エピソード1-4 ルクソニア捜索隊

 その頃、丘の上の古城では、ルクソニア捜索隊が、城主の目を盗んで結成されていた。


 城の庭に集まったのは、事情を知っている数名の使用人たち。メイド5人と庭師3人、ルクソニアの家庭教師の計9名である。


 どんよりとした空気を背負いながら、情報共有が始まる。


「ほんっとーに、城の中にはいなかったんすか?」


 ルクソニアの家庭教師で森の管理も任されているエドガーが言った。赤髪に眼鏡をつけた、身長がちょっと低めの小柄な男性である。エドガーが物言いたげな目でメイドたちをみた。


「牛舎とか農場とか敷地内の他の施設も、ちゃんと探したんすよねー?」


 かけていた眼鏡を逆光で光らせながら、中指で眼鏡の位置をくいっと直すエドガー。


「も・ち・ろ・ん・ですっ!

 城中くまなく、きちんと探しました!


 でも、お嬢様の姿がどこにも見当たらなかったんです!」


 くるくるよく変わる表情が愛らしい、茶髪の髪をお団子頭にしたメイドーーメアリが、握りこぶしをぶんぶんふりながらエドガーに力説する。


「はあー、ちょっともーしっかりしてくださいよー! それが仕事でしょー?」


 盛大にため息をつくエドガーに、メアリはムッとし言い返そうとしたが、側にいた副メイド長のアンが、それを止めた。アンは腰まで伸びた黒髪をポニーテールにし、左目の下にある泣きぼくろが印象的な美人で、弱冠27才にして副メイド長を任せられる才女である。


「どうやら城の外へ出てしまわれたみたいなの。エドガー先生、お嬢様を探すお手伝い、していただけませんか?」


 胸の前に手をおき、潤んだ瞳でエドガーを見つめるアン。そんな彼女を、エドガーは冷めた目で見ていた。


「あー、そういうのいーんで。

 おばさんの上目遣いとかいらないし」


 アンの笑顔が凍った。エドガー以外のまわりにいた人間が、彼女を必死でなだめる。


「そんなことより、とっととお嬢様探しましょー。


 時間がたてばたつほど、後々面倒臭くなる確率増えるんで、サクサク行動するっすよー」


 エドガーは懐からジャバラ状に折り畳まれた森の地図を取り出すと、皆に見えるように広げた。


「とりあえずまずは、お嬢様がどこにいるかなんとなくアタリをつけて、一つ一つ潰していくしかないっすねー」


「うへー、それってしらみつぶしに森のなかを歩いて探すってことだよな?

 時間がいくつあっても足りねぇんじゃねーか?」


 日に焼けた肌に金髪が眩しい、筋肉もりもりな庭師・ハイドがげんなりする。


「いや、闇雲に森のなか、歩く訳じゃないっす。アンさん、確か風魔法使えたっすよね?」


 凍りついた笑顔を張り付けながら、アンがそれに答えた。


「正確には、空気を任意の周波数で振動させる風の魔法が、ほんのすこーし使えるだけです。


 エドガー先生みたいに優秀な魔法使いではありませんから、広範囲に複数の転移魔法をはったりとかは出来ませんけど、それがなにか?」


 庭に吹き荒れるピリピリとした冷たい空気を涼しい顔で受け流し、エドガーは話を続けた。


「それでいいっす。

 魔法の範囲はどれくらいまで使える感じっすか?」


 アンが地図を指差し、指先をスライドさせながら説明する。


「そうですね……。

 頑張って広げても、このくらい。半径5キロメートルあたりが限界かしら」


「じゃあ地図を分割して、ここと、ここと、ここ、あとこことここの5ヶ所。転移魔法で飛ばすんで、そこから全力で、耳では聞き取れないレベルの高周波、流してもらってもいいっすか?」


 メアリが首をかしげた。


「高周波?」


「今回の場合は、人間の耳では聞き取れない音の波の事をさすっすね」


 メアリが目をぱちぱちさせてたずねた。


「それって、私たちの耳では聞き取れない音を流すってことですよね?


 それ流す意味あるんですか?」


 エドガーは胸ポケットからペンを取り出すと地図を裏返し、頭の緩いメアリにも分かりやすいように図解をし始めた。


「目が見えないコウモリが、物にぶつからない原理って知ってるっすか?


 人の耳には聞き取れない音を出して、その反射で物との距離や大きさ、動きなんかを把握してるんすよ。


 音って言うのは、空気の振動っす。

 アンさんの魔法は、簡単に言えば単純な音を広範囲に流す事ができ、その音の流れを感じる事ができる能力。


 つまりコウモリと同じ事ができるってことっす。


 なのでそれを利用して、子供が自力で歩ける範囲に絞って、今から森のなかを探索するっす。お嬢様くらいの大きさをした動くものをみつけたら、そこに俺が転移魔法で飛ばしてくんで、人海戦術で可能性をひとつひとつ潰してけば、いずれは本人にあたると思うっす。


 あてもなく森のなかを探し回るよりかは、効率いいんじゃないっすか」


 エドガーの提案を聞き、エドガー以外の全員が称賛の拍手をおくった。


「やるじゃねぇか、先生!

 さっすが国立魔法学校卒のエリートさんだねぇ!

 この絶望的な状況をひっくり返すたあ、見上げたもんだ!」


 庭師のハイドが、エドガーの背中をバシバシ叩きながら豪快に笑う。エドガーは背中を叩かれた反動で前によろめいた。


「それ、痛いっす」


 ヒリヒリする背中をさすりながら、ハイドを迷惑そうな目でにらむエドガー。


「ははっ、悪い、悪い」


 片手をあげて謝るハイド。物理では彼に敵わないエドガーは、それ以上文句を言うことをやめた。賢明な判断である。


「じゃー早速今から地点Aにゲート開くんで、アンさん、ちょっくら行ってパパーっと魔法で周囲の状況、探索して来てもらっていっすか?


 ゲートは開けたまんまにしとくんで、終わったらここに戻ってきてほしいっす。


 アンさんが持ち帰ってきた情報を元に、それぞれ目標物がある場所を割り振ってくんで、アンさん以外の人は、その目標物が何かを確認しにいってほしいっす。


 俺の転移魔法は出口をあらかじめセーブしとかないと使えないタイプだから、目標物に一番近いゲート開けるっす。そっから先は自力で目標物まで歩いてってください。


 で、目標物が魔獣だったらスルー、お嬢様だったら捕獲する方向で。


 確認組のゲートも片手が入るサイズに縮小して開きっぱにしとくんで、確認終わったら戻ってきて、ゲートに手ぇ突っ込んでピースサイン振ってほしいっす。気づいたら通れるようにするんで」


 エドガーの指示に、メアリが疑問を投げた。


「どうしてゲート、片手幅に縮小するんですか? そのまま出入りできた方が楽だと思うんですけど」


「あーそれはまあ、魔力消費抑えんのと、あと多分目標物まで歩かなきゃなんないんで、その間開けっぱにしちゃうと魔獣とか利用者とか、こっちに来ちゃう可能性あるんすよ。


 完全に閉じると、こっち戻んのに歩きになるし効率悪いんで、縮小って形で残しとくっす。


 ……ピースはまあ、面白半分で手ぇ突っ込む利用者との差別化ってことで」


「ゲートに手ぇ突っ込むやつ、いんのかよ……」


 ハイドがぼやく。


「転移魔法は治癒魔法と同じくらい、まーまー珍しい魔法なんで、転移ゲート自体見たことない人多いんすよ。


 前にちょっとした用で森にゲート開いて、さっと帰るつもりで開けっぱにしといたら、なんか度胸試し的な感じで通って来ちゃった人いたんすよねー。まーそれの予防っす」


「通って来ちゃった人が過去にいたのね……」


 アンが呆れた顔で突っ込んだ。


「んんっ、過去の失敗は糧にする性分なんで、ご心配なく。

 それじゃ、ゲート開くっすよ」


 エドガーはばつが悪そうに咳払いをすると、地面に向かって手をかざした。過去の失敗が恥ずかしいらしく、ほんのり頬を赤く染めている。


 エドガーが手をかざしてしばらくすると、地面から魔方陣が浮かび上がり、ほのかな光を放ち始めた。地面の魔方陣が二つに増えて縦にならび、上にある魔方陣がエドガーの伸長と同じくらいの高さまで上昇し、空中で停止する。地面にある魔方陣と空中で停止した魔方陣が光で結ばれ、円柱形の光の柱がエドガーの目の前に出来た。


 これがエドガーの転移魔法の入り口である。


 転移ゲートが完成すると、エドガーは副メイド長であるアンの方を向き、手でゲートを示すと言った。


「はい、どーぞ」


 それを見て、アンの口元がひきつる。


「そんなさらっと、お茶どーぞみたいなノリで言わないでくださいます? エドガー先生。


 あなたは転移ゲート、使い慣れているかもしれないですが、私、通るの初めてなんですよ……!」


 アンが潤んだ目でエドガーをにらむ。エドガーは冷めた目でそれをみ、棒読みで両手を軽くあげて言った。


「わー、かつてないほど嬉しくないハジメテをもらってしまったー」


 それを見たアンのこめかみがピクッと反応する。


「エドガー先生……?」


 絶対零度の微笑みを浮かべ、アンはエドガーをみた。


 周囲がハラハラ見守るなか、エドガーは親指でゲートを指しながら、とても良い笑顔で副メイド長であるアンに言い放った。


「そんだけ気合い充分なら、行けるっすよね?」


 場が凍りついた事は言うまでもない。


「ほらー、さっさと行ってくださいって。

 こーしてる間にも、森でお嬢様が魔獣にしゃぶられてるかもしれないんすから。

 俺嫌っすよ? 肉片で再会するの」


 転移ゲートに向かって、アンの背中をぐいぐい押しながら、エドガーは言った。


「ちょっと、押さないで下さい!

 自分のペースで行きますから!」


「大丈夫、大丈夫。怖がらない、怖がらない。ちょっとピリッとするだけっすよ」


 言いながらエドガーはとても良い笑顔でアンを転移ゲートに押しこんだ。アンは転移ゲートの中でエドガーを睨み、叫ぶ。


「後で覚えてろよ、エドガーあああ!! 」


 アンの叫びがこだまするなか、エドガーは満面の笑顔で手を振った。


「行ってらっしゃーい♪」


 そして、アンの姿が転移ゲートから消えた。


 アンは、強制的に転移ゲートに押し込まれ、森の中にある出口に強制転送された。


 転移ゲートから出た彼女は、黒い笑みを浮かべながら心の中で自分に誓った。


(戻ったらエドガーのみぞおちに、重い拳を一発、入れる。)


 ひとまず溜飲が下がった彼女は、周囲を見渡した。


 どうやら近くに魔獣いないようだ。


 アンは静かに息を吐くと、両手を横に伸ばし、瞳を閉じた。


 全身で風の流れを感じながら、身体の内側から静かに、波紋を広げるように魔力を流していく。


 ーーどうか、お嬢様が早く見つかりますように。


 祈りを込めながら全神経を研ぎ澄ませ、返ってくる風の振動を読む。


 いくつか、それらしきものが見つかった。


 アンは静かに目を開けると、深く息を吐く。


 そしてエドガーをぶん殴るというモチベーションを抱えて、背後で煌々と光る転移ゲートの中へと入って行った。

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