エピソード1-17 人間洗濯機

 そんなカオスな空間のなか、エドガーに駆け寄る足音がふたつ。


 筋肉がムキムキの庭師・ハイドと、お団子頭のメイド・メアリの二人だ。ハイドの腕には、塩の瓶と、エドガーの着替えがあった。


「エドガー先生! 言われた通り塩と着替え持ってきたぜ!」


 ハイドがとてもよい笑顔で叫びながら、エドガーのもとへ駆け寄ってくる。


 2人はエドガーのもとへ来ると立ち止まり、肩で息をして呼吸を整えた。


「2人とも遅かったっすね」


 エドガーの嫌みに、メアリがぷくーと頬を膨らませた。


「乙女は色々としたくに時間がかかるんですー!」


「はいはい。わかった、わかった。」


「わかってませんー!」


 プリプリ怒るメアリを制して、エドガーはハイドに言った。


「お団子はおいといて、ハイドさん。

 早速で悪いっすけど、塩まぶしてもらえません?」


「ああ、まんべんなくかけた方がいいか?」


「そうっすね。自分の時はどうしたんすか?」


「頭からざばっと、潔く塩を被った!」


「それは塩がもったいないんで、じゃあヌメヌメのところだけ塩をかけてほしいっす」


「まかせろ!」


 ハイドが、抱えている塩の瓶からひとすくい塩をすくうと、エドガーの頭に優しく塩を振りかけた。


 すると塩をかけたところから、ネバネバした粘液は水になり、ポタポタと滴になって地面へと落ちていく。


「顔がずぶ濡れっすね。残りの塩も肩とかに……ってお嬢様、何キラキラした目でこっち見てるんすか?」


「私もやってみたいわ!」


「お嬢様の身長だと、かなり近づいて塩をぶっかけないといけないんで、ドレスが汚れるっすよ」


「それでもやってみたいわ!」


「……。うちの女どもはなんでこう……。はあ、もういいっすよ。どうぞ塩を思いっきりかけてください」


 そう言って両手を広げるエドガー。


 ハイドから塩をひとすくい受け取ったルクソニアは、エドガーに向かって塩を投げつけた。


 それを見たメアリが「なんか面白そうなんでわたしもやりたいです!」と言い出し、さらにそれに便乗してアンも名乗りをあげ、最終的には流れでヨドもエドガーに塩をぶつけることとなった。


「なんか皆さん、俺に塩かけるの楽しんでません?」


 ふて腐れるエドガーの目に映ったのは、瓶ごとエドガーに投げつけようとするルクソニアの姿だった。


「待って、待って! もう塩はいいっすよ!」


 慌てて止めるエドガーの阻止により、ルクソニアは渋々、塩の瓶を庭師のハイドに渡すのだった。


「ふう、思い止まってくれてよかったっす」


 安堵するエドガーに、ルクソニアが澄んだ瞳で見て言った。


「わたしはまだやり足りないわよ」


 キラキラした目でエドガーを見つめるルクソニアと、顔がひきつるエドガー。


 シトリンの粘液が溶け、半身ずぶ濡れ、半身土まみれになったエドガーは、渋い顔をした。


「諦めてください、お嬢様。もう塩はいらないんで。やんちゃが過ぎると俺も怒るっすよ」


「やんちゃじゃないわ、ネバネバを溶かすのよ!」


「ネバネバはもうないっす」


「あるかもしれないじゃない!」


「全部水に戻ったんでないっすよ。

 ーーそれにしても服が濡れてて動きにくいっすね」


 エドガーは服の裾を絞り、水をきっていく。


「ーーそれならいい考えがありますよ?」


 満面の笑顔で言うアンに、嫌な予感を感じたエドガーは頬をひきつらせた。


「なんか嫌な予感しかしないんで遠慮しまーー」


 アンは、ガシッとエドガーの手を掴んだ。


「まあまあ、遠慮なさらずに。

 そのままだと、肌が痒くなっちゃいますわ」


 にっこりと笑顔を顔に張り付けたまま、アンは言った。


 嫌な予感に冷や汗を流すエドガーを無視して、魔法を使った。エドガーに。



 五分後。


 アンの風魔法により、左右上下に体を揺さぶられているエドガーの姿がそこにはあった。


 飛び散る水滴と塩の粒、舞い上がる土煙に、ルクソニアが目をしぱしぱさせていると、ヨドが後ろからルクソニアを引き寄せ、ローブで彼女をかばう。


「アンさんんんん、これ酔うっすううう!」


「もう少し我慢してくださいね、エドガー先生」


 にこにこと笑顔を浮かべるアン。


「もう少しで完全に水や塩や土が落ちてくれるはずなので、ファイトですわ♪」


「アアアア!!

 もう落ちたっすよ、もう落ちたっすよ!」


「もう少し我慢しましょうね~。

 とはいえ、上手く搾れてないわね……。

 ーーそうだ。メアリ、あなた水魔法が使えたわよね?

 服についた水分を使って、体についている土をまとめて地面に落とすことってできるかしら」


「出来なくはないですけどぉ、私そこまで魔力コントロール上手くないですよー?」


「水を使って土をまきこみ、一緒に地面に落とすイメージでやってもらえたら大丈夫よ」


「うーん……。じゃあとりあえずやってみますね~?」


 メアリが目を閉じ、両手を組んで意識を集中させる。


 するとエドガーの周囲に飛び散っていた水の粒が浮かびあがり、くるくると彼を取り巻くように回りだした。水の粒は塩や土の粒を巻き込んで旋回し、一定の距離を保つと力なく地面に落ちる。


「ふうー、私の力ではここまでが限界ですぅ~!」


 メアリがやりきった顔をして、額の汗をぬぐう。


 それと同時に、エドガーを揺さぶっていた風魔法も解かれ、エドガーはそのまま地面へとヘナヘナと崩れ落ちた。


「エドガー先生、大丈夫か!?」


 エドガーを心配してしゃがみこみ、背中をさするハイド。


「酔ったっす……」


 口許を押さえて青い顔をしているエドガー。ふらふらと立ち上がると、いつの間にか吹き飛んで地面に転がっていた眼鏡を回収し、顔に装着する。


「お嬢様……は?」


 しわがれた声でルクソニアの姿を探すエドガーに、ヨドが静かにローブをまくり、ルクソニアの姿を彼に見せた。


「お嬢様……こちらへ」


 エドガーは青い顔でヨロヨロしながらも、ルクソニアに近づいてくる。


 しばらく悩む、ルクソニア。


「俺のこと、嫌いになっちゃったっんすか?」


 数歩手前でエドガーは立ち止まると、膝を折って腕を広げるエドガー。


「だってエドガーはわたしを甘やかして、なにも教えてくれないでしょう?


 守られてばかりは嫌なの。

 私だって、みんなを守りたいのよ。


 みんなのこと、大好きだから……!」


 ルクソニアの瞳から涙がこぼれ落ちた。


 エドガーの目が少し見開かれる。


「お嬢様……。

 そんなに早く大人にならないでほしいっすよ。寂しくなっちゃうじゃないっすか」


 困ったように笑うエドガーをみて、ルクソニアはヨドから離れ、エドガーの胸の中へ飛び込んだ。


「お帰りなさい、お嬢様」


 エドガーは噛み締めるように、ルクソニアを抱き締めた。それを見て、アンが軽く咳払いをする。


「あとでちゃんと叱ってくださいね、エドガー先生。」


「目を離したお団子と一緒に、ちゃんと叱るっすよ」


 ルクソニアは静かに身を離してこう言った。


「やっぱり怒るの?」


「怒るんじゃなくて叱るんすよ、お嬢様。

 大好きだから叱るっす」


「大好きだから?」


「そう、大好きだから。

 ヨドさんよりもずーっとずーっと、お嬢様の事が大好きだから叱るんすよ」


「それってロリコーー」


「言わせないっすよ、アンさん。違うっすから!」


 食いぎみにつっこむエドガーに、ルクソニアは無垢な瞳で彼を見た。


「ロリコってなに? エドガー」


 言葉につまるエドガーの代わりに、ヨドが代わりに答える。


「ロリコ、ではない。

 ロリコンだ、ルクソニア嬢」


「ヨドさんも余計な知識を与えないでほしいっす!」


 ルクソニアをぎゅっと抱き締めてヨドにつっかかるエドガーに、メアリが少し頬を赤くして言った。


「エドガー先生ぇ、その流れだと、同じように叱る私のことも大好きなんですかぁ?」


「お団子はただの職務怠慢だから、アンさんと共に減給っすよ」


 副メイド長のアンと、メイドのメアリに衝撃が走った。


「減給……!?

 そんなのひどいですわ、エドガー先生。

 職権濫用ですっ」


 うるうるとした目で(ウソ泣き)訴えるアン。


「そうだ、そうだー!」

 それに同意するメアリ。


 それを無視して、エドガーはルクソニアを抱き抱えたまま、立ち上がった。


「文句なら後でたーっぷりお説教した後に聞くっすよ、二人とも。


 とりあえず俺はお嬢様を風呂に入れるんで、後のことはよろしく~!」


 エドガーは転移ゲートを出し、ルクソニアと共に入ると、アン達の目の前から消えていった。

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