エピソード1-15 顔面格差

 一方その頃、城の庭では。


 腹の痛みを抱えて地面に転がりつつ、ルクソニアの帰りを待つエドガーの姿があった。


 エドガーの目の前には、先ほど泣きぼくろが印象的なメイド・アンに頼まれて出した転移ゲートがある。


 転移ゲートが光を放ち、ブウンと音をたてると、ゲートの中からルクソニアが姿を表した。


「お嬢様!」


 ルクソニアの姿を確認したエドガーはガバッと勢いよく起き上がり、転移ゲートから出てくるルクソニアに向かって叫ぶ。


 それを聞いたルクソニアは少しビクッと肩を上げた後、抱きつこうとするエドガーを華麗な動きでかわした。


「お嬢様。なんで俺の事をさけるんすか……!」


 ルクソニアは、涙ながらに見つめてくる半身はネバネバ、残り半身は土まみれのエドガーと一定の距離を保ちながら言った。


「ごめんなさい、エドガー。エドガーを嫌いな訳じゃないの。

 だけど、とってもエドガーをハグ出来るような状態じゃないわ。エドガー、今とってもバッチィもの……!」


「バッチィ言われた!」


「なんだかネバネバしてるもの!」


「ネバネバ言われた!

 これはシトリンの粘液っすから無害っすよ!

 というわけで、さぁ!」


 ばっと両腕を広げ、ルクソニアを待ち構えるエドガー。その背後にある転移ゲートから、アンがブウンと音をたてて現れ、エドガーの背中を蹴飛ばした。


「なにやってるんですか、エドガー先生!」


「そっちこそ不意打ちで背中蹴るの、卑怯っすよ、アンさん。」


 地面に顔面を滑らせ、天高く尻だけニョッキリ突き上げた間抜けな格好でエドガーは言った。


「エドガー、大丈夫?」


 ルクソニアは心配そうにエドガーの側に近づき、そわそわと落ち着きなくエドガーの周りをうろついた。


「お嬢様……!」


 感動したエドガーは、地面から起き上がると再び懲りずに腕を広げた。


 それをみて、ルクソニアは無言で顔を横に振り、じりじりと後ずさる。


「セクハラですよ、エドガー先生」


 そして再びエドガーは、アンに容赦なく背中を蹴られるのだった。


「ぎゃふん!」


 間抜けな声をあげて叫ぶエドガーとアンのふたりをハラハラしながらみるルクソニア。

 アンはにっこり笑顔を顔に貼り付けた。


「大丈夫ですよ、お嬢様。

 私たち大人ですから、喧嘩はしないんです」


「そうそう、大人だから水に流せる……って、なんか俺、さっきからサンドバックになってません!?」


「あらいやだわ、エドガー先生。なってませんよ」


「取って付けた返答をありがとう、アンさん! お嬢様、良いですか? こんな風に気軽に人を蹴れる大人になっちゃダメっすよ」


 エドガーはもう一発、アンに背中を蹴られた。


「痛いっすよ、さっきから!」


「すいません、足が滑りました。シトリンの粘液で」


 有無を言わさぬ笑顔で言う、アン。


 エドガーは虚空に向かって叫んだ。


「ハイドさーん!! 早く塩、持ってきてー! そしたらネバネバがとれるからー! 蹴る理由もなくなって蹴られなくなるからー!」


 むなしさだけが残ったのは言うまでもない。


 それを見たルクソニアは、静かにアンとエドガーの間に割って入り、エドガーを庇うように背にして立った。


「あのね、アン。エドガーがネバネバなのにも理由があると思うの。

 だからちゃんと話を聞いてあげましょう?

 ね?」


 アンはひとつ咳払いをすると言った。


「それはお嬢様が聞いてほしい話があるから、そう言うんでしょう?」


「そうなんすか?」


 背中越しに質問を投げ掛けられ、くるりと身を翻して今度はエドガーと対峙するルクソニア。


「あのね、エドガー。大切な話があるの」


「大切な話……っすか?」


「どんな話か私にもお聞かせいただけるかしら、お嬢様。」


 ルクソニアは、背後にいるアンの凍りつくような眼差しに寒気を覚え、ブルッと震えた。


 二人の鋭い視線を受けて居たたまれなくなったルクソニアは、体を横にずらして平行移動し、二人を見渡して話せる位置に来ると立ち止まった。


「えっと……その、ヨドのことよ?」


 上目使いで二人の様子をうかがうルクソニア。


「ヨドさんのこと……?」


 アンの眉がピクリと反応する。


「ええ、そうよ、アン。

 私の大切なお友だちの事を、エドガーにちゃんと紹介しないといけないの」


 それを聞き、エドガーも眉を潜めた。


「お友だち……?

 確か青の陣営の使者とか言ってた人じゃなかったっすか、その人。


 お友だちってどういうことっすか?

 お嬢様は今まで、外の人間とはほぼ接触がない生活をして来たはずっす。


 お友だち・・・・が作れる環境ではないはずっすけど……」


「お嬢様が言うには、森の中で出会って、お友だちになったそうですが……」


「青の王子の使者ってことは大人っすよね? うまいこと丸め込まれてないっすか? それ。

 顔がイケメンでつい、とか……」


 アンとルクソニアは、目を泳がせた。


「案の定、イケメンか! くそう、分かりやすい反応、ありがとうっす!」


 特にイケメンでもないチビの分類にはいるエドガーは全力で悔しがった。


 それを見たルクソニアは慌ててフォローに入る。


「あのね、エドガー。ヨドはおじさんだけど、とても綺麗な髪と目をしているのよ。頭もよくてなんでも知っているから、きっとエドガーとも仲良くなれるわ」


「イケメンなんすよね、だから庇うんすよね。お嬢様、今から男を見た目で判断する癖をつけたら大変っすよ、後々。

 アンさんみたいに行き遅れてしまうことになるっすから、今すぐその基準は無くすべきっすよ!」


 キリリとした顔で諭すエドガーに、アンは笑顔で言った。


「もうひと蹴り、いっとく?」


 それを聞いてエドガーは手を壁にして叫んだ。


「いや、もうお腹一杯なんで遠慮するっす!」


 その瞬間、転移ゲートが光り、ブウンと音をたててヨドが現れた。


「ヨド!」


 嬉しそうにヨドの方へ駆け寄るルクソニアの姿に、エドガーが突っ込んだ。


「ほらやっぱりイケメンか!!

 ……って、おいおい。

 お嬢様、アンさん、下がって!


 その独特の瞳と髪の色、東の部族特有のモノじゃないっすか!?


 それなら交渉の余地なく帰ってもらうっすよ、うちも危ない橋はわたりたくないんで!」


「どういう事?」


 ルクソニアはヨドに抱きついたまま、首をかしげた。


「東の部族だとなぜいけないの?

 ヨドはとっても物知りだし優しいのよ」


 キョトンとするルクソニアにエドガーが神妙な面持ちで話し始めた。


「東の部族って言えば、昔、王族に遣えていた神官の一族っすよ。未来が見えるとかなんとかで。


 でもある時、王族を怒らせてしまう予言をして反感を買い、破滅した一族だって聞いてるっす。女子供関係なく、一族根絶やしにされたって!


 銀の髪に虹色の瞳、白い肌、まんま東の部族の特徴そのままじゃないっすか!

 匿ったとなったら一大事になるっすよ、交渉の余地なしっす! お帰りはあちら!」


 エドガーは、ヨドの近くに転移ゲートを新たに出現させ、入るように手で促す。


「そんなの偏見だわ!

 ヨドの事をよく知らないで、東の部族の生き残りだから帰すなんてあんまりよ。

 エドガーのばかっ!」


「お嬢様にバカって言われた!」


 ルクソニアの拒絶に、エドガーの心が折れた。


「大体アンさんもアンさんっすよ!

 東の部族の生き残りだとわかった時点でお嬢様つれて逃げてきてくれたっていいじゃないっすか!

 そしたら俺も悪者にならなくてすんだのに……!」


 涙目で訴えるエドガーに、アンは頬に手を当て、困ったように首をかしげた。


「でもお嬢様の命の恩人(かもしれない)ですし……」


「そうだとしても争いの種にしかならないっすよ!?」


「でもそれって、人としてどうかと思いません……?」


「確かにそうっすけど、それはそれ、これはこれっす。虹の王現国王に目をつけられたら後がめんどいっすよ!


 っていうか、イケメンだから判定が甘くなってません? 2人とも!」


 ルクソニアとアンはキョトンとした顔でエドガーを見た。


「エドガー、嫉妬はいけないと思うの」


「そうですよ、エドガー先生。

 モテない男のひがみはみっともないですよ?」


 アンはヨドの側に寄り、ルクソニアと共にヨドを擁護した。


 所詮この世は顔である。


「顔面格差あああ!」


 エドガーは空に向かって叫ぶと、膝を折って地面に手をついた。


 身も心もボロボロである。

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