溢れた目でリーゼンベルクに聞いた。


「パパ、明日の勝負って何なの?

 エドガーとパパで何かするの?」


「いや、勝負するのはそこの二人だ」


 リーゼンベルクはジュドーとエドガーを交互に指を差した。


「どうして、この二人が勝負することになったのだろうか」


 ヨドが素朴な疑問を投げると、リーゼンベルクはくっくと笑いながらそれに答えた。


「ノリだ。そこの若造が頭のかてェ事ばかり言うから、純粋に力比べすることになったんだよ。勝った方が正義だ。それでお前さんも良いよな?」


 リーゼンベルクがジュドーを見て聞いた。


「わかりました、良いでしょう。

 まあ、見たところ武道の心得があるようには見えませんし、俺が勝ちますけどね」


 リーゼンベルクはワインを一口飲むと言った。


「エドガー、負けたらお前さんはクビだ。」


 それを聞いたエドガーは情けない声を上げた。


「そりゃないっすよ、旦那様ぁ!!

 折角、色々と軌道に乗り始めたっていうのに……理不尽っす!」


 リーゼンベルクが、エドガーをまっすぐ見据えて言った。


「勝ちゃあいいんだよ、勝ちゃあ。

 お前のその自慢の頭脳を駆使して、勝ってみせりゃあいいんだよ。ハンデもあるし、簡単だろ? 返事はワンしか聞かねぇぞ」


 ニヤリと笑うリーゼンベルクに、エドガーはため息をこぼし、返す。


「……せめて人語で返事させてほしいっす」


 リーゼンベルクはくっくっくっと喉奥で笑った。


 ルクソニアは落ち着かない様子で、ヨドに尋ねた。


「ヨドは少し先の未来が見えているのよね?

 ということは、この勝負の結果が見えているの?」


「見えてはいるが、それを今ここで教えてしまったら、勝負にはならないだろう。ルクソニア嬢」


 ルクソニアはシュンとした後、リーゼンベルクに向かって聞いた。


「どうしてもエドガーをクビにするの?」


 リーゼンベルクはワインをグラスの中で揺らした。


「負けなきゃ良いだけさぁな」


 ぐいっとワインを飲み干すと、泣きぼくろが印象的なメイドにワイングラスをかたむけるリーゼンベルク。泣きぼくろが印象的なメイドがそれにならい、ワインを注ぐ。


 泣きそうな顔をしながらも、涙をグッとこらえるルクソニアに、ヨドが言った。


「まだ負けると決まったわけではないだろう、ルクソニア嬢」


「でもエドガー、いつもアンに負かされてばかりなのよ。負けている姿しか見ていないもの、勝てるイメージがわかないわ」


 言いながら、ルクソニアはポロポロと涙をこぼした。


「んんっ!」


 アンが強く咳払いをすると、色々と察したヨドが口元を押さえ、肩を震わせた。


 それを見てエドガーが口を尖らせた。


「ヨドさん、笑いたきゃ笑えば良いっすよ。

 実際アンさん能力がゴリラだし、お相手もアンさんとの方が良い手合わせができて楽しいんじゃないっすかね」


「エドガー先生。

 それ、どういう意味ですか?」


 にっこり笑顔で聞く、ゴリラな能力の持ち主・アン。


「そのまんまの意味っすよ!

 旦那様、やっぱ闘うのアンさんにしません?

 策は俺が出すんで!」


 キラリと眼鏡を光らせながら言うエドガーに、リーゼンベルクはこう返す。


「それじゃあ、そこの若いのが納得しないだろうさ。諦めて腹くくんなぁ、エドガー。

 もう策は出来てるんだろう?」


 エドガーはため息をついた。


「勝率は五分っすよ、旦那様。

 あんま期待しないでほしいっす」


「情けねぇなぁ、エドガー。

 これでも俺はお前さんをかってるんだぜ?

 主人の前で良いところ見せようとか考えねぇのか」


「生憎、そういう気骨は日々アンさんの手によって打ち砕かれているんで、持ち合わせてはないんすよねー」


 シレッと言うエドガーに、泣きぼくろが印象的なメイドが笑顔に青筋をたてた。


「エドガー先生、もうひと砕き、いっとく?」


 それを聞き、ヨドがいよいよ呼吸困難になった。


「笑って良いっすよ? ヨドさん」


 エドガーが遠い目をして言う。


「んんっ! 大丈夫だ、エドガー殿。」


 ヨドは咳払いをしてごまかした。


「ねえ、明日の勝負って何をするの?」


 ルクソニアは心配そうに、エドガーをちらりと見た。


 それに答えたのは赤の王子の右腕・ジュドーだった。


「俺は剣で、エドガー殿は剣と魔法で戦うことになっている。それ以外のルールはまだ未定だ。


 気になるなら、明日試合に立ち合いますか? ご令嬢。あなたが観戦するとあらば、そこにいるエドガー殿も、ちったあやる気を出してくれるかもしれないですし、俺としては大歓迎ですよ」


「言われてるぞ、エドガー」


 リーゼンベルクがからかうように笑いながら、エドガーに向けて言った。


 エドガーはため息混じりに返す。


「善処しますよ、とりあえずは。」


「期待して待ってんよォ」


 リーゼンベルクはくっくと笑っている。


 そこにヨドが口を挟んだ。


「私もルクソニア嬢とともに観戦していいだろうか」


「俺は別にいいぞォ、エドガーがよけりゃあみんなで観戦するか」


 リーゼンベルクが笑いながら言った。


「あーもう、好きにしてくださいっす!

 煮るなり焼くなり。

 ただし、俺のへっぴり腰を笑うのだけは禁止っすよー?」


 エドガーはやけになった。そんなエドガーに、ヨドは困ったように微笑みを返す。


 そこにルクソニアが素朴な疑問をぶつけた。


「ねえ、ヨド。ヨドは明日の勝負の結果がわかっているのに、見たいものなの?」


 エドガーもそれに乗っかって聞いた。


「そういわれれば、そうっすね。

 何でみたいんすか?

 結果がわかっているはずなのに。

 やっぱ未来が見えるなんてチート能力、嘘でしたぁってオチっすか?」


 挑発するエドガーに、ヨドは落ち着いた声色で返した。


「そう見えるだろうか」


「見えるから言ってるんすよ」


 ふたりは静かに火花を散らす。


「ねえ、ヨド。だったら最初に、どっちが勝つか予言したら良いと思うの。どうかしら?」


 ルクソニアの提案に、ヨドは優しく諭した。


「それだと運命が変わってしまう。


 事前に知り得た情報をもとに、人は行動を変えるだろうからな。


 明日の勝負は、それこそ紙一重の差で決着がつくもの。無粋な水を指すのは気が引ける」


 ルクソニアがこてんと首を傾けて聞いた。


「それって、結果は秘密ってこと?」


「その方が公平だろうと判断したが、いかがだろうか」


 ルクソニアは少し悩んだあと、両手を合わせた。


「そうだわ!

 エドガーが負けないように、ヨドからなにかアドバイスを、あとでこっそりしてくれないかしら!」


 ヨドは困ったように、ルクソニアに微笑みを返す。


「それだと公平性に欠けるだろう。

 勝負をする意味もなくなる。


 今回はあくまで、エドガー殿が自力で勝つことにこそ意味がある試合。


 私が口を出すことはない」


 ルクソニアはぷくーと頬を膨らませて不満げに返した。


「それだとエドガーが負けちゃうじゃない!」


 すかさずエドガーがつっこんだ。


「お嬢様。黙って聞いてりゃ、勝手に負けフラグ立てまくらないでほしいっす」


「だって~!

 勝てるイメージがとんとわかないのよ?」


「お嬢様、ひどい!

 勝率は五分ごぶだってヨドさんも言ってたのに!」

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