エピソード1-8 敵襲
そんな事になっているとは露知らず、森の中では。
休憩を終え、再び城を目指し歩き始めたルクソニアとヨドが、ウォーウルフの群れに囲まれていた。
青い炎のたてがみを揺らめかせ、ウォーウルフが唸りをあげながら、じりじりと二人ににじりよる。
「よ、ヨド……。
青いたてがみのワンちゃんが近づいてくるわ」
ルクソニアは不安げに、ヨドを見上げた。
魔法が使えない二人にとって、複数の魔獣にとり囲まれているこの状況は、とても危険な状態といえる。
ヨドは片手でルクソニアの体を引き寄せると、ウォーウルフからの攻撃を庇う体勢をとった。
「ルクソニア嬢。
あれはワンちゃんではない。魔獣だ」
視線をウォーウルフに向けたまま、ヨドが言う。ルクソニアはヨドの足にしがみつくと、今にも飛びかかりそうなウォーウルフの様子をちらりと横目で見て、ぽつりと呟いた。
「魔獣……?
これ……うちの森で飼っている魔獣のワンちゃんなの……?」
ヨドは思わずルクソニアの方をみた。潤んだ瞳の少女と目が合う。ふざけていないことを確認したヨドは、ルクソニアを諭した。
「……ルクソニア嬢。
あれは群れで行動する習性がある、中型の魔獣・ウォーウルフだ。
屋敷で飼っている犬、猫のように言うんじゃない」
ルクソニアは、ヨドの目をまっすぐに見つめた。
「でも、餌はいつもエドガーがあげているわよ? ペットとは違うの?」
ルクソニアの澄んだ瞳が、困惑したヨドの姿を映す。
「……それでも、魔獣は魔獣だ。
危険なことに変わりはない」
ヨドの言葉を聞いて、ルクソニアの瞳が揺れた。
「危ないの……?
なら、はやく逃げないと……!
わたしもヨドも魔法が使えないんだし、武器らしい武器も持っていないわ!」
青ざめるルクソニアを安心させるために、ヨドは優しく微笑む。
「武器はある。
私を信じて、身を預けてくれるだろうか、ルクソニア嬢」
ルクソニアは真剣な眼差しで、静かに頷いた。
それをみたヨドは頷くと、服の袖から小型ナイフを数本滑らせ、指の間に挟んで構える。
「ヨド、それ、魔法みたいね!」
それを見て瞳をきらめかせるルクソニアをなだめながら、ヨドは魔獣に視線を移した。
ウォーウルフはよだれをたらしながら、血走った目で二人を見ている。前足で軽く地面をかくと、ウォーウルフは駆け出した。
グルルル……!
唸り声をあげ、集団で飛びかかってくる青い魔獣の群れ。
ルクソニアの叫びが、森のなかにこだまする。
ルクソニアはヨドの足に顔を埋めると、ぎゅっと目を閉じた。
トスーー
ヨドの手から放たれたナイフが、四方八方から飛びかかるウォーウルフたちの眉間を静かに貫いた。
それと同時にヨドの腕から放たれた銀の鎖が二人を守るように円を描いてとぐろを巻き、ウォーウルフの体を弾き飛ばしていく。
キャウン!!
ウォーウルフが高い雄叫びをあげ、力なく地面を滑っていく。
森のなかに、一瞬の静寂が訪れた。
ルクソニアは恐る恐る目を開くと、自分を中心に取り囲むように輪になって倒れているウォーウルフの姿が視界に入った。無意識にヨドの足にしがみついてしまう。
「ワンちゃん……死んじゃったの?」
「もうすぐ、毒が効いて死ぬだろう」
「毒?」
ルクソニアは不安げな眼差しで、ヨドを見上げた。
「魔獣用の毒を、ナイフに塗ってある。
触れてはいけないよ」
「触れると、わたしも死んでしまうの?」
ヨドはふわりと微笑む。
「死にはしないがーー死よりも深い苦しみがあなたを襲うだろう」
ルクソニアは思わず、ヨドにしがみついていた手を離した。
「ヨド……もしかしてあなた、とても恐ろしい人なの……?」
青ざめながらじりじりと後ずさりしていくルクソニアの姿に、ヨドは少し困ったように微笑んだ。
「私が、恐ろしいだろうか。ルクソニア嬢」
ルクソニアは無言で、首を横に振った。
ヨドはしゅるしゅると鎖を回収しながら言う。
「恐れは抱いていてもいい。
ーー私も、聖人君子ではないのだから」
その時ルクソニアは、ヨドを少し遠くに感じた。
「ーーヨドは、悪い人なの?」
ローブの中に鎖を隠すと、ヨドは横目でふわりと笑った。
「これからそれを、あなたの目で見極めてはくれないだろうか。ルクソニア嬢」
ヨドの真意を図りかねたルクソニアは、ぷうっと頬を膨らませた。
「そんな言い方をするのはずるいわ、ヨド。
わたしがあなたのこと大好きだって、もう知っているでしょう?」
上目使いで物言いたげにヨドを見るルクソニアに、彼は一瞬驚いたように目を見開くと、ポツリと呟いた。
「ーーあなたは本当に、危ういな」
「危うい……?」
目をぱちぱちさせながら、ルクソニアはヨドをみた。
「敵が敵らしく、いつもあなたの前にわかりやすい形で現れてくれるとは限らない、ということだよ、ルクソニア嬢。
そもそも、敵味方というものもそう簡単に割り切れるものばかりではないだろう。
あなたが何を信じ、何を切り捨てて進むのかーー表面的な優しさだけで人を判断すると、不幸を招くぞ」
ルクソニアは潤んだ瞳でヨドをみつめると、唇をへの字にした。
「……それはヨドの予言なの?」
ヨドはふっと微笑みを浮かべながら、穏やかに言った。
「違うな。
あなたよりも少しばかり長く生きている者としての、ささやかな忠告だ」
ヨドは優しい微笑みを、ルクソニアに向けた。
「……予言じゃないなら、聞かないわよ。
そもそもわたし、ヨドに協力するとさっき約束をしたもの」
プイッと顔を横に背けるルクソニアに、ヨドは耐えきれずに声をたてて笑った。
「もう、何で笑うの?
わたし、とっても真剣なのよ!」
握りこぶしをつくって、ルクソニアはプリプリ怒る。
「これは失礼した、ルクソニア嬢。
ーーこんな私を、あなたは信じてくれるのだろうか」
「信じているから、協力すると言ったのよ。
私からみたヨドは、とても悪い人には思えないもの。
それにさっきだって、ワンちゃんからわたしを守ってくれたでしょう?」
「あれは不可抗力だ」
楽しそうに笑うヨドとは対照的に、ルクソニアの頬はみるみる膨れていく。
「でもわたしひとりだったら、今頃きっと恐ろしいことになっていたわ。
命の恩人を疑うような恥知らずな真似、わたしはしないのよ。
それともヨドは、疑ってほしいの?」
ルクソニアはヨドを窺うように、ジーっと見つめた。
「……そう聞こえるだろうか?」
ヨドは困ったように微笑んだ。
「違うの?」
ルクソニアのまっすぐ澄んだ目が、ヨドを映す。
「ーー私は。なるべくあなたには公平でありたいと、そう思っているだけだ」
「公平?」
キョトンとした目で聞き返すルクソニア。
「どうやら私も、あなたと時間を共にしていくなかで、情というものがわいたらしい」
「ヨドもわたしのこと、大好きだって思ってるってこと?」
ルクソニアの期待に満ち溢れたきらめく瞳が、ヨドを映した。
ヨドは少し考えた後、ポツリと言う。
「私はあなたのよき友人になりたいと、望んでいる。……それではダメだろうか」
「大好きって、言ってはくれないのね」
むくれるルクソニア。
「そうなんでもかんでも言葉にしてしまうのは、情緒に欠けると思わないか?
ルクソニア嬢」
目を見張るような艶のある微笑みを浮かべ、ヨドはルクソニアをみつめた。
それを見たルクソニアの顔が、徐々に赤く染まっていく。視線を落とし、ドレスの裾をぎゅっと握るルクソニア。
「ずるいわ、ヨド。
そんな顔されたら、わたし、もうなにも言えないじゃない……」
ルクソニアは照れ隠しに拗ねてみせる。
ヨドはふわりと笑って言った。
「なるほど。
ルクソニア嬢の口を封じたい時には、この手を使うと有効か……」
膨れていくルクソニアの頬を見て、ヨドは声をあげて笑った。明るく笑うヨドにつられて、ルクソニアも我慢できずに笑ってしまう。
ふたりの間に、穏やかな空気が流れる。
魔獣を倒した安心感からだろうか。
ふたりは気づけないでいた。
ものすごい速さで、ふたりに近づく存在に。
ルクソニアの背後にある茂みが、荒々しく揺れた。
ザッーー
茂みから猛スピードで飛び出したのは、大きな黒い影。
「ルクソニア嬢……!」
青い顔をしたヨドがルクソニアの名を呼びながら、必死に彼女へ手を伸ばす。
ただ事ではないと悟ったルクソニアは、勢いよく振り向き、背後へと手を伸ばした。
数メートル先の空中へと、握りこぶし大のバリアをはる。
これは彼女がとっさにとった、無意識の自衛本能であった。
バチンッ
ルクソニアの目の前で、小さな火花が舞った。
バリアになにかがぶつかり、弾けた音。
バランスを崩し、宙を舞う影。
その正体を見て、ルクソニアの瞳が大きく見開かれた。
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