エピソード2 元姫、魔法について学ぶ。

エピソード2-1 楽しいディナーの風景

 日が落ち、辺りが暗くなった頃。


 城の中にある食堂で、城主のリーゼンベルクとその娘のルクソニア、そして王立戦に向けて水面下で契約を結びに来た2人ーー赤の王子の右腕ジュドーと、ルクソニアの命の恩人で青の王子の使者でもあるヨドがディナーを共にするため、席についていた。


 食堂の中央には縦に長いテーブルがあり、

 席次は、扉から一番離れた奥の席にリーゼンベルクが座り、彼から見て左手の席にルクソニアが座っている。その向かいの席にヨドが座り、その左隣の席でかつリーゼンベルクから一番遠い席にジュドーが座っていた。


 赤い絨毯のしかれた床、天井を明るく照らすシャンデリア、テーブルに飾られた色とりどりの花ーー豪華で華やかな雰囲気が、ふたりの来客を歓迎していることを示していたが、そのテーブルに出される料理は本来食べたら毒になる魔獣を使った料理である。なかばこれを食べるかいなかで、リーゼンベルクが敵味方を判断しようとしているのではないだろうかと、ヨドはにらんでいた。


 リーゼンベルクの右腕でもあるエドガーに警戒されていることもあり、覚悟を決めて食事に挑まなければならないと、ヨドは心の中で決意を固めた。


 リーゼンベルクがテーブルに置かれたベルをならすと、副メイド長のアンやお団子頭のメイドのメアリたちが颯爽と扉を開け放ち、彼らの席へと前菜を運んでいく。


 それと共にエドガーも食堂に現れ、ルクソニアの後ろに控えた。


「改めましてようこそ、我が主リーゼンベルクが納める領地へ。私の名はエドガー。この森の管理者をしております。どうぞお見知りおきを」


 丁寧に頭を下げるエドガーに、赤の王子の右腕・魔法騎士のジュドーが声をかける。


「へえ、あんたがあの・・エドガーか。噂はかねがね、俺の耳にも入っているぜ、血濡れのエドガー。思ったよりもちんまいんだな、もっと大男かと思ったんだが」


 営業スマイルを浮かべていたエドガーのこめかみがぴくくとひきつる。


「これから食事をするというときに血生臭い話はなしにしませんか、ジュドー様。お嬢様もいることですし。それに身長162㎝の成人男性なんて、この世にごまんといるでしょう。なにも珍しくないと思いますが。」


「怒ったなら悪かったよ。ただ、噂で聞いていたイメージとだいぶかけ離れた印象をもっただけだ。あと、身長162㎝は成人男性にしては小柄な部類にはいると思うぞ、エドガー殿」


 言って豪快にわははと笑うジュドー。


 そんなジュドーの言葉を、ひきつった笑顔で受け止めるエドガー。


 案の定、ルクソニア心配そうな表情で後ろに控えているエドガーを見た。


「血濡れのエドガーって何?

 エドガー、昔大ケガでもをしたの?」


「してないっすよ、お嬢様。そんな顔しないでほしいっす」


 ポンポンとルクソニアの頭に、軽く手を置くエドガー。ルクソニアと目が合い、にかっと笑う。


「それならよかったわ、心配したのよ。

 エドガーはいつもアンに殴られてばかりだから」


「んっ、んー!!」


 ヨドのそばで配膳をしていた泣きぼくろが印象的なメイド・アンが、強めに咳払いをし、ルクソニアに注意を促した。


 それを見て、エドガーとルクソニアは顔を見合わせて小さく笑う。


 そんな二人をみて、赤の王子の右腕・ジュドーが苦い顔をした。


「それにしても、ずいぶんと仲が良いんだな、ご令嬢と血濡れのエドガーは。


 事実を伏せご令嬢の側に彼を置くのは、俺は危なっかしくて見てられないですが、どういった意図で彼を側においてるんです。


 幼少期に関わる人間というのは、人格形成をする上で大きな影響を受ける。先程も進言しましたが、頭のいかれた人間と幼少期を共に過ごすと、全うな大人には育ちませんよ、リーゼンベルク殿」


 ルクソニアの養父でもあるリーゼンベルクに物言いをするジュドーに、リーゼンベルクはくっくと笑った。


「まァだそんなことにこだわってやがるのか、てめぇはよぉ。

 意外と子供好きか?」


 ジュドーは少し困ったように笑いながら、こう返した。


「ええ、まあ、子供は好きですよ、うちにも3人いますしね。


 出すぎた真似をしているのは重々承知しているのですが、うちにも似たような年頃の子供がいるので、見ていてどうも据わりが悪くて」


「人柄だねぇ。まぁ、安心しな。

 エドガーは俺が見込んだ働き蜂だ。

 害はねぇよ」


 そんな二人の会話にルクソニアが割って入った。


「ねえ、血濡れのエドガーって何なの?」


 澄んだ瞳で、まっすぐにジュドーを見るルクソニア。そんな彼女に、ジュドーは思わず言葉をつまらせた。


「私が又聞きした話でもいいなら、話してもいいが、どうだろうか。リーゼンベルク殿、エドガー殿」


 ヨドは二人を見渡した。


「今は食事中っすよ。そんなときに血生臭い、聞いても楽しくない話なんかしても、意味ないじゃないっすか」


 食いぎみに否定するエドガーに、ヨドはさらにたたみかけた。


「聞かれても困る話だろうか」


「今はまだ早い。」


 リーゼンベルクが言い切った。


 食堂に一瞬の静寂がながれる。


 先に声をあげたのはジュドーだった。


「俺は話した方がいいと思いますよ、リーゼンベルク殿。ご令嬢の今後の身の振り方のためにも、自身で側に置くものを見定められた方がいい」


「厳しい物言いだねェ」


 値踏みするようにジュドーを見る、リーゼンベルク。


「お節介だとは思いますが、俺は間違っちゃいないと思ってますよ」


 まっすぐにリーゼンベルクを見つめるジュドー。リーゼンベルクは目を細めた。


「なるほどなァ。まあ、その考え方は嫌いじゃァないぜ」


「なら、何故……!」


「人には段階ってもんがあるんだよ。じゃあそこの、ヨド……だったか。あんたはどう思うんだァ、率直な意見を言ってみろ」


 リーゼンベルクに問われ、ヨドは少し考えた後、こう返した。


「それはこの地で暮らす者たちが決めること。ルクソニア嬢にも聞く権利はあれど、禍根は残すべきではないと、私は思う」


 その返答に対し、エドガーがつっかかった。


「盛大にぶん投げたっすね。そういうところが気に食わねぇっす」


「まァそういうなよ、エドガー。俺は好きだぜェ? さりげなく自己主張を入れてくる男ってのはァ」


 くっくと笑うリーゼンベルクに、エドガーがため息をこぼした。


「旦那様、今、めちゃくちゃ楽しんでるっすよね?」


「わかるかい?」


 ニヤリと笑うリーゼンベルクに、エドガーが再びため息をついた。


「ねえ、パパもエドガーもどうしてわたしに隠し事をするの? 

 わたし、もう5歳なのよ!

 ある程度のことは自分で判断できる年頃なのよ!」


 ルクソニアはぷくーっと頬を膨らませた。


 リーゼンベルクとエドガーは視線を交わし、困ったように笑う。


 そこへジュドーが口を挟む。


「5歳はまだまだ子供だが、危険人物の情報位は提供した方がいいと俺は思う。


 ヨド殿はどうだ。

 東の部属ってのは未来が見えるんだろう?」


 ヨドは少し困ったような笑みを浮かべた。


「見えるといっても、ほんの少し先の未来が見えるだけだ」


「じゃあ今の会話の結果も見えているんだろう? 話すべきか、話さないべきか。」


 嬉々として聞くジュドーに、ヨドは少し困惑し、話をそらした。


「スープが覚めるぞ、ジュドー殿」


「おお、そうだった。珍しい色のスープだな、ヨド殿は飲まないのか?」


 ヨドは微笑んだ。


「長旅で疲れている。あまり食欲はわかないな」


「ふーん。まあ、いいか」


 ジュドーは一口、スープを口に運んだ。


「おっ、これはうまいぞ、ヨド殿!

 初めて食べる味だが、うまい!」


 ぱああと表情を明るくさせるジュドーとは対照的に、ヨドの顔色はみるみる曇る。


「ヨド、ギャタピーのヒレスープ、美味しいわよ?」


 そんなヨドを曇りなき眼差しで見つめながら、スープをすすめるルクソニア。


「そうっすよ、ヨドさん。ギャタピー、美味しいっすよ!」


 ヨドの心境を知りつつも、ニヤニヤしながらルクソニアの援護射撃をするエドガー。


 そんななか、「ギャタピーってなんだ?」と、無垢な質問をするジュドー。


 エドガーは眼鏡を逆光で光らせながらそれに答えた。


「ギャタピーとは、私と旦那様で品種改良し食べられるようにした魔獣です。ジュドー様」


 ジュドーは盛大に口からスープを吹いた。


「ブーッ!

 飲んじまった、魔獣のスープを飲んじまった!!」


「大丈夫ですよ、ジュドー様。

 先祖がえりさせているので、毒は頭以外、ありません」


 にっこり笑顔で説明するエドガーを恨めしげににらみつけ、ジュドーはコップの水を一気に飲み干した。


「ヨド殿はこの事を知ってたんだな!」


 ジュドーの剣幕に、ヨドは少し困ったような笑みを浮かべた。


「美味しかったのならいいのではないだろうか、ジュドー殿」


「良くねぇ! 魔獣のスープとか言われたら、ビックリするだろーが!


 それに、自分だけ逃げるのは卑怯だぜ、ヨド殿。

 オタクも一口くらい手をつけな!」


 ヨドは青い顔をして、スープを見つめた。


「飲まねェのか?」


 ニヤニヤしながらヨドに問う、リーゼンベルク。


 ヨドは少しため息をついた後、意を決してスープを一口、飲んだ。


「これは……!!」


 ヨドが目を見開いた。


「豊潤な香りと酸味のハーモニーが織り成す、独特の味わいが口一杯に広がって食欲をそそる逸品。ヒレもパリパリで、食感がアクセントとなり飽きもせずに食べれる。


 ふむ、ルクソニア嬢が執拗に奨める理由もわからなくはない」


 ジュドーはお団子頭のメイドに水のおかわりを頼んだ後、言った。


「よくもまあつらつらと言葉が出るよな、ヨド殿は。」


「ギャタピーのヒレスープ、ジュドー様のお口には合いませんでしたか?」


 にっこりスマイルで聞く、エドガー。


「旨かったよ!

 できれば魔獣だって知りたくはなかったけどな!」


「そうよ、ギャタピーは美味しいのよ!」


 ふんすと鼻息荒く言うルクソニアに、ジュドーは毒気を抜かれた。


「子供が平気で食ってるものを、怖じけずきながら食うのも男がすたる。


 エドガー殿、本当に害はないんだな?」


 ジュドーは探るような眼差しで、エドガーを見た。


「ええ、もちろん。」


 にっこり笑顔で答えるエドガーに、ジュドーは苦い顔をして毒づいた。


「やはり危険人物だ。

 リーゼンベルク殿。悪いことは言わない。

 今すぐエドガー殿をご令嬢から引き離すことをおすすめする……!」


「ずいぶんと気に入られたなあ、エドガーよォ」


 リーゼンベルクはニヤニヤしながら、エドガーに言う。それに対して、エドガーは舌をべっと出した。

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