エピソード1-5 王立選
エドガーが、庭でみぞおちに重い一発を食らっている頃。ルクソニアは、森の中をヨドと並んで歩いていた。
山歩きに不向きな革靴を履き、不馴れな砂利道を長時間歩いていたルクソニア。
体力はとうに限界を越え、気力だけで歩いていた。ヨドに置いていかれないよう、必死に隣を歩く。
「ルクソニア嬢、顔色が悪いな。
そろそろ休憩にしようか」
ヨドの提案に飛び付きたい気持ちをおさえ、ルクソニアは首を横に振った。
「大丈夫よ、ヨド。わたし、まだ歩けるわ」
大人ぶりたいルクソニアは、強がってヨドに笑顔を向けた。子供だからこそ、ヨドの足を引っ張りたくはなかったのだ。ルクソニアは、大人と同じくらい自分はできるのだと、彼に示したかった。
「ルクソニア嬢。
少し、大切な話をしようか」
そんな彼女の強がりを見抜いていたヨドは、ルクソニアの肩に手を置き、歩を止めた。
つられて歩みを止めるルクソニア。ヨドはルクソニアの体を自分の方へ向けると、視線を合わせるようにその場にしゃがんだ。
「ルクソニア嬢。
頑張るということは、無謀なことや、無理をすることではないんだよ。
この森は魔獣も沢山いるし、休めるときに休んでおかないと、いざというときに困ることになる。賢い君なら、それがわかるだろう?」
ルクソニアは静かに頷いた。
「とても賢明な判断だ、ルクソニア嬢。
……それにね、私も歩き通しで、少し疲れてしまった。
休憩を入れてくれると、大いに助かる」
そう言ってヨドはふわりと笑った。
ルクソニアは目をパチパチした後、声をあげて笑った。大人が素直に、子供である自分に弱味を見せてくれたことが嬉しかったのだ。
ひとしきり二人で笑った後、そばにあった木の根本に腰を掛け、ふたりは休憩をすることにした。
「ねえ、ヨド。
ヨドは色々な場所を旅してきたのでしょう?
森の外のお話、ぜひ聞かせて!」
興味津々に目を輝かせながら、ルクソニアは聞いた。ヨドは無邪気なルクソニアの様子に笑みをこぼす。
「私が話せる範囲の事でよければ、喜んで。
あなたは、何について知りたい?」
ルクソニアは少し考えた後、満面の笑みを浮かべた。
「わたしと同じくらいの子供が、森の外でどんな生活をしているか、知りたいわ。
お城には子供がいないから、わたし、同年代の子供とお話ししたことがないの。
だからとーっても、気になるわ!」
ルクソニアは身をのりだし、期待に満ち溢れたきらめく瞳でヨドをみた。
ヨドは少し困ったように微笑むと、ルクソニアに質問をした。
「ルクソニア嬢。
あなたは、どんな子供の話が聞きたいのだろうか。
子供とひとくくりに言っても、色々な立場の子供がいる。
あなたと同じ、貴族の子供。
街で暮らす、平民の子供。
魔法が使えず、奴隷として働く子供。
戦争で親を亡くして、生計を立てるために働く子供。
この国には、実に様々な立場の子供がいて、それぞれが懸命に今を生きている。
あなたが聞きたいのは、どんな子供の話だろうか」
ヨドの思いがけない質問に、ルクソニアは言葉を失った。なにも知らないということは、こんなにも恥ずべき行為なのだと、身をもって実感してしまう。ルクソニアは顔に熱が集まるのを感じながら、スカートをぎゅっと握りしめた。何を聞けばいいのか、何から聞けばいいのか悩んだ後、ゆっくり言葉を選ぶようにして話始めた。
「……ごめんなさい、ヨド。
わたし、本当にこの国のことを知らないんだと、いま思い知ったわ。
安易に尋ねてしまったことを、許してほしいの。わたし……自分の国が戦争をしているなんて、思いもつかなかったのよ」
今にも泣き出しそうなルクソニアの頭を、ヨドは優しく撫でた。
「ここは戦禍から遠い場所。
あなたが知らなくても、無理はない」
「でも……自分の国の話よ。知っておくべきだわ」
ルクソニアは、震える唇でヨドに聞いた。
「ねえ、ヨド。
戦争はまだ……続いているの?」
ルクソニアは祈るような気持ちで、ヨドをみた。ヨドは少し悲しげな微笑みを、ルクソニアに向ける。
「残念ながら、戦争はまだ続いているよ。
そういった意味では、今の国の状況はとても切迫していると言えるだろう。いつこの国が戦場になってもおかしくない状況だからね。
ギリギリで持ちこたえてはいるけれど、今後どう転ぶかは、私にもわからない」
ルクソニアは、泣かないように、ぎゅっと唇を強くかんだ。
「戦争」という言葉は、本を読んで知ってはいた。しかしそれがとても身近に起こっていることだとは、思いもしなかったのだ。
「そんな顔をするものではないよ、ルクソニア嬢。
今の王の代では戦争が終わらないかもしれないが、次代の王が国をおさめる頃には、世の中の流れが少しだけ変わるかもしれない。
希望をなくしてはいけないよ」
ルクソニアは澄んだ目で、まっすぐヨドをみて聞いた。
「次の王様が……戦争をなくしてくれるの?」
ルクソニアの瞳に、儚げなヨドの笑顔が映る。
「そうあってほしいと、私も願っている」
祈りにも似た言葉を、ヨドは噛み締めるようにつぶやいた。
「だからこそ私たちは、みずからの進むべき道を間違えてはいけないんだ」
強い意志を感じさせるヨドの瞳。
一陣の風が、ふたりの間を通り抜けていく。
「ルクソニア嬢。
この国はもうすぐ、変換の時を迎える」
「……変換の時?」
「新しい王を決める試験が、1年後に行われるんだ」
その瞬間、ルクソニアの目が大きく揺れる。
「それって……新しい王様に変わるってこと?」
ヨドは静かに、首を横に振った。
「次代の王を、皆で決める時が来たという話だ」
ルクソニアはヨドの言葉を聞き、頭に疑問符を浮かべた。
「それって、どういうこと?」
ルクソニアはこてんと首をかしげる。
「今までは任命制だったものを、変えるということだよ。
現国王である虹の王には、3人の息子がいる。その中から次代の王を一人、選ばなければならないが、誰が次代の王に相応しいのか、虹の王は見極めることが出来なかった」
「だから、みんなで決めるの……?」
「そう。皆が納得するかたちで、新しい王を選ぶために」
ルクソニアはその話を聞いて、無意識に胸元をぎゅっと握っていた。
心臓がドキドキしている。
ゴクンと唾を飲み込むと、ルクソニアははやる気持ちを抑えながら、ヨドに尋ねた。
「新しい王様は、どうやって決めるの?」
期待に満ち溢れた眼差しで、ルクソニアはヨドの言葉を待った。
「そうだな……君にも関係のある話だから話しておこうか、ルクソニア嬢。知っておいて損はないだろう」
「わたしにも、関係があること?」
ルクソニアの首が、今度は反対側に傾いた。
ヨドは静かに頷くと、話し始める。
「ルクソニア嬢。
国の税収は、領地をおさめる貴族が賄っているのは、知っているかい?」
ルクソニアは得意気な顔で頷いた。
「もちろん知っているわよ、ヨド。
わたしの先生……エドガーっていうのだけれど、毎月月末になると、いつも吠えているの。殺意がわくほど税金がたかーいって!」
「ふふっ、それは大変だね」
「そうなの。毎月とっても大変なのよ」
ルクソニアはふんすと鼻息を荒くしながら、ヨドに言った。少し得意気だ。そんなルクソニアの様子を見て、ヨドは笑みをもらす。
「その大変な額の税金は、王族が決めているんだ。ゆえに国王になるには、大多数の貴族の支持が必要になる」
「じゃあ、みんなに好かれている人が王様になっているということね!」
子供らしい素直な意見を言うルクソニアに、ヨドはふわりと微笑んだ。
「ルクソニア嬢のいう通り、王とは皆に支持され、人を導く器でないといけない。
それを見極めるために、1年後、王立選を行うことになった」
「王立選?」
「新しい王様を決めるための、試験みたいなものだよ」
ルクソニアは目をぱちぱちさせ、ヨドをみた。
「王様になるにも、試験がいるのね。
どんな試験を行うの?」
「気になるかい?」
ルクソニアは力一杯頷いた。
「だって、それで次の王様が決まるのでしょう? どんな内容か、気になるわ」
ヨドは穏やかな笑みを浮かべ、試験の内容を話し始めた。
「今から約1年後に、王都で3人の王子が、この国をどうしたいか演説することになっている。各貴族はそれを聞いて、どの王子を支持するか決めなくてはいけないんだ。
もちろんルクソニア嬢の家も、例外ではないよ」
ルクソニアは不安げな表情で、ヨドに聞いた。
「支持する王子様を決めたら、どうなるの?」
「3年という期限つきではあるが、支持した貴族の領土を、王子が国王の代理として支配することになる。部分的に国の統治をさせることで、それぞれの王子の王の資質を見極める材料にするんだ。
そしてその3年間の間に、より多くの者に支持され、国益を出した王子が、次代の王に即位する」
「それって、今までの生活がガラッと変わるかもしれないってこと?」
不安になったルクソニアは、ヨドのローブの裾を軽くつまんだ。
「支持する王子によっては、そうなるだろう。ルクソニア嬢は、不安だろうか」
ローブの裾を軽く引っ張りながら、ルクソニアはポツリと言う。
「……だってわたし、パパにもエドガーにも何も聞かされてなかったのよ。
それに……王子様の事だって、何も知らないもの」
革靴で地面にのの字を書いて拗ねるルクソニアに、ヨドはくすりと笑った。
「ルクソニア嬢。
王子のことについてなら、私も多少情報を提供することができるが、いかがだろうか」
それを聞いたルクソニアは、地面から顔を上げると、上目使いでヨドをみた。
「ヨドは王子様のこと、知っているの?」
じーっと観察するように見つめてくるルクソニアに、ヨドは少し困ったように微笑んだ。
「……むかし少しの間だけだが、王子の先生をしていた時がある」
ヨドの発言に、ルクソニアの表情が明るくなった。
「そうなの? ヨドは先生だったのね!
でもなんだかわかる気がするわ、ヨドは色々知っているもの!」
キラキラした尊敬の眼差しでみつめてくるルクソニアに、ヨドはくすりと笑った。
「ルクソニア嬢。
私が知っているのは、常識の範囲内の知識だけだよ」
それを聞いたルクソニアはショックを受けた。
「ヨド、それだとわたし、常識を知らない子になるわ!」
ルクソニアの発言に、ヨドはひとり肩を震わせた。それを見て、ルクソニアの頬がぷくーと膨れる。
「申し訳ない、ルクソニア嬢。
……それであなたは、王子の何が聞きたい?」
ルクソニアは難しい顔をして首を傾けた。
「どんな性格の人とか……?」
「なるほど。
「
「余計な気遣いのない、という意味だよ」
ヨドはふわりと微笑んだ。
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