エピソード1-12 秘密の共有

「いや、何でそうなるんすか?」


 エドガーは口元をひきつらせながら、思わずずっこけそうになった。


「だってそうでしょう?

 お嬢様がたった一人で人目を忍んで抜け出すなんて至難の技。


 内部から手引きした協力者がいた、と考えた方が理屈に合うでしょう?」


 アンの言葉に、エドガーも静かに納得する。


「そこは同意っす。

 もし一人で抜け出したなら、かなり前々から秘密裏に粛々と誰にも気づかれずに脱走計画練ってた事になるっすからねぇ。


 お嬢様の性格上あり得なくもないっすけど、だとしたら何故森へ行ったか理由がわからないし、無謀すぎるっす。


 領地内部に潜り込み、お嬢様をそそのかし手引きした者がいるなら別っすけど」


 ちらりとアンを横目で見て言う、エドガー。


 それに対し、黒い笑顔を顔にはりつけたまま、穏やかな口調でアンは言った。


「そうね、そしてそれをしたのがあなただと私はふんでいるのだけれど、違うのかしら?エドガー先生?」


 それを聞き、エドガーの目付きが鋭くなった。


「そこで俺の名を上げる根拠を聞きたいっす」


「そうね……強いて言うなら、前々から怪しいと思ってたからかしら」


 感情が読めない微笑みを保ちながら、泣きぼくろが印象的なメイドは言った。


「ーーどういう意味っすか? それ。」


「逆に聞きたいのだけれど、あなた、自分が怪しくないとでも本気で思っているの? 本当に?」


「俺は誤解を解く主義っすよ。

 何がそんなに引っ掛かってるんすか、アンさん。

 良い機会だし、これを期に腹を割って話しません?」


 泣きぼくろが印象的なメイドは少し考えたあと、笑顔を顔に貼り付けた。


「私はいつでも本音で話していますよ?」


 エドガーは片手でこめかみをトントンと叩く。


「どの口が言うんすか、それ。

 やっぱりなにかやましい事でもあるんすかねぇ?」


「ありません。」


 エドガーの追究に対し、笑顔を崩さずに返すアン。


 両者にらみ合いの状況である。


「わかった、じゃあこうしません?

 お互いに怪しんでいる者同士、納得するまで交互に質問していくってのはどうっすか?

 嘘はなしで。」

 

 アンの笑顔が消えた。


「女には簡単に話せないこともあるんですよ、エドガー先生」


「それはこっちも同意っす。

 その上での提案っすよ。


 お嬢様が大切なら、余計なリスクは減らしたいはず。


 だったらこの条件を飲んで、不安の種をひとつ減らしておくのも手じゃないっすか?」


 アンは少し悩んだあと、観念した。


「私の秘密を知ると言うことは、もう逃げられなくなるってことですよ、エドガー先生。それでもよろしくて?」


 エドガーはにっと不適な笑みを浮かべて、アンに返した。


「それはお互い様っすよ」


「後で後悔しても知りませんから。

 私、ちゃんと忠告致しましたからね」


 深いため息と共に、アンが念を押す。


「それはお互い様っすよ。

 俺だって後で旦那様に怒られること前提で、トップシークレットな話をこれからするつもりっす。それがどういう意味か、わかるっすよね?」


 アンが静かに頷いた。


「これから話すことは、お互い、他言無用でおこなう、ということですわね」


 エドガーはにっこり笑う。


「さすがアンさん。話が早くて助かるっす」


 アンは軽く愛想笑いを返したあと、まっすぐエドガーを見据えて真剣な表情で言った。


「で、質問する順番はどうやって決めるのかしら」


「コイントスでーーっていいたいとこなんっすけど、アンさんズルしそうなんで、そっちが先でいいっすよ。レディーファーストっす」


 飄々とした態度を崩さずに言うエドガーにアンは警戒心を強め、表情を少しこわばらせたが、すぐにいつもの張り付いた笑顔になった。


「あら、随分と余裕がおありのようね。

 じゃあ、お言葉に甘えようかしら」


「どうぞ」


 エドガーはアンに手で続きを促した。


「ーーそうね。

 まずは旦那様とはどういう契約でここにいるのか聞きたいわ。ただのビジネスパートナーという訳ではないでしょう?


 破格の待遇で雇われてるんですもの。

 何か裏があると、前々から気になっていたの。


 表向きの理由ではなく、実際のところ・・・・・・をお話しいただけないかしら?」


 それを聞き、にっこりと笑顔を浮かべていたエドガーのこめかみがひきつった。


「いきなりそれっすか。」


 こめかみを押さえながら言うエドガーに、したり顔をするアン。

「あら、言えないのかしら。

 やましいことがないなら言えるはずだけれど……エドガー先生は言えない・・・・・・・・・・・のかしら」


 苦虫を潰したような顔でエドガーは言った。


「はいはい、言うっすよ!

 言えばいいんでしょ?」


「言えるんですか?」


「この事を内密にしてくれるなら。ノーなら別の質問にしてほしいっす」


 それを聞き、アンが笑顔を顔に張り付けたまま、返した。


「それはもちろん、内密に。」


「……その笑顔が胡散臭いんすよ」


 はあと大きなため息をはいて、エドガーは続けた。

「俺が旦那様に雇われている理由ーーそれは魔法の源、魔力研究のためっす。


 森の運営はあくまでも木を隠すための副産物っす。帳簿管理も研究費を捻出するため。俺自身は何もやましいことはしてないっすよ」


 肩をすくめるエドガーに、アンが突っ込んだ。


「その言い方だと、他にやましいことをしている人がいるみたいですわね」


「アンさんっすよ?」


 にっこり笑顔で言う、エドガー。


「あらいやだ、ご冗談を」


 それを笑顔で返すアン。

 二人の溝はさらに深まった。


「冗談だといいんすけどねぇ。

 アンさん、旦那様以外にもお金、もらってる人いるっすよね?


 うまく隠してるつもりでしょーが、給料二重取りしてるのばれてるっすよ。

 もう一人の出資者は誰です?

 青の陣営っすか?」


 今度はアンの笑顔がひきつった。


「それ、今聞きます?」


 アンがエドガーの想定していた返答と違うリアクションを返してきたことで、彼は少し目を見開いた。


「ーーどういう意味っすか?」


「聞かない方が良いこともあると言うことですわ。


 旦那様があなたにその事を伝えていないのも、きっとその事であなたをこの領地に縛り付けたくなかったからでしょうね。


 好奇心は身を滅ぼすと言いますし、この場所に骨を埋める覚悟がないのでしたら、これ以上その話を聞くのは止めておくのが懸命でしてよ?」


「骨を埋める覚悟ねぇ。

 ま、俺の場合、どっちにしろ他に行くあてもないっすし、今は自由にノビノビ仕事もできてるし、不満がないぶん、この領地に骨を埋めてもいいスッよ?」


 アンのこめかみがひきつった。


「あくまでも聞きたいとおっしゃるのね?」


「それが約束で始めた話っすよね?

 大丈夫っすよ、これでも口は固い方なんで。」


 アンは、小さくため息をはいたあと、話し出した。


「旦那様とお嬢様は血が繋がっていない親子です。私はお嬢様の本当の父親に頼まれて、お嬢様を旦那様のもとにお連れし、養子として迎え入れるよう契約を結びました。


 そして私はその後、お嬢様の身の安全を確保するためにメイドとしてお側にお仕えし、その対価としてお嬢様の実父からも金銭を受け取っているのです。


 あなたの言うやましいことなど一切ございませんわ。


 魔力研究にかこつけて、秘密裏に人体実験・・・・をしている誰かさんとは違いましてよ?」


 アンは、感情が読めない笑顔を顔に浮かべ、エドガーに反論した。


 しかしエドガーも負けじと返す。


「お嬢様の魔力を増やす為には致し方ないことなんすよ、それは。

 魔力の上限が生まれつき決まっている以上、魔力量を後天的に増やすことは不可能っす。なんで、逆転の発想で外部から補給して魔力切れをなくす方に研究内容をシフトチェンジしたんすよ。


 食用魔獣はその一端。

 ちゃんとハイドさんらで安全確認をしてからお嬢様に魔獣を食べさせてるんすから、文句を言われる筋合いはないっすよ? 俺」


「それに関しては異議アリですわ!

 私たち従業員の食卓に魔獣を出すことで、安全性を確認しているってことですよね? それ!」


 エドガーは無言で顔を横にそらし、アンから目をそらした。


「ちょっと、エドガー先生?」


 こめかみをひきつらせながら怒りの笑顔を浮かべ、じりじりとエドガーへ迫るアン。その迫力に圧されて、両手で壁を作りながら、半笑いでじりじりとエドガーは後ずさる。


「い、一応、魔獣肉特有の毒性は抜いてるんで、人体に悪影響はないはずっすよ?


 何かあったときはメイド長の魔法で回復してもらえばいいっすし。


 ただまあ毒性と共に魔獣に宿ってた魔力まで消えちゃったみたいなんで、魔力を捕食で補うっていう当初のプランも暗礁に乗りつつあるんすけど……。どうやら魔獣の魔力と毒性に、因果関係があるみたいっす」


 それを聞いたアンの動きが止まる。


「その話を鵜呑みにするなら、魔獣を捕食し魔力を外部から取り入れる、という当初のプランそのものに問題が出てきますわね。

 そもそもどうしてそんな研究を?

 お嬢様のためだと言っていたけれど。

 ーーエドガー先生、あなたどこまで内情をご存じなの?」


「内情って。

 俺はただ国の情勢上、お嬢様の魔力の低さが生活する上でネックになってるから、それを克服するすべを一緒に探してほしいって旦那様に言われただけっすよ。

 まあ、他にも細かい諸々の約束もあるっすけど」


「約束って?」


「アンさん、質問は交互の約束っすよ。

 つぎは俺の番。」


 アンはプイッとそっぽを向いた。


「もう、細かいわね!」


「約束は約束っすから。

 で、俺が知らない内情ってなんっすか?」


 アンの体から、汗がぶわっと出た。


「私、そんなこと言ったかしら」


 顔をそらしたまま冷や汗を流すアンに、今度はエドガーが詰め寄っていく。


「言ったっすよ?

 どこまで内情を知ってるか・・・・・・・・・・・・って、さっき聞いたじゃないっすか、俺に。」


 にっこり笑顔で言うエドガー。


「ええっとーーエドガー先生?」


 アンはひとつ咳払いをすると、エドガーをまっすぐに見据えた。


「本当に全部、聞きたいですか?」


 それに対し、エドガーは右手の親指をたてながら、満面の笑顔でこう言い放った。


「そうやって隠されると、余計知りたくなっちゃうっすよ、アンさん!」

 

 アンは、諦めたように肩を落とし、哀愁漂う表情でこう返した。


「……エドガー先生が、是が非でも内情を聞き出そうとする根性があるのはわかりました……」


「それはよかった。で、内情ってなんっすか?」


「お嬢様の素性についてですわ。

 あの方はとても尊い血筋の生まれなんです。生まれつきの魔力量が少ないせいで秘密裏に養子に出されましたが、本来ならあなたごときイチ平民が気さくに話していい身分のお方ではないんですよ」


 エドガーは雲ひとつない空を見上げて言った。


「尊い血筋の生まれねぇ。

 護衛をつけるくらいだから、遠からず王族に名を連ねる家系の生まれってとこっすかねぇ、その話の流れだと。確かにこれはトップシークレットな話っすねぇ」


 エドガーの反応を見て、アンは片眉を持ち上げて言った。


「驚かないんですか?」


「驚くもなにも、驚く話をする前提で俺たち今、話してるんすから。

 心構えがあれば、それなりに落ち着いて聞くこともできるっすよ」


「そういうものでしょうか……」


「そういうものっすよ。で、アンさんが聞いておきたい旦那様との約束の話っすけど。


 なんてことはない、他愛のない話っすよ。


 捕食して魔力を補えるようにできれば、お嬢様みたいな低魔力者や戦場で戦っている魔法騎士団の助けになるっすから、まあ、それが出来たら、世の中今より生きやすくなるよねって話っすよ。


 それに付け加えて、転移ゲートの出力をあげることで、何かしら向こう側・・・・へ戻れる算段が立てられないか、相談されたくらいっす」


向こう側・・・・?」


「旦那様の生まれた世界ーー日本と言う異世界の事っすよ。異世界転移者は、今はまだ原因不明の転移現象として取り扱われてるっすけど、俺も旦那様も転移ゲートの研究を進めれば何かしら向こう側・・・・に戻れる手だてができるんじゃないかと、そんな話をね、してたんすよ」


「そんな話を、旦那様と……。

 どうりでこそこそしてるわけね。

 異世界転移者を帰すことはこの国ではタブーとされていることだもの」


「魔力の源は精霊の力なり、その精霊と心通わせられるのが異世界転移者とその子孫のみ、ってのがみそっすよねぇ。


 そのせいで国を二分する戦争にまで発展してしまったわけだし、旦那様も思うところがあって、帰りたくなったんじゃないっすか?」


 言ってエドガーはくっくっと笑った。


「笑い事じゃありませんわ。

 私が虹の王に密告したら、旦那様と二人で牢獄行きになること、わかってて話しているんですか?」


「そっちこそ、王族に怒られちゃうんじゃないっすか?

 お嬢様の素性を明かしてしまって。

 弱味を握ったのはこちらも同じっすよ。

 だからこれからは運命共同体っす。

 ーー裏切りはなしっすよ?」


 エドガーは眼鏡の位置を中指で直しながら、レンズを光らせて言った。


「好奇心は身を滅ぼす、自分にも帰ってくるとは思わなかったわ」


 アンは、青い空を見上げて呟いた。

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