エピソード1-13 身の潔白

「でも、あれっすよね。

 今の話がすべて本当だったと仮定しても、

 アンさんが青の陣営の関係者ではないって証明にはなってないっすよね」


 エドガーの言葉を聞き、アンが再び片眉を上げた。


「どういう意味ですか?」


「王族に連なるものを守護する役割を与えたのが青の妃だった・・・・・・、だから青の陣営にとって有利になるよう根回ししている……という流れでもおかしくないと思ったんすよねぇ、今の話聞いてて」


「嘘は言わないお約束で、誠意をもってお話したつもりでしたが。

 エドガー先生はこれだけお話ししてもまだ不服なんですね」


「そうっすね、不服っす。

 今、ここでーー違うって証明できるっすか?」


「どうやって?」


 エドガーは懐からチェーンのついた懐中時計を取り出すと、アンに懐中時計の底の部分をみせた。


「ここには魔法で彫った刺青ーー魔章紋ましょうもんを浮かび上がらせる魔石が埋め込まれてるっす。

 こうやって左手に近づけると……」


 エドガーは左手の甲へ懐中時計を近づけた。


 すると手の甲が淡い光を放ち、複雑な紋章を形作っていく。


「魔章紋が浮かび上がるシステムっす。で、これが黄の宮殿に出入りしている人間が身分証代わりとして左手に彫る魔章紋っす。

 俺は解雇されたから上から×がついてるっすけど。


 王族に遣える人間なら、左手に魔章紋が彫られているはずなんでーーやましいことがないなら、左手、見せられるっすよね? アンさん」


 アンは緊張した表情で言った。


「エドガー先生。

 見せてもいいんですけど、私の場合、表向き雇われてはいない事になっている・・・・・・・・・・・・・・・・・・ので、左手には彫られていませんわ。

 どうしても見たいというなら、仕方なく見せますがーー」


 エドガーは食いぎみに言った。


「どうしても見たいっす!」


 その様子にアンは少しあきれた。

「……。わかりました。少しお待ちを」


 アンはつけていたエプロンをはずすと、前開きのワンピースになっているメイド服のボタンを外し、胸元を少しはだけさせた。


「ちょっ! ちょっと何してるんすか、アンさん!?」


 慌てたエドガーは手で壁を作りながらも、真っ赤になった顔を横へと背ける。


「あら、見たいのでしょう?」


 そんなカチコチになった童貞エドガーの元へ、一歩、また一歩と忍び寄るアン。エドガーの真正面に来ると、胸元をチラ見せしつつ、耳元で囁いた。


「私の、魔・章・紋……」


 ふぅっと耳元へ息を吹けるアン。


 エドガーの肩が動揺して揺れた。


「み、耳になんかすんのは卑怯っすよ!」


 へっぴり腰になりながらも片耳を押さえ、アンから距離をとるエドガー。


「だって、誰かさんが色々知りたいって言うから……私、困ってしまって」


 胸元に手を当てながら言うアンの姿に、エドガーがつっこんだ。


「とりあえずその物騒なもの、しまってください! お・ば・さ・ん!」


「誰がおばさんですか!

 私まだ、たったの27歳です!


 ーーたかだか5歳ばかり若いからって、調子に乗らないでくださいね? エドガー先生」


 どす黒いオーラを背中にまとい、アンは笑顔を顔に張り付けた。


「その笑顔が怖いっす」


 ドン引きするエドガー。


 アンはエドガーの手を静かにとると、懐中時計を胸元にかざした。


「とはいえ、誤解されたままはしゃくなので。

 ほらぼうや・・・、ちゃんと心臓の辺り、見てくださいね?」


 ぽぅと淡い光が胸元を照らし、魔章紋を形作っていく。

 エドガーは真っ赤になりながらも横目でちらりと胸元に目をやり、その紋様を確認すると目を大きく見開いた。


「これはーー虹の王の紋様っすね……」


「私の主です。この事を知っているのは、旦那様とエドガー先生を含めた上役3人のみ。ーー内緒ですよ?」


 アンは再びエドガーの耳元へ唇を寄せると囁いた。


「他にばらしたら、命はありませんから……」


 エドガーの頬に一筋、汗が落ちた。


「……ちょっと俺、今、すっごくパニクってるんすけど。もしかしなくてもお嬢様って……」


 アンはそっとエドガーの唇に人差し指をおいた。


「それ以上はおっしゃらないで。ますますあなたを縛り付けてしまいますから。」


 エドガーは静かに頷いた。

 アンはエドガーから身を離すと、胸元をただし、外していたエプロンをつけた。


「これで私の身の潔白を証明できたかしら」


「十二分に。もうお腹いっぱいっすよ、俺は。

 ということなら、俺らが今、争う理由はないっすね」


「そうですわね。エドガー先生が青の陣営のスパイでない限りは。」


 アンが、感情の読めない笑顔で言った。


 エドガーの顔に緊張が走る。


「ーー何が望みっすか」


 アンはエドガーの喉元から心臓へと服の上から指を滑らせ、言った。


「ここ、見せてくださらない?」


「胸っすか? 何もないっすけど……」


「何もないことを証明してくださればいいんです。王族直属の暗部組織は忠誠の証として、心臓がある辺りここに魔章紋を刻みますから。

 何もやましいことがなければ見せられるはずですわ」


 エドガーの胸元をトンと軽く指先で突いたあと、アンはエドガーの手から懐中時計を奪った。


「ーーあ」


 取り返そうとするエドガーの手を掴むとアンは自身の方へ引き寄せ、耳元で囁いた。


「私が脱がしてさしあげましょうか?」


 その瞬間、エドガーの顔に熱が溜まり、沸騰したように爆発した。


「じじじじ、自分で脱げるっす……!」


 顔を背けるエドガーに、アンがくすりと笑う。


「そう……なら早く見せて?」


 エドガーの耳元で囁く、アン。


「ちょちょちょちょっと!!

 なんなんすか、さっきから!!」


 片耳を押さえ、エドガーは慌ててアンから距離をとった。


「あら、せっかく脱ぎやすいムードを作って差し上げたのに。」


 ふふふといたずらっぽい笑顔を向ける、アン。その姿に、エドガーは自身が彼女にからかわれていたことを悟る。


「そんなムード要らないっすよ……」


 少し照れながらも、シャツのボタンを上から外していくエドガー。


「とはいえ禍根は残さない主義なんで、なーんにもやましいことないから見せるっすよ。ほれ」


 そう言ってエドガーはアンに胸元をさらした。

 アンは少しだけ緊張した表情でエドガーの胸元に懐中時計を近づけ、何も反応がないことを確かめると、小さくふぅと息を吐いた。


「これでお互い、身の潔白を証明できたっすよね?」


 言いながらエドガーはアンの手から懐中時計を奪い返した。


「そのようですわね。別の場所に魔章紋を彫っていなければ、の話ですけど。」


「そんなこと言ったら、お互い裸にならないと確かめようがないっすよ?

 いいんすか? それでも」


「良くはないので、とりあえずはエドガー先生を信用することにしますわ」


「それはよかった。

 俺も流石に、見知った異性の前で裸になるのはちょっと……というかだいぶ、恥ずかしいっすからねぇ。

 信用してくれて何よりです。


 あ、もちろん俺もアンさんのことを信頼するっすよ? 能力がゴリラ的な意味でも。」


 その瞬間、エドガーの腹にアンの拳がめり込んだ。


「ぐはぁ!!」


 どさりと力なく地面に転がるエドガー。


 腹を押さえてピクピクと体を震わせている。


 そんなエドガーを黒い笑顔で見下ろすアン。


「私、ゴリラじゃありません。」


「どのあたりをもってして、ゴリラじゃないと言えるんすか……」


 青白い顔でアンを見上げるエドガー。


「もう一発、いっとく?」


 にっこり笑顔を浮かべ、げんこつを顔の横で構えるアン。


 エドガーの顔色はますます悪くなり、絞り出すようにこううめいた。


「……命が惜しいので遠慮するっす」


「懸命ね。さ、お互いの誤解もとけたことだし、さっきの場所に転移ゲート、出してくださらない? お嬢様が心配だわ」


 エドガーは地面に転がったまま片手でお腹を押さえ、弱々しく反対の手を地面にかざすと転移ゲートを出現させた。


「お嬢様の事、よろしく頼むっすよ……」


「任せてください。五体満足で連れ帰りますわ」


 言うやいなや、アンは転移ゲートの中へ入っていく。


 エドガーは地面に転がったまま、弱々しく親指をたててアンを見送った。

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