エピソード1-16 子供扱い

「エドガー、ワガママ言ってないで、ヨドと仲良くしましょう? ね?」


 5歳児にたしなめられる大人の図。


「私としても、話だけでも聞いていただけると助かるのだが」


 困ったように微笑むヨド。


「わかったっす。

 お嬢様の顔を立てて、話だけは聞いてもいいっす。けど、だったらまずお嬢様から離れてもらいません?


 ずるいっすよ、自分だけ。」


 するとすかさず、ルクソニアが言った。


「離れたらエドガーが何するかわからないから、わたし離れないわ!」


「俺の信用が恐ろしいほどない……!」


 白目を向くエドガー。


「なんでっすか、お嬢様!

 幼い頃からずっと仲良くしてきたじゃないっすか!

 そんなぽっと出の顔が良いだけのおじさんより、俺の方が信頼できるはずっすよ……!」


 ルクソニアは無言で首を横に振った。


「まさかの否定……!」


「エドガー先生、うるさいです。」


「アンさんは黙ってて!

 お嬢様、俺なにか嫌われることしたっすか?

 さっきのやり取り以外、心当たりがないんすけど……」


 しゅんと肩を落とすエドガーに、ルクソニアは言った。


「エドガーはわたしを好きすぎるからダメよ!」


「まさかのダメだし!」


「アンもみんなも、お父様もお母様も、みんなみんなわたしの事を好きすぎるからダメなの!」


 ルクソニアは瞳に涙を浮かべている。


 それをみて、目が点になるエドガー。


「お嬢様、差し出がましいようですが、それの何がいけないんですか?」


 アンは感情が読めない笑顔の圧で聞いた。


「だって……みんなわたしの事好きすぎるから、隠していたんでしょう?


 わたしが本当は奴隷の身分に落ちてもおかしくない魔力量の持ち主だってこと。


 今まで外の人と会わせてくれなかったのも、それを隠すためだったんでしょう?」


 ルクソニアの瞳からポロポロと大粒の涙が溢れる。


「それは……っ、その」


 泣きぼくろが印象的なメイドが言葉をつまらせ、エドガーに助けを求めるように視線を向ける。


 都合がいいときだけ頼るの卑怯っすよ、とでも言いたげな視線を、泣きぼくろが印象的なメイドに返すエドガー。


「ほら、何も言えないじゃない!


 それに王立選のことだって、ナイショにしてたわ!


 わたしにも関わることなのに、ナイショにして、子供扱いしてたんでしょう?


 子供にはわからないからって、教えてくれなかったんでしょう?」


 アンは、エドガーに視線で助けを求める。


 エドガーは深いため息を吐くと、頭がネバネバになるのも気にせず、ガシガシかいた。


「それは誰の入れ知恵っすか?」


「それはどういう意味だろうか?」


 それまで黙って見守っていたヨドが口をはさむ。睨みあうエドガーとヨド。


「そのままの意味っすよ。

 自覚があるから口はさんできたんすよね?」


「それは違うわ! ヨドはわたしに本当の事を教えてくれたのよ」


 涙ながらに訴えるルクソニアに、エドガーは再びため息を吐いた。


「うまく丸め込んだっすね。

 その手腕に舌を巻くっすよ。

 さすがは東の部族の生き残り。


 こうなることも見えていた・・・・・んっすか?」


「エドガー!  わたしを無視しないで!」


 ルクソニアが顔を真っ赤にして叫ぶ。


「じゃあ言うっすけどお嬢様。

 その考えは本当に自分自身の考えっすか?


 だったらなぜ今まで俺たちとのほほんと過ごしてたんすか?


 そう思うには、なにかきっかけがあって、心境の変化があったんすよね。


 それは、そこにいるヨドさんの影響なんじゃないんすか?」


 眼鏡を光らせながら言うエドガーに、ヨドにしがみついたまま、ルクソニアが反論する。


「違うわ。城の書庫にある本を読んだの。

 それで本当の事を知るために、外の世界を見に行こうとしたのよ!


 だってエドガー達に聞いても、きっとうまく誤魔化すでしょう?


 今だって、本当に肝心なことは答えてないじゃない!」


「それは……そうっすね。じゃあ答えるっす。

 お嬢様はまだたったの5歳。


 政治の話やこの世界の仕組みについて話すには幼すぎると判断して話さなかったっす。


 それにこの城の周辺の森には、収入源としてわざと多くの魔獣が放たれてるっす。


 まずはこの国の事より、魔獣の対処法を教えることが先決だと、俺たちは判断したっす。


 ごく一般的な大人の判断としては、妥当なラインだと思うんすけど、それはそんなに責められることなんっすか?」


 今度はルクソニアが言葉をつまらせる。


 それに助け船を出したのはヨドだった。


「それはルクソニア嬢の世界を狭めてしまう判断ではないだろうか。


 王立選の期間中、多くの事が変わるだろう。その変化にルクソニア嬢がさらされ、ついていけなくなったとき、エドガー殿はどう対処するつもりなのか、お聞かせいただきたい。


 子供だからと言ってすべてを話さないと言うのも、子供からしたら不安だろう。


 それに、ルクソニア嬢が自分で判断できる範囲も狭まってくる。


 もし今までと同じ状況ではなくなり、まわりがルクソニア嬢を守れる状況にない時、果たしてその対応でいいのか疑問が残るが、いかがだろうか」


 ルクソニアはヨドのローブの裾を握りしめ、ヨドを見上げた。


 ヨドはルクソニアの視線に気づくと、優しく微笑む。


「そうならないために、俺らがいるんでしょ。

 うまく立ち回って見せるっすよ」


 それを聞いたヨドの顔が、険しくなった。


「あくまでもルクソニア嬢を蚊帳の外に追いやる、というのか。それが彼女の自立の妨げになったとしても」


「子供が判断できる範疇はんちゅうを越えてるっすよ、この場合は。


 それに、ぽっと出の部外者に、とやかくうちの教育方針のことを言われたくないっすね。


 これ以上なにも話すこともないっすし、お帰りはあちらっす」


 エドガーは再び、ヨドのそばにある転移ゲートに入るよう手で促した。


「残念ながら、まだ帰る気はない。

 ルクソニア嬢との約束があるし、私が本来果たさなければならない用事もある。

 それが終わるまでは帰るつもりは毛頭ない」


 言い切るヨドに、エドガーは目を丸くした。


「居座るつもりっすか!

 さっすが青の陣営の使者っすねぇ。なりふり構わないその姿勢、あきれ果てるばかりっすよ」


 嫌みを言うエドガーに、ルクソニアが叫ぶ。


「ヨドを悪く言わないで!

 馬車馬のごとく青の王子にこきつかわれて可哀想なんだから、いたわってあげて!


 それとヨドは私の命の恩人なのよ、バカにしないで大切にして!」


 プウッと頬を膨らませるルクソニア。


 それを見てエドガーは、眉毛がハの字にした。


「お嬢様はあくまでもヨドさんの味方なんすね」


「ヨドは大切なお友だちだもの!

 当然よ」


 ルクソニアの言葉を聞いたエドガーは、これでもかと盛大にため息を吐いた。


「こーなるとお嬢様はほんと面倒なんすよねぇ。

 テコでも動かんぞ、的な頑固さみせてくるから」


 頭から手を離したエドガーは、髪と手の間にネバネバの橋ができているのを見て、再びため息を漏らした。


「テコでも動かないわ!」


「ほら来たー!

 はいはい。お嬢様はあくまでも俺の話は聞いてくれないんすねー」


 面倒臭そうに言うエドガーに、ルクソニアが噛みついた。


「エドガーだって、ヨドの話を聞いてくれないじゃない!」


「聞くっすよ、10分くらいなら。さあどうぞ」


 エドガーはヨドに手を向け、話をするように促す。そのぞんざいな扱いにルクソニアの怒りもますます加熱し、ぷくーと頬を膨らませるとエドガーを上目使いで睨んだ。


「エドガー殿。

 確かに私は東の部族、唯一の生き残りだ。

 青の王妃のお目こぼしで生き残ることができている、死に損ないでもある。


 あなたが私を警戒する気持ちもわかるが、聞いてほしい。これは確定された、そう遠くはない未来での話。ルクソニア嬢が自ら考え、判断せねばならないときが必ず来るだろう。


 その時、まわりには身内が誰もいない。

 だからこそ今のうちに、必要な知識と情報をルクソニア嬢に与えておかなければいけないのだ」


 ヨドの言葉に、エドガーはごくりと唾を飲み込んだ。


「ーーそれが噂に聞く、マユツバものの予言っすか? 

 信じられないっすね。お嬢様のまわりにはいつも誰かしらついてるんすよ? 


 誘拐でもされない限り、一人きりにはならないっすよー、今回が特別だっただけで。」


 エドガーのセリフに、ヨドが眉を潜めた。


「その過信はどうだろうか。

 運命の歯車は、とうに回っている。

 きたるべき時はき、待ってはくれないだろう。


 ならばいっそ、出来るだけの備えをするのが肝要なのではないだろうか」


 エドガーは腕を組み、横目でヨドを値踏みするように見た。


「そう言って引っ掻き回すのがヨドさんの手なんじゃないっすかー?

 うさんくさい。信用できないっすよ」


「ヨドは信用できるのよ!

 私をワンちゃんから助けてくれたもの!」


 ふんすと鼻息荒く言うルクソニアにエドガーは再び、大きなため息を吐いた。


「ーーエドガー先生」


 そんな中、アンが真剣な面持ちでエドガーに声をかけた。目が合うと首を横に振る。


 それを見たエドガーは渋々頷くと、頭をガシガシかいた。


「ハァーーーーーーーー。これだもんなぁ。

 いいっすよ、もうなんか面倒臭くなったんで、一度旦那様と話してみたらいいんじゃないっすか、もう。

 時間はこちらで調整するんで、今日は泊まっていってくださーい。というわけで、お嬢様、いい加減ヨドさんから離れてくださいよ。ほら、こっちおいで」


 ルクソニアはヨドにベッタリとしがみついたまま、首を横に振る。


ねてるんすか」


「だってエドガーが私を子供扱いするもの。蚊帳の外に追いやるんだもの」


 つんとそっぽを向くルクソニアに、エドガーは渋い顔をした。


「実際子供でしょー、5歳なんて。子供扱いして何が悪いんすか。

 ヨドさんのせいっすよ、これ。

 今日中にどうにか言い含めてくれないと、ディナーに魔獣出すっすよ」


 ヨドは青い顔をし、額に手を当てて言った。


「それはもう、確定された未来だ。」


「予言っすか?」


 それを聞いたアンが、ヨドに申し訳なさそうにしながら、エドガーに説明した。


「いえ、それがその……お嬢様がどうしてもギャタピーをヨド様に食べさせたいと言ってきかなくて……。流れで今晩のディナーに、ギャタピーを出すことになってしまったんです」


 それを聞いたエドガーの眼鏡が怪しく光る。


「それは面白いっすね。

 せっかくなんで毒がある頭の部分を出してやるっすよ、ヨドさんには」


「そんなのダメよ! ヨドは大切なお友だちなんだから!」


 ヨドのローブを握ったまま、プンスコ怒るルクソニアに、エドガーは舌を出した。


 しかしルクソニアは、

「ではお嬢様。今晩のディナーにギャタピーはやめておきましょうか」

 という泣きぼくろが印象的なメイドの提案には首を縦には振らず、断固ギャタピーをディナーに出すと言い張っている。


 それを聞いてますます顔色が悪くなるヨドをみて、エドガーはおかしくてケラケラ笑った。


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