エピソード1-6 各王子の人物像

 それを聞いたルクソニアは、笑顔でヨドに言った。


「それならぜひ、ヨドのお話を聞きたいわ!」


 ルクソニアは期待に満ちた眼差しで、ワクワクしながらヨドの言葉を待つ。


「まずは一番年上である、赤の王子の話をしようか。ルクソニア嬢」


「赤の王子様の話ね!」


 嬉しそうに言うルクソニアに、ヨドは笑みをこぼした。


「ルクソニア嬢。

 この国には3人の妃がいることは知っているだろうか」



 ルクソニアは静かに首を横に振った。


「いいえ、知らないわ。

 王妃様が3人もいるなんて、王様は欲張りなのね」


 不満げに頬を膨らませるルクソニアに、ヨドはふわりと笑った。


「王を擁護するわけではないが、すべて政略結婚なんだよ、ルクソニア嬢」


「……政略結婚?」


 ルクソニアは頭に疑問符を浮かべ、首をかしげる。


「利害だけで結婚したということだ」


 それを聞いたルクソニアは、しゅんとしながら上目使いでヨドを見た。


「そこに愛はなかったということ?」


「残念ながら、そこに愛は生まれなかったようだ」


 ヨドは少し困ったように微笑むと、話を続けた。


「現国王である虹の王は、国一番の腕をもつ魔法騎士の裏切りを恐れ、その娘と政略結婚をした。赤の王妃と名付けられた彼女は、虹の王との間に子を作る。それが赤の王子だ」


 それを聞いた瞬間、ルクソニアの表情が明るくなった。


「赤ちゃんが生まれたなら、ふたりの間に、愛は生まれたんじゃないかしら!」


 きらめく瞳でヨドを見るルクソニアに、ヨドは申し訳なさそうに微笑んだ。


「ルクソニア嬢。

 残念ながらそんなに簡単には、愛は生まれないものなんだよ」


 それを聞いたルクソニアは、不満げな視線をヨドに送る。


「愛がないのに子供を作るのは、悲しいことだわ。赤の王子は、きっとさみしい思いをしたんじゃないかしら」


 ヨドは優しい微笑みを、ルクソニアに向けた。


「ルクソニア嬢、あなたは優しい心根の持ち主だ。赤の王子も、それぐらい可愛いげがあれば良いのだが……」


「どういうこと?」


 ルクソニアは目をぱちぱちさせて、ヨドをみた。


「残念ながら、彼はそんな事で傷つくような人柄ではない、という話だ」


 ルクソニアは頭に疑問符を浮かべ、首をかしげた。


「彼のまわりにいる人間は、みな彼をこう評価する。逆らうものには容赦はしない、冷血無慈悲な王子だと」


 ルクソニアは不安げにヨドをみて、聞いた。


「赤の王子は、こわい人なの?」


 ヨドはふわりと優しい微笑みを浮かべて言った。


「彼はね。目からビームが出せると影で言われてしまうほど、目付きも鋭く、顔つきも恐い。きっとルクソニア嬢が会ったら、泣いてしまうのではないだろうか」


「そ……そんなにこわい人なの?」


 今にも泣き出しそうな瞳で、ルクソニアはヨドを見つめた。


「気安くはないだろうね。

 彼が本気を出せば、炎魔法で街をひとつ、更地に出来ると言われているし」


「更地に……?」


 ルクソニアの顔がみるみる青くなった。


「そう、更地だ。怒らせてはいけない」


 ルクソニアは真剣な目で頷いた。


「賢明な判断だ、ルクソニア嬢。

 赤の王子は、幼い頃から戦場を駆け回り、数々の功績をあげてきた。そんな彼についたあだ名は、『虐殺王子』」


「虐殺……王子……!」


 ルクソニアは衝撃を受けた。


「赤の王子が次期王になってしまったら、戦争は激化するだろう、彼は戦争推進派だから。


 それを恐れて、黄の王子につく貴族も多い」


「黄の……王子様」


 ルクソニアは確かめるようにぽつりと呟くと、上目使いでヨドを見た。


「その王子様は、優しい人?」


 ヨドはふわりと笑った。


「女性には・・、とても優しい方だ」


 ルクソニアの頭に、再び疑問符が浮かんだ。


「それって、男の人には厳しいということ?」


 ヨドは静かに、首を横に振った。


「女性以外の事柄に全く関心がない、という意味だよ。ルクソニア嬢」


 ルクソニアは、キョトンとした顔でヨドを見た。ぽかんとしているルクソニアに、ヨドは微笑みながら追い討ちをかける。


「女性にしか興味がない、といった方がわかりやすいだろうか」


 ルクソニアは、眉間にシワを寄せた。


「それは……とてもナンパだということ?」


 ヨドは大きく頷いた。


「残念ながら、とても女性好きだということだ、ルクソニア嬢」


 ルクソニアは再び、衝撃を受けた。


「しかもただの女性好きではない。

 自身が住まう黄の宮殿で侍女らの尻を追いかけ回し、総辞職させるに至ったほどの無類の女性好きだ。それ以降、黄の宮殿に女性が出入りできなくなった」


 ルクソニアは頭を抱えた。


「他にも、やるべきことを投げ出して街へと繰り出し、派手に酒盛りをしたり、娼館に入り浸ったりと、とにかく目に余る問題行動を多々起こしている。

 ついたあだ名が、『バカ王子』」


 ルクソニアはごくりと唾を飲み込み、真剣な眼差しで言った。


「バカ……王子……!」


「そう、バカ王子だ。

 虹の王が、王族としての自覚をつけさせるために、何度か強制的に戦場へ送ったほどだ。あまり使い物にはならなかったようだが」


 ルクソニアは目をぱちぱちさせた。


「どういうこと?」


「彼はこの国では珍しい治癒魔法の使い手で、戦場でも活躍を期待されていた。


 しかし彼は血を見るのが苦手だった。


 戦場での惨事を目の当たりにし、ガタガタ震えるだけで役に立たなかったと聞く。


 黄の王子は極力血を見ないようにするために、出来るだけ離れて魔法をかけるようになり、その結果として広範囲に治癒魔法をかけられるようになったらしい」


 ヨドの言葉を聞き、ルクソニアはパアッと笑顔になった。


「それは素敵ね!

 たくさんの人を助けられるわ!」


 ヨドは儚げな微笑みを、ルクソニアに向けた。


「そう、皆も思っていた。

 虹の王も彼の活躍を期待し、ドンドン戦場へと送り出した」


 ルクソニアはしゅんとしながら、ヨドをみた。


「それは少し可哀想ね」


 ヨドはルクソニアに優しく微笑みかけた。


「ルクソニア嬢。

 黄の王子が、大人しく戦場へと赴くとでも?」


「お……赴かないの?」


 ルクソニアは窺うように、ヨドをみた。


「それはとてもよく、脱走した。

 行軍の途中で脱走し、す巻きにされて、荷物と一緒に荷台で戦地へ運ばれたこともあると、耳にしたこともある」


 ルクソニアは衝撃の事実に、意識が飛びそうになった。


 ヨドはとても良い笑顔で、ルクソニアに聞いた。


「他にも黄の王子には表には出せない数々の逸話があるのだが、話した方がいいだろうか。ルクソニア嬢」


 ルクソニアは頭に手をおき、青い顔をして言った。


「聞きたくないわ。

 もうお腹一杯よ、ヨド。


 どうしてそんな黄の王子様につこうとする貴族がいるのかしら」


「それは先ほども話に出てきた、利害関係が絡んでいる」


 ルクソニアは、目をぱちくりさせてヨドをみた。


「利害関係……?」


「黄の王子の母親・黄の妃は、今現在戦争をしている国の姫だ。


 彼を王座につけ相手国に停戦を申し込みたい穏健派や、バカな黄の王子を利用して甘い蜜を吸いたい悪い貴族らが、彼のまわりに群がり王にしようと目論んでいる。


 そしてそれら有象無象を裏で操っているのが、黄の妃だ」


 ルクソニアは真剣な目で、呟いた。


「黄の妃……」


「そう、黄の妃だ。

 彼女は非常に頭が切れる。


 黄の陣営が日に日に勢力を拡大しているのも、彼女が裏で暗躍しているからだと言われている」


「こわい人なのね、黄のお妃様……」


 視線を落とすルクソニア。


「勢力としては、恐らく黄の陣営が一番多いだろう。次に多いのが赤の陣営。この二つの陣営が、拮抗きっこうした力を有し、争っている。


 そしてあまり貴族に支持されていないのが、青の王子率いる青の陣営だ」


 ルクソニアはおずおずと上目使いで、ヨドに聞いた。


「青の王子様は、どうして貴族に支持をされていないの?」


 ヨドの瞳が、悲しげに閉じられた。


「それは彼が幼いころに黄の妃の計略にはまり、王族殺しの企てをしたとして、まわりの信用を失ったからだ。


 青の妃がその責任を負い処刑されたが、それでも日増しに彼への風当たりは強くなっていき、遂には王宮を追い出されてしまった。


 まわりにいた人間もクモの子を散らすように去っていき、彼はすべてを失ってしまう。


 青の王子が貴族に支持されていないのは、そういった理由だ」


 ルクソニアはそれを聞き、唇をきゅっと噛むと、今にも泣き出してしまいそうな瞳でヨドを見る。ヨドは穏やかに微笑むと、ぽつりと言った。


「ルクソニア嬢。

 あなたまで悲しむことはない」


 ルクソニアの瞳が涙でにじんでいく。


「だって、とても悲しいのよ」


 ルクソニアはポロポロと涙を落としていく。ヨドはそっとルクソニアの頬に触れると、優しく涙をぬぐった。


「彼のために涙を流してくれてありがとう、ルクソニア嬢」


 ヨドは悲しげで優しい微笑みを、ルクソニアに向けた。ルクソニアの瞳が、揺れる。


「ねえヨド。

 青の王子様はいま、どうしているの?」


「田舎町の古城に居を移し、細々と暮らしているよ。……とはいえ、ただ泣き寝入りしているわけではないが」


 ヨドがふと笑みをこぼす。


「どういうこと?」


 潤んだ瞳で、ヨドを見つめるルクソニア。


「ただでは転ばないタイプなんだよ、彼は。自身の境遇を嘆き、絶望するようなタマじゃあない」


「それって、田舎で前向きに頑張っているってこと? とても素敵なことだわ!」


 満面の笑顔になるルクソニア。


「前向き……というと語弊ごへいはあるが、青の王子が虎視眈々と、未来に向けて準備をしてきたのは確かだ」


 それを聞き、ルクソニアは眉間にシワを寄せて不満げに言った。


「……なんだか含みのある言い方をするのね、ヨド」


 ぷくーっと頬を膨らませて、ジーっと物言いたげにヨドを見るルクソニア。ヨドは少し困ったように微笑んだ。


「ルクソニア嬢。

 夢を見ているところ申し訳ないが、彼は3人いる王子の中でも抜群に性格が悪い。


 一部の人間が彼を救世主だと崇めてはいるが、それがとんでもない誤解であることを、私はよく知っている」


 ルクソニアはキョトンとした顔でヨドを見た。


「どういうこと?」


「彼は自身の陣営に、この国では卑しい身分とされている無能力者や獣人、奴隷の中から有能な人材を拾い上げ、積極的に起用をしている。それは人間らしい生活を奪われ、隷属れいぞくするしかなかった彼らにとって、願ってもない奇跡ともいえる行いだ。


 しかし実際のところは、悪評のせいで人が集まらず苦肉の策として起用したに過ぎない」


 ルクソニアは目をパチパチした後、少しすねた。


「たとえ事実がそうだったとしても、実際に感謝している人がいるんでしょう?

 なら、結果オーライじゃないかしら」


 ヨドは儚げに微笑むと、ルクソニアを諭すように言った。


「ルクソニア嬢。

 毎回無理難題を突きつけては、部下を酷使するような人間でも、同じことが言えるだろうか」


「えっ?」


「労働環境としては、青の陣営は最悪だといえる。人手がないのはもちろんだが、労働環境を悪化させている一番の原因は、魔法が使えないのに魔法が使える者と同じだけの成果を、青の王子が部下に求めるからだ。


 かくいう私も、長旅の果てに森を歩かされた挙げ句、事前連絡なしであなたのお父上と会い、交渉しなければならない。


 ……我々の苦労を察してくれるだろうか、ルクソニア嬢」


 ルクソニアはぽかんとした顔で、ヨドを見た。ヨドは遠い目をしていた。


「……ヨドは青の王子様の部下なの?」


「意外だろうか?」


「意外というか……その、中立だと思っていたの」


 ヨドは寂しげに微笑んだ。


「幼い王子をひとりで、王宮から去らせるわけにはいかないだろう?」


 ルクソニアははっとした顔をして、ヨドを見た。まだ見ぬ青の王子の幼い背中を想像し、ルクソニアは胸を痛める。


「ヨドは優しいのね。

 きっと青の王子も、あなたがついてきてくれて感謝していると思うわ」


 そう言ってルクソニアはニコッと笑う。それを見たヨドも、つられてクスッと笑った。


「彼はそんな殊勝な性格ではないよ、ルクソニア嬢。

 賢いがわがままで、人を困らせるのが何よりも好きな、困った方だ」


 ヨドはふわりと微笑んだ。


「それでもヨドは、青の王子様のことが好きなんでしょう?

 嫌いならそばにはいないもの」


 ルクソニアはニコニコと、ヨドをみつめている。ヨドは返答の代わりに、優しい目をして微笑んだ。


「他の人達もね、きっとヨドと同じだと思うの。だからきっと、頑張れるんだわ!」


 満面の笑みで言い切るルクソニアを微笑ましく思いながら、ヨドは言った。


「皆が青の王子と共に団結して頑張る事が出来るのは、きっと彼に期待をかけているからだろう」


「期待?」


 目をパチパチしながら、首をかしげるルクソニア。それを見てヨドはふわりと笑う。


「彼が王立選に出られるのは、青の妃の故郷である獣人の国との戦争を、無血で停戦させたからだ」


「無血で停戦……?」


 ルクソニアの頭に疑問符が浮かぶ。


「簡単に言えば、血を流さずに、戦争を一時的に停止させたということだ。


 彼は自分の母親の故郷と、戦争をするつもりはなかったからね」


 ルクソニアは少し戸惑いを見せた。


「……どうして戦争になったの?

 お妃様が身分の低い獣人だったから?」


 ルクソニアは、窺うようにヨドを見る。


「ルクソニア嬢。青の妃が処刑されるまでは、獣人にも対等な人権が保証されていたんだ。


 しかし青の妃が処刑されたことで関係が悪化し戦争に発展した結果、差別が生まれた」


 ルクソニアはしゅんとして、視線を落とした。


「それはとても悲しいことね」


「この国も青の妃を処刑した手前、引くに引けなくなった所もある。その結果、戦争になったのだから、実に愚かしい行いだ」


 ヨドは眉間にシワを寄せた。


「だから青の王子様は、戦争を止めたの?」


 ヨドはふわりと寂しげに微笑んだ。


「それが青の妃の、願いでもあったからな」


「青のお妃様の……願い。

 とても優しい方だったのね」


「とても美しく、平和を愛する方だった。


 だからこそ青の王子は、戦争を無血で停戦させるという奇跡を起こさねばならなかったんだ。


 戦争一辺倒だったこの国に、戦争をしないという新たな解決策を示す為に」


 ルクソニアの瞳がきらめいた。


「青の王子が目指しているのは、戦争のない世界なの?」


 ヨドはクスリと笑った。


「なかなかの無理難題だろう?

 魔法も使えないただの人の寄せ集めで、彼はそれを成そうとしている」


 ルクソニアはごくりと唾を飲み、真剣な目でヨドに聞いた。


「実現……できるのかしら」


 ルクソニアはドキドキしながら、ヨドの言葉を待った。


「奇跡を起こす力はあると、私は思っている。だからこそ今、それを助けてくれる仲間を募集中だ。


 今からあなたのお父上も口説きにいく。

 協力してくれるだろうか、ルクソニア嬢」


 軽くウインクをするヨドに、ルクソニアは満面の笑顔で答えた。


「わたしで良ければ喜んで協力するわ、ヨド!」


 それを聞いて、ヨドは優しく微笑んだ。

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