エピソード1-11 すれ違う二人

「地ならしって、何の?

 アンさん……ゴリラ的な所を見込まれて、森の神にでも見初められたんすか?」


 キリッとした表情で、眼鏡を光らせながら言うエドガー。


 背筋も凍るような冷たいオーラを背負いながら、泣きぼくろが印象的なメイド・アンが微笑みを浮かべて言った。


「うふふ、エドガー先生、違いますわ。

 お嬢様をみつけたんです。」


 そのセリフに、お団子頭のメイド・メアリが嬉しそうに食いついた。


「お嬢様、見つかったんですか!?」


 パアッと笑顔になる、メアリとハイド(粘液濡れ)。渋い顔をしているエドガーの後ろで、二人は両手でハイタッチをしている。


 エドガーは静かに息を吐くと、泣きぼくろが印象的なメイドの眼をまっすぐに見つめて聞いた。


「アンさん……それって俺の心の準備がいる系の話っすよね?」


 それを聞き、エドガーの後ろではしゃいでいたメアリとハイドの動きが固まった。


「ど……どういう意味ですか? エドガー先生ぇ……。


 お嬢様が見つかったなら、良かったじゃないですかぁ~……」


 不安そうな表情で、恐る恐るエドガーに質問をする、メアリ。


 アンがエドガーを見てごくりと唾を飲み、次の言葉を待つ。


「そのまんまの意味っすよ。

 アンさんが向かった場所は、集団で狩りをするウォーウルフの縄張りっす。


 普通に考えたら、魔獣と戦う能力がないお嬢様が五体満足で生き残ってる可能性は極めて低い。肉片的な再会か……良くて欠損っすかね、ーーほんと残念っすよ」


 地面に視線を落とし、悔しそうにエドガーがポツリと言った。


 メアリとハイドもエドガーの言葉を聞いて、無言で表情を曇らせる。


「シリアスな所、申し訳ないですけれど、お嬢様は普通に五体満足で見つかりましたので血生臭い再会はありませんよ?」


 3人の視線が、アンに集まった。


「えっ、でも……ウォーウルフはわりあい好戦的で俊敏な魔獣っすよ?

 しかも集団で狩りをするんすよ?

 子供が一人でどうこうできるわけーーあ。」


「お気づきですか? エドガー先生」

 

 アンがにこりと微笑んだ。


 エドガーはごくりと唾を飲むと、緊張した面持ちでアンに言った。


「他に誰か……お嬢様の側にいたんすね?」


 泣きぼくろが印象的なメイドは、エドガーの言葉に無言で頷く。


「青の王子の使者と名乗る方が、お嬢様の側にーー」


「ええ!? 

 それって誘拐ってことですよね!?」


 アンの言葉を遮るように、メアリが驚きの声を上げる。


「マジかよ……!

 どーすんだよ、エドガー先生……!」


 それに続き、真剣な表情でエドガーを見るハイド。


「そうですよぉ、どーするんですかぁ!

 どーしたらいいんですか~!!

 エドガー先生ぇ~!!」


 メアリがパニックになり、瞳を潤ませてエドガーに駆け寄ると肩を掴んで前後に激しく揺すった。


「そうだよエドガー先生!

 俺らはどうすりゃいい!?

 指示をくれ!!」


 目頭を熱くさせながら、エドガーに熱意をぶつけるハイド。


 エドガーはされるがままに揺さぶられながら、眼鏡が落ちないように中指で眼鏡のフレームを固定しつつ確信を持った声で言った。


「そっすねぇええ、だったらまずはアア、

 厨房から塩ぉおお、持ってきてェ貰いましょうかああああ~」


「塩! 塩だな!」


 ハイドはそれだけ聞くととっさにその場から駆け出した。厨房へ塩を取りに行ったのだ。


 しかし駆け出した先ににょきっと転移ゲートがあらわれ、瞬時に元いた場所に転送されてしまうのであった。


「あ……?」


 目をぱちくりする、筋肉もりもりな庭師・ハイド。


 その視界の先には、半身をネバネバさせながらもメアリに揺さぶられているエドガー達の姿と、遠い目で二人を眺めているアンの姿があった。


「行くならコレ・・も持ってってほしいっす。」


 メアリに揺さぶられながらも真顔で彼女を指差しながら、ハイドにメアリを回収するように言うエドガー。


「お、おう。わかった……」


 ハイドは唖然としながらも頷いた。


「もー、人をコレ・・扱いしないで下さいよー、エドガー先生ぇー!

 しかも塩ってなんですかぁ、塩って~!」


 腕が疲れてきたのか、エドガーを揺さぶる動きが徐々にゆっくりとした動きになっていく、メアリ。彼女にゆるーく揺さぶられながらも、眼鏡が吹き飛ばないように中指で鼻に手を押し当てたポーズを崩さず淡々とした口調でエドガーは解説を始めた。


「シトリンのネバネバは水じゃ落ちないんすよ。

 ネバネバに塩を振って化学反応させて水に返さないと、ずーっとネバネバしたままっす。


 というわけでハイドさん、俺の着替えと塩を持ってきてもらっていいっすか?


 そんでもってそこのお団子も、このままじゃ風邪ひくんで、塩振って着替えてきていいっすよ」


 メアリに着替えてくるよう指示を出すエドガー。

 その言葉を聞き、メアリの動きがピタッと止まった。エドガーを揺さぶるのをやめ、瞳をきらめかせながらハイドの方を振り向いた。


「そういうことなら行きましょーよ、ハイドさん!」


 つかつかと近づき、ガシッとハイドのヌメヌメの手を握る、メアリ。


 メアリの圧におされつつも、そっと繋いでいた手を離す、ハイド。手と手の間に粘液の橋がかかる。


「お……おう。まあ、そりゃあいいけどよぉ」


 ハイドはアンの方をみながら、物言いたげに彼女のそばへ1歩近づく。メアリは促されるままハイドの背後に移動し、状況を見守っている。

 アンはハイドと目があうと、にこりと微笑んだ。


「大丈夫ですよ。

 エドガー先生とは喧嘩しませんから」


 背後に黒いオーラを漂わせながら微笑むアンの迫力にハイドが怯み、眉をハの字にしてエドガーの方へと視線を送った。


「そんな心配そうな目で俺を見なくても大丈夫っすよ、ハイドさん。


 一応俺ら大人なんで。


 ちゃんと穏便に話をつけるつもりっす・・・・・・・・・・・・・・・



「そーですよぉ、エドガー先生にアンさん!

 ケンカはしちゃいけませんよー?」


 状況を理解できていないメアリが片手をあげ、呑気に言った。ねろんと粘液が手首にまで垂れている。


 その様子に毒気を抜かれたエドガーが、ふうっとため息をはき、わかってるっすよ、と返した。


「今ここで第四勢力・・・・作るのは得策ではないっすからね。


 うまいこと取り込む方向で動くっす」


「取り込むって、誘拐犯を?」


 こてんと頭を傾けて言うメアリに、エドガーはふと笑みを浮かべた。


「そっちはアンさん次第っすね」


 そう言うとエドガーは、アンの方へと視線を移した。


 無言で見つめあう二人。


 二人の間にヒヤリとした空気が漂う。


 そんな二人をおろおろしながら見る、ハイド。


「勢力は4つじゃなくて3つだろ?

 俺ら、魔獣、誘拐犯……」


 なっ、なっ?と必死に繕う筋肉もりもりな庭師・ハイド。その努力もむなしく、お団子頭のメイド・メアリが無邪気に聞く。


「はいはーい、どうしてアンさん次第なんですか~?」


浮いた駒・・・・を味方にするのが、いつもの俺のセオリーなんで。」


 レンズを光らせながら、眼鏡の位置を中指で直すエドガー。その返答に疑問を呈するメアリ。


「それ答えになってないですよー!

 浮いた駒?って誰のことですか~?」


 ハイドが、慌ててメアリの口を塞ごうとしたが遅かった。


 その疑問に対し、ほぼ同時に二人は答えた。


「エドガー先生のことです。」

「アンさんのことっすよ?」


 目をぱちくりさせる、メアリ。


 その口を塞ぎながら、ハイドはしまったと顔を歪めていたが、時、すでに遅しである。


「どういう意味ですか? エドガー先生」

 と、アンがエドガーを流し目で睨んだ。


 対してエドガーも、

「そっちこそ人を根なし草みたいに言うの、止めてもらっていいっすか?」

 と負けずに言い返す。


 この瞬間、泣きぼくろが印象的なメイド・アンとエドガーの間に、誰の目にも明らかな対立関係ができてしまった。


「エドガー先生ェ、その、ちっと落ち着いた方がーー」


「俺はいつでも落ち着いてるっすよ、ハイドさん。

 ここはもういいんで、塩と服、なるはやで持ってきてもらえないっすか?

 今、手がはなせないんで。」


 アンから目をそらさずに言うエドガー。


「それはいいんだけどよぉ、この空気でふたりにするのは……」


 眉毛をハの字にして言うハイド。その隣で二人の間に不穏な空気を感じたメアリも全力でウンウンと頷いている。


 それをみて、エドガーとアンはお互いに見つめあったまま、同時に言った。


「大丈夫っすよ、俺ら大人なんで。」

「大丈夫ですよ、私たち大人なんで。」


 全然大丈夫ではないと、ハイドとメアリは思った。


 しかし背後に転移ゲートがあらわれ、「どーぞ、さっさと行ってきてほしいっす」と促されたら嫌とは言えず、ハイドは何度もケンカをしないように念押ししながらもゲートの中へと入り、消えていった。


 それを見たメアリもそそくさとゲートの中へと入っていき、消えた。


 メアリが転移したのを確認すると、エドガーは転移ゲートを片手サイズに縮小した。


 それを見届けたあと、黒い微笑みを浮かべながらも少し苛立った様子を口調にこめて、アンが言った。


「エドガー先生、それはそれとして。

 先程消失させた転移ゲートを再び開いてもらってもいいかしら?」


「嫌っすよ? 誤魔化す気満々でしょ? アンさん」


 にこやかに返すエドガーに、アンの笑顔がひきつった。


「何を勘違いされているのかわかりませんが……お嬢様を魔獣が出る森の中に、青の王子の使者様とふたりきりで待たせているんです。

 長時間お待たせするのも危険ですし、わがままを言わず転移ゲートを出してくださらないかしら」


 それを聞いたエドガーのこめかみがひきつった。


「その本物かどうかわからない青の王子の使者殿とお嬢様を魔獣が出る森に放置して、我先に安全地帯に逃げ込むその根性が、俺からしたら理解できないっすよ、アンさん。

 まず最初にお嬢様をゲートに通さないっすか? 普通。」


「それは気が動転して」


「随分と冷静に対応しているように見えたっすよ? 俺には。」


「ーー何が言いたいのかしら?」

 

 アンが笑顔のまま、エドガーに無言の圧力をかける。


 エドガーは眼鏡のレンズを光らせて、確信をもった声で言い放った。


「今回の誘拐騒ぎ、手引きしたのはアンさんっすね?」


 どや顔で言うエドガーに、アンは少し目を見開き、ポツリと言った。


「どこをどう捉えたら、そういう結論に至るんです?

 というか、誘拐騒ぎを手引きしたのはあなたでしょう? エドガー先生」


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