エピソード1-18 赤の王子の使者
その頃、城の中にある応接間では、領主であるリーゼンベルクがキセルを片手にチェスをしていた。ソファの上に着流し姿であぐらをかき、キセルを吸って口から煙を吐き出す。チェスの相手は赤の王子の右腕と称される魔法騎士のジュドー。よく鍛えられた体が印象的な、金髪碧眼のタレ目な目をした男である。
「どうやら落ち着いたァみてぇだな」
盤上にあるポーンを動かし、チェックをかけるリーゼンベルク。
「そのようですね。風のざわめきがやんだ」
キングを守るためにナイトを動かし、取られるジュドー。
「まァたなんか、やらかしたみてぇだなァ。うちの娘は。
おしとやかに育てるよう、重々言い聞かせてるんだがなァ」
風の精霊から得た情報を知り、眉を寄せるリーゼンベルク。
ジュドーがクイーンを動かし、ポーンをとる。
「今、おいくつでしたっけ」
キングを動かすリーゼンベルク。
「今年で5才だ」
ジュドーがポーンを動かす。
「なら、今が一番手を焼く時期ですね。
口が達者になってくるし、背伸びしたい年頃だ」
リーゼンベルクはキセルをふかしながら、クイーンを動かし、チェックをかける。
「知った口だなァ。おまえさんとこも子供がいるのか」
少し悩んだあと、クイーンでクイーンを取るジュドー。
「ええ。うちは3人、全員息子です。
下から0才、3才、6才になります」
キングを動かし、クイーンを取るリーゼンベルク。
「そりゃあ賑やかなもんだな。剣の修行をつけたりすんのか」
「一応それなりに、基礎は叩き込んでますがね。まだ子供なもんで、剣の握りが甘い。」
ジュドーは盤面をみつつ、次の手を考えている。
「そりゃあそうだ。まだ手もちぃせぇもんなァ」
ジュドーは悩みつつ、キングを後退させた。
「もう詰みだ。悪あがきはよかねェな」
リーゼンベルクはキングを動かし、チェックをかけた。
「……。なかなか大胆な手を使いなさる。
さすがは無敗のリーゼンベルク。
盤上でも手厳しい。」
「昔の話をすんじゃねェよ」
キセルを吹かしながら、ジュドーに不敵な笑みを向けるリーゼンベルク。
「もう戦場へは戻られないのですか」
ジュドーはキングを後退させる。
「チェックだ。
もうそういうのは止めたんだよ。
年寄りに無茶いっちゃいけねェ」
ジュドーはキングを横に動かす。
「逃げ回ってちゃ勝てねぇよ。
これで終わりだ、観念しな」
リーゼンベルクがキングを動かし、ジュドーのキングをとった。
「潮時なのはわかってたんですがね。
ここで負けを認めると交渉自体が破談になるでしょう。
慈悲をくれるなら、今度は手合わせで願いたい。」
リーゼンベルクの目が光った。
「勝てる気なのかい?」
「そっちの方が俺らしい、と言うだけですよ。慣れているので」
「なるほどなァ。流石は赤の王子の右腕だ。脳筋で困るねぇ」
「そういう頭脳労働系は全部、
リーゼンベルクがキセルをふかす。
「
「なら王立選では、ご協力いただけると考えていいんでしょうか」
「それは条件次第だな。
煙をふぅーっと口からはく、リーゼンベルク。相手を値踏みするように見る。
対するジュドーは不敵な笑みを浮かべて言った。
「なら、うちの陣営に乗った方がいいでしょう。条件はこちらに」
ジュドーは机の上に巻物を置く。
リーゼンベルクはキセルを机に置き、巻物を手にする。蝋で止めてあった封を切り、中の文章に目を走らせるリーゼンベルク。
「ここに書かれてることが本当なら、穏やかなことじゃあねェな。魔獣を使った兵を作るなんてェのは頭のネジがぶっ飛んでる奴のやるこった」
「国境付近のいざこざが長く続けば、致し方ない選択かと。
恐らく三つの陣営の中で、一番我が陣営が条件のよい提示ができているはずです。リーゼンベルク殿、どうか判断を誤らなきよう、賢明なご判断を」
リーゼンベルクは巻物を巻くと机に置き、代わりにキセルを手にし、煙をくゆらせた。
「賢明な判断ねぇ。一番はこの戦争がなくなることだが、恐らくそう上手くは解決できゃあしない。どっちが先に消耗するかの、削り合いになってきているしなァ。
かといって、ここに書かれている内容をハイそうですか、協力いたしますってな形で認めるわけにはいかねぇなァ」
「それは、この魔獣軍が完成したら、無能力者や魔力が微量の者を戦地に向かわせることになるからですか?」
「戦地で魔獣を飼い慣らして闘うなんて芸当、魔法が使えても出来ねぇことよ。
無能力者や微量の魔力保持者が一朝一夕に出来ることじゃあねェ」
リーゼンベルクは口から吐き出した煙のいく先を見つめて言った。
「それをこれから訓練を積んでーー」
「そうやすやすとはいかんだろうよ。
それに、これ以上悪評を積んでどうする?」
試すようにジュドーを見る、リーゼンベルク。
「ーーこれは交渉決裂、ですか?
他の陣営はなんと言ってきているんです。
それよりもよい条件を出しましょう」
「黄も青もまだ何もいってきてねぇよ。
こんな辺境の地、誰も興味なんざぁ持たねぇしな。
今のところ、熱心さではおたくの勝ちだ。
ーーあァ、青はさっき来たか。風の精霊が騒いでたもんなぁ。
黄はうちのエドガーが嫌がるから門前払いするつもりでいるが、あとはまあ、交渉次第だな」
「ということは、まだ我が陣営にも希望があるとみていいのでしょうか?」
リーゼンベルクはにやっと笑った。
「好きにしなァ。逃げも隠れもしねぇよ」
「ではお言葉に甘えて。いい返事が聞けるまで帰りませんよ? 俺は」
不敵な笑みを浮かべるジュドー。
「言うねぇ。まァ、それも条件次第で追い返すけどな」
キセルを片手に、ニッと笑うリーゼンベルク。
「次は手合わせで勝負しませんか?
勝った方が相手の条件を飲むと言う制約で」
「勝てると思ってるのか、俺に。ナメられたもんだなァ」
「勝てる、までいかないまでも、拳で語り合った仲なら、お互い腹の探りあいなど不要になるでしょう。どうも俺は、コソコソしたことが苦手なようで、こっちの方がわかりあえるんじゃないかと思っただけですよ」
リーゼンベルクは眼光鋭く笑った。
「よく言うねぇ。負ける気はさらさらねぇって目をしてるぜェ?」
「やるなら手を抜かないってだけですよ」
目をそらさずに、不敵に笑う二人。
「手合わせについてはまあ、考えといてやるよ、おいおいおいなァ。
それにしても、もうこんな時間だ。
宿に戻るにしても遅くなる。部屋の用意をしてやるから、今日はもう泊まっていきなァ」
キセルをふかしながら言うリーゼンベルクに、ジュドーは意外そうな表情をして言った。
「いいんですか? まだ夕方ですよ?」
「これからまた森を抜けるとなると、夜を越えるぜェ? まあ、それでもいいなら止めねぇけどよ」
「では、お言葉に甘えて。お心遣いありがとうございます」
頭を下げるジュドーに、リーゼンベルクは笑った。
「生真面目だねぇ、お前も」
「も?」
「赤の王子も、お前さんを寄越してくる前に事前に書面でアポをとってきた。
かたっくるしい文面でな。
そういうところは、やっぱり似るもんかねぇ。共に戦ってるとよォ」
今度はジュドーが笑った。
「ははっ。うちの大将はそういうところはきっちりしたいタイプでして。
俺も昔はよくこづかれました」
「仲がいいこって。お前さんたち、付き合いは長いのかい?」
「12の頃からの付き合いなので、それなりに。嫁さん以上に一緒にいますよ」
リーゼンベルクはクックッと笑った。
「仕事の虫はどこも一緒かァ。俺もエドガーとは嫁さん以上に長くいるなァ」
「エドガー殿とは?」
「俺の秘書みてぇなもんだよ」
「長いんですか?」
「田舎で腐ってたとこをナンパしてから、もう3年ぐらいになるか」
「3年……ですか」
ジュドーが歯切れの悪い言い方をした。
「なにか引っ掛かるか?」
ジュドーの瞳を覗きこむ、リーゼンベルク。
「ちょうど3年前くらいにエドガーといえば、俺らの間じゃ『血濡れのエドガー』が有名でしてね。黄の陣営の軍師だった男だったんですが、補給部隊を率いてえげつない作戦を実行して生き延びたとかなんとか。
だからつい、エドガーという名を聞くと過剰反応してしまうんですよ」
ははっと笑うジュドーに、リーゼンベルクはさらりと言った。
「俺の秘書が、そのエドガーだって言ったら、どうする?」
身をのりだし、値踏みするようにジュドーの瞳の奥を覗くリーゼンベルク。
「またまた、ご冗談を」
笑うジュドーに、リーゼンベルクは冷静に言った。
「本人だよ。悪いか?」
一瞬、ジュドーの顔がこわばったあと、真剣な声音でこう返した。
「それが本当なら、ずいぶんな博打をしてますね、リーゼンベルク殿。
悪いことは言わない、倫理観のない輩をそばにおくのはあなたのマイナスにしかならないでしょう。やめた方がいい」
リーゼンベルクは目を細め、キセルを吸った。ジュドーの顔に向けて、ぼわぁと煙をはく。
「それを決めるのはお前さんじゃない、俺だ。噂の表面だけさらって、本質を見誤るんじゃねぇよ。赤の騎士殿」
けほけほ煙にむせるジュドー。
「出すぎた真似をしたなら、申し訳ない。ただ、彼が上げた功績や汚名を、全くのでたらめだとも言えないのが本当のところで。それが理由で彼は黄の宮殿を去ることとなった。
事実であるからこそのクビでしょうから、警戒するに越したことはない。
5歳になるお子さんがいるならなおさらだ」
リーゼンベルクはキセルをふかしながら、天井を見た。ゆらゆら揺れる煙を見つめながら言う。
「お前さん、拳と拳でぶつかり合えばわかりあえるとか言ってたよなァ、確か。
じゃあこうしねぇか、明日、エドガーと手合わせしてエドガーが負ければ条件をすべてのむ。逆にエドガーが勝てば、さっきの発言を撤回して謝罪する、ってのは」
「いいんですか? そんな条件で。
勝ちますよ、俺は。容赦しませんから」
クックッと笑うリーゼンベルク。
「いいねぇ、ヤル気満々じゃねぇか。
とはいえ現役の魔法騎士と元軍師をそのまま戦わせるのはぶがわるい。
お前さんは魔法なしってのはどうだい?」
「こちらはそれでも構いませんよ。剣の腕にも自信があるので」
「じゃあそれで決まりだなァ。エドガーにはこっちから言っておくから、コンディション整えとけよォ」
クックッと笑うリーゼンベルクにジュドーは言った。
「本当にあなたはつかめない人だ。だからこそ不敗神話を立てられたのかもしれないですが……あまり俺を甘く見ない方がいいですよ」
「そっくりそのまま、お前さんに返すよ」
リーゼンベルクはテーブルの上に置いてあったベルをならし、メイドを呼んだ。そしてあれこれを指示したあと、立ち上がった。
「部屋を用意するから、しばらくここで待っててくんな。じゃあまたディナーでな」
「はい、また。お心遣い感謝します」
頭を下げるジュドーを尻目に、リーゼンベルクはメイドを引き連れ、部屋を出ていった。
「へくちっ!」
その頃エドガーは。
ルクソニアをお姫様だっこしながら、廊下を歩き、風呂場へと向かっていた。
急にくしゃみをしたエドガーに、ルクソニアは驚いている。
「ビックリしたわ、エドガー。
風邪ひいちゃったの?」
「いや……ただのくしゃみっす。
誰か俺の噂でもしてるんすかねぇ、
『(裏声で)きゃー! エドガー先生、素敵ー!』って」
ルクソニアは澄んだ瞳で、エドガーの目をまっすぐに見つめた。
「それはないと思うわ。アン達からそんな話聞いたことないもの」
エドガーは苦笑いした。
「お嬢様、相変わらず容赦ないっすねぇ」
「わたし、嘘は言わない主義なの!」
ニコッと笑うルクソニアに毒気を抜かれるエドガー。
「でもまあ、なーんか悪い予感がするんすよねぇ、さっきから。
こういうときの勘は当たるから、嫌なんすけど。お嬢様、何か他に悪さしてないっすかー?」
エドガーに言われて、ルクソニアはむくれた。
「してないわ、エドガー、私を子供扱いしないで!」
「はいはい。」
「もう、本当にわかってるの、エドガー!
私もう5歳なのよ!」
「はいはい。知ってるっすよ」
「もーう、全然わかってないー!」
エドガーは、じたばた足を動かすルクソニアをなんとか落とさないように抱え、廊下を進んでいった。束の間の平穏である。
その1時間後、彼は件の賭けの話をリーゼンベルクから聞くこととなり、その悪い予感が的中するのだった。
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