エピソード1-7 広がる波紋
その頃、丘の上にある古城の庭では、ルクソニアの家庭教師であるエドガーが地図を片手に
(大方の場所は潰したけど、お嬢らしきものは出ず、か。……これはいよいよ、不味くなってきたな)
地図を持つ手に力が入り、くしゃりと嫌な音を立てる。
(いま当たってる場所がダメなら、残りは1ヶ所。城壁から大きく西へそれたルート。よほどの方向音痴じゃないと通らない場所だし、ここには行ってないと踏んで最後にまわしたんだけど……予測が甘かったか?
最悪みつからない場合に備えて、いくつか対策を考えといた方がいいかもしれない)
エドガーは空いている手で頭をガシガシかきながら、×印が踊る地図を
ブウンと音を立てて、アンが転移ゲートから出てくる。
それに気づいたエドガーが地図から顔を上げ、彼女へと視線を移す。
「お帰りっす。首尾はどうっすか?」
泣きぼくろが印象的なメイドは、ため息をついて言った。
「8ヶ所よ」
「どこっすか?」
エドガーは泣きぼくろが印象的なメイドの側に駆け寄り、地図が見えるように身を寄せた。
「こことここ、それからここと……」
泣きぼくろが印象的なメイドは地図を指で指しながら、該当箇所をエドガーに伝えた。
それに合わせてエドガーは地図にペンを走らせながら印をつけていく。
「8ヶ所なら、ギリ一斉に探せる数っすね。……何ヵ所かは魔獣の徘徊エリアになってるっすけど」
「さらっと不吉な事を言わないで下さいっ、エドガー先生!
……私、魔獣とか相手に出来ませんよ?」
上目使いでエドガーをにらむアン。エドガーはそれをさらりと無視して、冷めた目で地図を見ながらこう言った。
「魔獣の脳を震動させて、
続けてエドガーは鋭い目付きをし、確信を持った声で言い放つ。
「ーーむしろアンさんは、一番安全に魔獣倒せる
ゴリラとしての自覚を、もっと持ってもいいと思うっす!」
エドガーのみぞおちに、泣きぼくろが印象的なメイドの
「げふ!」
みぞおちを押さえ、地面に崩れ落ちるエドガーと、氷の微笑みでそれを見下ろす泣きぼくろが印象的なメイド(ゴリラ属性)。
悶えるエドガーの視界の端に、上下に揺れるピースサインが映る。
エドガーは震える手で縮小したゲートに手を伸ばし、魔力を流して、その幅を人一人通れる大きさに拡げた。
ゲートからメイドのメアリが出てくると、地面にうずくまるエドガーを見て呆れた顔をした。
「また何か余計なこと言ったんですね、エドガー先生……」
泣きぼくろが印象的なメイドが地面にうずくまるエドガーを無視して、メアリに声をかける。
「そちらもダメだったのね……」
「そうなんですよー!
ただの魔獣だったんで、こっそり木の影に隠れてやり過ごしたんですー!」
ブンブン握りこぶしを上下に振りながら、メアリが熱弁する。
それをなだめながら、アンが説明した。
「次の場所で最後になるけど、該当箇所が8ヶ所あるから、私も一緒に探すことになったわ」
脇腹を押さえ地面から立ち上がりつつ、エドガーはメイドにキリリとした顔で言った。
「アンさん一番ゴリラなんで、一番キツイ所に行ってもらうことになったっす……!」
「エドガー先生……?」
氷の微笑みを浮かべ、エドガーに無言の圧力をかける泣きぼくろが印象的なメイド。
メアリは、それを必死でなだめた。
それから10分後。
捜索メンバーが全員、庭に戻ってきた。地図を中心にして頭を付き合わせて円になり、エドガーの指示を仰ぐ。
地図を指差しながら、エドガーが各人
「……って感じっすね、配置は。
とはいえこのポイントは念の為にまわるだけなんで、まあ、無駄足前提で動くことにはなるっす。
魔獣の縄張り付近を探索する事になるんで、行動は慎重に。ヤバそうなら無理せず、引き返してきてほしいっす」
庭師のハイドがアゴに手を当て、地図を見ながらエドガーに聞いた。
「この配置じゃ、ちとアンちゃんの負担が大きすぎやしねぇか?
下手したら、魔獣の群れに突っ込む形になんぞ」
エドガーはしれっとそれに返した。
「あー、まぁ。十中八九、魔獣の群れには突っ込むことになるっすねー」
エドガーの発言に、筋肉もりもりな庭師のハイドは衝撃を受けた。
「いや、あんた鬼かよ!
アンちゃんみたいな華奢な女の子を魔獣の群れん中に放り込もうなんざァ、どうかしてるぜ!!」
おだんご頭のメイド・メアリも、それに同意する。
「そーですよぉ!
いくらなんでもアンさんに対して酷すぎます、エドガー先生!
こーいう危ないところは、男の人に行ってもらうべきですーっ!」
プンスコ怒るメアリを無視して、エドガーは地図から目をそらさずに淡々と言った。
「配置がえはしないっすよ」
エドガー以外のメンバーがどよめく。
皆がドン引いている空気を察したエドガーは、地図から顔を上げ、はあ……と大きくため息をつくと渋々説明を始めた。
「なんか俺が悪者みたいな空気になってるけど、別に嫌がらせでここに行けって言ってる訳じゃないっすからねー」
「じゃあどういうつもりか、説明していただけます? エドガー先生」
凄みのある微笑みを浮かべるアン。
「俺が行ったっていいんだぜ?」とアンを援護する、ハイド。それを見て、エドガーは冷めた目でボソッと言った。
「……ハイドさんは地面カチ割るしか能がないっしょ」
「あぁん!?」
エドガーの襟首を掴み、眉根を寄せて凄むハイド。顔に若干の冷や汗をかきながら、エドガーは冷静に、それに対応する。
「アンさんに行ってもらう場所は、ウォーウルフが徘徊してるエリアっす。
ウォーウルフは中型魔獣で、集団で狩りをする習性がある。
ハイドさんの地属性魔法は、土に伝わった衝撃を倍の威力にして伝える力っすけど、それだと小規模全体攻撃しか出来ないんすよ。
余裕でウォーウルフの射程圏内に入っちゃうんで、かじられますよ、フツーに。
アンさんなら遠距離広範囲攻撃が可能なんで、メンバーの中では一番安全パイ。変にぶりっ子しなけりゃ、余裕で対処出来るはずっす」
ハイドは少ししょんもりしながら、襟首を掴んでいた手を離した。
「ほらー。
アンさんが駄々をこねるから、士気が下がったじゃないっすかー」
「わ、私が悪いんですか……!?」
アンは、不服そうに声をあげた。
「わざわざ落ち込ませないよーにぼかしてたのに、それを掘り返したのはアンさんのせいっすよ」
エドガーは物言いたげに、泣きぼくろが印象的なメイドを見た。
「うっ……、そ、それは私だけのせいじゃ……」
エドガーは生暖かい微笑みを浮かべ、言った。
「いい加減、本性がゴリラだって認めた方が楽っすよ?」
その瞬間、庭の空気が凍った。
「エドガー先生、私、ゴリラじゃありません。」
顔に微笑みを張り付けて言うアン。
「
筋肉ムキムキなハイドさんより、攻撃力が高いゴリラだって事はもう周知の事実なんすから、今さら隠すこともないでしょ?
自信をもって!」
エドガーはとても良い笑顔で、顔の横で握りこぶしを作る。
「も、もーエドガー先生、言いすぎですよー!」
不穏な空気を察したおだんご頭のメイドが、慌ててフォローに入る。
「そーだぜ、先生!
こんな美人さん、ゴリラ扱いしちゃ可哀想ってもんだ!」
チラチラ泣きぼくろが印象的なメイドの顔を見ながら、筋肉もりもりな庭師がそれに続く。
そんなフォローも空しく、エドガーはしれっと爆弾を落した。
「俺、非常時に能力あるのに出し惜しみする奴って、普通にムカつくんすよねー」
エドガーは地図を懐にしまうと、無言で泣きぼくろが印象的なメイド・アンの目を見つめた。
無遠慮に刺さるエドガーの視線に、アンは耐えきれずに叫んだ。
「もうっ……! わかりました!
行けばいいんでしょ、行けばッッ!」
エドガーは、ニッコリ笑顔を作って言う。
「理解が早くて助かるっす」
周りを取り囲んでいた他のメンバーは、ふたりのやり取りを見て、生きた心地がしなかった。
「まあでも、行っても99%、無駄足になると思うっすけど。」
アンの笑顔が、ひきつった。
「む、無駄足なら行っても意味がないなーって、私は思うんだけどなー?」
お団子頭を傾けながらメアリが、チラチラとアンの顔色を窺いながら言った。
「無駄足だという事を確認するために、無駄足を踏んでもらうんすよ。
ここで何も出なければ、捜索範囲を広げなきゃならないし、そうなってくるとお嬢様単独での移動範囲を越えることになるんで、誘拐の可能性が出てくるっす。
うかうかじゃれあってる場合じゃ無くなるっすよ」
「ゆ……誘拐!?」
メアリが、ひっくり返った声を出す。皆が一斉に、エドガーを見た。
「ゆ……誘拐ってそりゃあ、ちょっと飛躍が過ぎるんじゃあねェか?」
少し緊張した顔をするハイド。
「そ、そうですよ!
城には私たちも居たんですし……そんな……」
アンの声がしゅるしゅるとしぼんでいく。
「ありえない話じゃないっすよ。
現に皆さん、お嬢様が居なくなったの、気づかなかったじゃないっすか。
「ううー、そこ、いま突いちゃいますぅ?」
苦々しい顔をするメアリ。
エドガーが片手で頭をガシガシかきながら、眉間にシワを寄せる。
「まー、そこに関しちゃ、俺も人のこと言えないっすよ。敷地の外に出した時点で、連帯責任っすわ」
メアリが手を挙げた。
「あ、あの! しつもーん!」
「なんっすか」
「お嬢様を、誘拐する意味がわかりません!」
キリッとした顔で、メアリが聞いた。エドガーは少し間をおいたあと、小さくため息をつく。
「ちょっ、なんですか、その反応ー!」
エドガーはぷりぷり怒るメアリを適当に受け流しつつ、生暖かい眼差しで言った。
「……本音を言わないだけ、俺は優しいと思うっすよ?」
おだんご頭のメイドに、衝撃が走る。
「まーでも言われてみりゃあ、なんでうち?ってのはあるよなァ。
追っ手の目をかいくぐり、森のなかで子供を抱えながら魔物を倒しつつ誘拐を実行するってぇのは、かなり骨が折れる作業だぜ?
普通はもっと金があって、権力があって、楽に誘拐出来る貴族の子を誘拐するだろ」
ハイドの意見に、アンも同意した。
「確かに……普通だとありえないチョイスよね、面倒くさいもの」
それを聞いたエドガーは、眼鏡を光らせ、中指で位置を調整しながら確信をもって言った。
「通常時ならそうっすね。
ーーでも今は、王立選の準備期間っすよ?」
エドガーを取り囲むメンバーに、緊張が走る。
「ど、どういう意味ですか……?」
メアリが、おずおずとエドガーに聞いた。
「小規模だろうが、辺境の地だろうが、うちも貴族の端くれって事っすよ。
少しでも支持を得たい輩が、強行手段を取らないとも限らない」
メアリが、ごくりと唾を飲み込んで聞いた。
「な、なんかその言い方だと、心当たりがあるっぽく聞こえるんですけどぉ……」
「そう聞こえるっすか?」
エドガーはニコッと笑った。
「聞こえますね……」
副メイド長のアンが、先を促すように同意する。
「エドガー先生、もったいぶらずに教えてくれたっていーじゃねェか」
庭師のハイドが、しびれを切らして言った。
「あくまで可能性の話なんで、ここだけの話にしてほしいんすけど……」
「けど!?」
エドガーの言葉に、おだんご頭のメイドが勢いよく食いついた。固唾をのみ、エドガーの次の言葉を待つ。
エドガーはボソッと小さな声で呟いた。
「例えば、なんすけど。
……青の王子の陣営……とかだと、うちみたいな辺境貴族の支持でも、喉から手が出るほどほしいんじゃないっすかね。ーーそれこそ、誘拐を企ててでも。」
エドガーの衝撃的な発言に、皆、言葉を失う。
沈黙を破ったのは、お団子頭のメアリだった。青い顔をして、震える声で叫ぶ。
「そ……そんなっ!
青の王子の陣営が、お嬢様をさらったって事ですか!?」
エドガーはメアリをまっすぐに見据えて、落ち着いた声で言った。
「ーーあくまで可能性の話っすよ」
動揺しまくりながら、メアリがひっくり返った声を出して言う。
「かっ、可能性があるってことはー、そうかもしれないって事ですよね!?」
「誘拐の可能性が高くなれば、あるいは、という話っすよ。確証があるわけでもないし、話半分以下で聞いてほしいっすね」
泣きぼくろが印象的なメイドが、胸元に手を当て、真剣な面持ちでエドガーを見た。
「でも……、その可能性もゼロじゃないと考えておいた方が良いということですよね?」
エドガーは地面に視線を落とすと、ポツリと呟く。
「ーーそうでないことを、祈るしかないっすねぇ」
エドガーの言葉に、皆が沈黙した。
「まあでも!
まずはお嬢様が、魔獣にしゃぶられてないか確認するところからっすね!」
エドガーは努めて明るくそう言うと、重い空気を払うようにパンッと軽く手を叩いた。
「そ、そうですよねー!
まずは残りの確認作業を終えてから考えたらいいですよねー?」
メアリが、ぎくしゃくしながらもそう言った。
「お、おう。まずはさっき言ってた場所を確認しないとだな!」
ハイドが、ひきつった笑みを浮かべながらそれに同意する。
「そ、そうよね、まずは魔獣よね!」
アンも、両手を合わせて、それに乗っかる。
「じゃー転移ゲート出すんで、皆さん、キリキリ無駄足踏んできてくださーい」
エドガーは前に手をつきだし、複数の転移ゲートをそれぞれの背後に、同時に出現させた。エドガー以外のメンバーが、無言で目配せをして頷く。それぞれが静かに、決意を胸に抱き、転移ゲートの中へと入っていった。
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