エピソード1-14 約束
一方その頃、森の中では。
転移ゲートが出現し、ブウンと音をたてて、アンが転移ゲートから出てきた。
その視界の先には、木の根に腰を掛けてなにやら真剣な表情でヨドと話をしているルクソニアの姿が。
「お待たせしてすみません!
お嬢様、ヨド様」
アンがふたりに声をかけると、ルクソニアが慌てた様子で両手を使い、自身の口を塞ぐ。
ルクソニアとヨドはアイコンタクトを交わすと静かに頷いた。それを合図に、二人とも木の根から静かに立ち上がる。
そんな二人の様子に違和感をもったアンは、自身の嫌な想像を払拭すべく、ひとつ咳払いをした。
「改めて謝罪をいたします、お待たせして申し訳ありませんでした、お二人共。
待っている間、何か困ったことなどございませんでしたか?」
ルクソニアが眉毛をハの字にした。
「大丈夫よ、アン。
急にゲートが消えてしまったから驚いたけれど、それ以外はまったくなにも問題はなかったわ、なにもなかったのよ?」
アンの中の違和感がさらに増した。
「その言い方だと、何かあったように聞こえますよ、お嬢様。
先程、ヨド様となにやら真剣な様子でお話をされていらしたみたいですが、どんなことを話していらっしゃったのか、私にも教えてくださいませんか?」
ルクソニアは下を向いたまま、ポツリと言った。
「それはみんながいる前で話すわ。
あまり楽しい話ではないけれど、心配をかけてしまったもの。説明する義務があるってヨドから言われてしまったし、待ってる間に怒られる覚悟も出来たのよ」
泣いたのだろうか、ルクソニアの目元が少し腫れている事にアンは気づく。
「お嬢様の姿が見当たらないと気づいたとき、私は本当に心配いたしました。ーーそれこそ、誘拐にでもあったのかと思ったほどに。お嬢様の身に何があったのか、お城にお戻りになられたら、お話ししてくださいますね?」
それを聞いて、ルクソニアは力強く頷いた。
「わかったわ。アン」
「アン殿。私もその話し合いに同席してもいいだろうか?」
「ヨド様が……ですか?」
アンは警戒心を露にしながら、ヨドをみる。
「偶然とはいえ、乗りかかった船だ。
ルクソニア嬢がきちんと自分の気持ちを言葉にできるよう、協力したいと思っている。
ーーいかがだろうか」
アンはヨドの真意をはかりかね、曖昧な笑顔をヨドに向けた。
ルクソニアがアンのスカートを軽くひっぱり、潤んだ瞳で訴える。
「ヨドがいてくれた方が、私も安心なの。
だからお願い、アン。
ちゃんと全部話すから、ヨドも一緒に、側にいてほしいの!」
アンのスカートにしがみつきながら訴えるルクソニア。
その姿を目の当たりにして、アンの頭にはある台詞がこだまする。
ーーええ!?
それって誘拐ってことですよね!?
副メイド長であるアンは思った。
(お嬢様のなつきようと状況から、誘拐の線もあながち勘違いでもないような気がしてきたわ。ーー気を引き締めないと)
「わかりました。お嬢様がそこまで言うなら、ヨド様にも同席していただきましょう」
それを聞いたルクソニアの表情がパアッと明るくなる。
「本当!? ありがとう、アン! 大好きよ」
そう言ってルクソニアはアンに抱きついた。
「都合がいいときだけ、大好きにならないでくださいね、お嬢様」
アンがチクリと嫌みを言うので、ルクソニアは口を尖らせて抗議した。
「アンは怒ってるときは怖いけれど、基本的にはわたし、大好きなのよ?」
それを聞き、アンの表情が少し和らぐ。
「そうですか、わかりました。
そういうことにしておきます。
いつまでもこんなところで立ち話しているのもなんですし……転移ゲートを使ってお城へ帰りましょうか、お嬢様。
ヨド様もそれでよろしいですよね?」
ヨドは優しい目で頷いた。
「では、まずはお嬢様が先へ。その次は私、最後にヨド様の順でよろしいでしょうか?」
「そちらがよければ、それで構わない」
アンは頷くと、ルクソニアに向き直り、膝を折って目線を合わせた。
「ではそれで。お嬢様、転移ゲートをお一人で通れますか?」
ふんすと鼻息荒く息をはくと、ルクソニアは言った。
「大丈夫よ、私もう5歳だもの!
子供じゃないから、転移ゲートを使うくらい平気なのよ」
「それは頼もしいですね、お嬢様。
ではあちらへどうぞ」
アンは、こうこうと光る転移ゲートに手を向け、ルクソニアにゲートを使うよう促す。
「わ、わかったわ。行ってくるのよ!」
ルクソニアは手と足をロボットのようにぎこちなく動かしながら転移ゲートに向かった。
「お嬢様。もしかしなくても、緊張しています?」
ルクソニアがギギギと首を動かし、アンの方を向いた。
「大人だから平気なのよ。
大丈夫、はじめてだから怖いって駄々をこねたりしないわ!」
アンは内心冷や汗をかきながらも笑顔をつくって言った。
「それは頼もしい限りです、お嬢様。
心配しなくても転移ゲートを通るのは、少しだけピリッとするだけでなにも怖くはありませんよ」
それを聞き、ルクソニアは眉をハの字にした。
「ピリッと痛いのね」
「ほんの少しだけですよ、お嬢様。
私も一緒に通ることができればよかったんですが。エドガー先生の転移ゲートは一度に一人しか転移できない仕様のようなので、我慢してくださいませ」
「どうして一人用なのかしら。みんなで一度に移動できたら怖くないのに……」
不安げにルクソニアが下を向く。
「恐らくですが、それは魔力をコントロールする上での問題じゃないかと思いますわ。きっと人数が増えれば増えただけ、魔力コントロールが難しくなるのだと推測できます。ですからお嬢様。心苦しいですが、ひとりで転移ゲートを通れますね?」
泣きぼくろが印象的なメイド・アンはまっすぐにルクソニアを見つめて聞いた。
ルクソニアはそれを聞いて、ゆっくりと頷く。
「大丈夫よ、アン。私、もう5歳だもの!
一人で何だって出来るんだって所を見せてあげるわ!」
ふんす、と鼻息荒く言う、ルクソニアの姿に、アンは微笑んだ。
「では、いってらっしゃいませ」
ルクソニアはアンに促されるまま、転移ゲートの中に入っていく。
「ヨドとアンも、後で転移ゲートを通ってくるのよね?」
転移ゲートの中でルクソニアが不安げに聞く。
「はい、もちろん」
笑顔で頷くアン。
「こちらのことは心配しなくていいぞ、ルクソニア嬢」
優しい目でルクソニアの問いに答えるヨド。
ルクソニアは決意のこもった目で言った。
「じゃあ行ってくるわね、二人とも。
また後で会いましょうね」
「お嬢様、お気をつけて」
「また会おう、ルクソニア嬢」
ふたりに見送られながら、ルクソニアはブウンと音をたてて転移ゲートの中から姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます