エピソード1-3 運命の出会い
森の中、歩き疲れたルクソニアは、再び、歩くために立ち上がった。
木々が風に揺れるなか、何かが近づいてくる足音が、ルクソニアの耳へと届く。
ーー魔獣かもしれない。
ルクソニアは身構えた。
領地に人を住まわせることをよしとしなかったルクソニアの父親は、税収を別の方法で賄っていた。森に低レベルの魔獣を飼い殺し、入場料を取る代わりにレベル上げの鍛練場として騎士や魔法使いに森を解放したのだ。
領地の境界を警備する門番に3000ギルを払えば、1日好きなだけ低級魔獣狩り放題。効率よくレベルが上げられると口コミが広がり、知る人ぞ知る穴場スポットとして徐々に知名度をあげていた。いつしか人はこの森を、「始まりの森」と呼ぶようになる。
そんな魔獣が闊歩する森の中で、人と出会う確率は半分である。
魔獣と出会ったが最後、握りこぶし大のバリアしか出せないルクソニアは、そばに落ちていた木の棒で応戦するくらいしか、生き残る方法がない。父親から剣術を習ってはいたものの、残念ながら魔獣を一人で倒すほどの腕前はなかった。完全につんでいる。
なんだかんだ言っても、ルクソニアはまだ幼い5歳の少女。魔獣に会ったら逃げればいいと、安易に考えていた。
近づいてくる足音に耳をすませながら、ルクソニアは喉をならし、唾を飲み込んだ。
目の前にある茂みがガサガサと揺れ、中から足音の主が姿を表す。
ルクソニアの目の前に現れたもの、それはーーローブをまとった人、だった。
気が抜けたルクソニアは、へなへなとその場に座り込んでしまう。
この出会いが後に彼女の運命を大きく変える出会いになるとは、その時のルクソニアには知るよしもなかった。
陽が当たり、真珠のようにキラキラと光る銀髪が、サラサラと風に吹かれてたなびく。ルクソニアは、瞳に映る光景に言葉を失った。
雪のように白い肌、陽の光を浴びキラキラと光る銀の髪、そして虹色に輝く印象的な瞳ーーそのどれもがルクソニアがはじめて見るもので、そのどれもが彼女の心を掴んで離さなかった。
「きれい……」
茂みから現れたその人は、魔獣が住む森の中で、思いがけず幼き少女に出会ってしまい、少しばかり驚いているようだった。
「これはまた、面白い縁を拾ってしまった」
その人は独特のイントネーションで、ルクソニアに話しかけた。穏やかで落ち着いた、物腰が柔らかい大人の男性だった。
ルクソニアの目の前まで来ると、その人は地べたにへたりこんでいるルクソニアの目線に合わせるように、自身も静かにその場にしゃがみこんだ。
「お嬢さん。こんなところで何をしているのか、私に教えてくれないだろうか」
ふっと柔らかな笑みを浮かべ、その人はたずねた。
「……本当の事が知りたいから、わたし、森の先へ行くの」
「本当の事?」
「ええ、そう。本当の事よ。
世界のあり方が、本に書いていた通りのものか確かめにいくの」
ふんすと鼻息荒く言うルクソニア。
「それはとても、熱心なことだね、お嬢さん」
茶化すでもなく、叱るでもなく。その人はルクソニアの言うことを、ただ静かに受け止めた。それはルクソニアにとって、とても新鮮な出来事だった。
「お嬢さんじゃないわ、ルクソニアよ。
子供扱いはしないで、私もう五歳なんだから」
つんとすまして言うルクソニアに、その人は怒るでも笑うでもなく、穏やかに受け止め、返した。
「それは申し訳ないことをした、ルクソニア嬢。私のこと、許してくれるだろうか?」
「そうね、おじさんの名前を教えてくれたら、許してあげる。」
「お、おじっ!?」
珍しくその人の声が裏返った。
「おじさん、どうしたの?」
「ンンッ! ルクソニア嬢、今から大事なことを確認するよ?
私はおじさんじゃない。まだ30代なんだ。
辛うじておじさん、一歩手前になるとは思えないだろうか?」
ルクソニアはキョトンとした目で、その人を見た。
「おじさんでしょう?」
「お兄さん、と言ってはもらえないだろうか」
その人は、まっすぐにルクソニアを見た。
「それは難しい要求ね。おじさんはおじさんだもの。
年齢は素直に受け入れた方が老け込まないって、わたしのパパも言っていたわ。
わたし、嘘はつきたくないの」
澄んだ瞳でまっすぐにその人を見つめるルクソニアに、おじさん(仮)も黙るしかなかった。
「でも……そうね。
どうしてもと言うなら、名前を教えてちょうだい。そしたらおじさんって、呼ばなくてすむもの!」
ニコッと笑うルクソニアに毒気を抜かれたその人は、静かに口を開いた。
「私の名は、ヨド。ただのヨドだ」
「ヨド……変わった名前ね。
それにとてもキレイな髪と目をしているわ。
森の先の人は、みんなそうなの?」
ヨドは悲しげに微笑んだ。
「いや……違うよ、私の髪と目の色は特別なんだ。
私は東の部族の生まれでね、この髪と目はその部族にしかないものなんだよ」
「そうなの? それは素敵ね!
わたしもヨドみたいに、キレイな髪と目を持って生まれたかったわ。
そしたらもっと、自分に自信が持てるのに……」
うつむくルクソニアに、ヨドは優しく諭した。
「ルクソニア嬢。自信というのは、自分で少しずつ積み上げていくものなんだ。
あなたがこれからどのような生き方をするのか、それが大切。
胸を張って生きたいのなら、ようく考えて、賢明に生きること。
聡いあなたなら、できるだろう?」
ルクソニアの目をみて、ヨドはフワッと笑った。その微笑みをみたルクソニアは、今まで必死に我慢していた想いが胸から溢れ、大きな瞳を涙でにじませてしまう。
泣くまいと口をへの字に曲げ、小さな手をぎゅっと握るルクソニア。
「ヨド。あのね、今から秘密のお話、してもいい?」
「私でよければ、なんなりと」
わずかに声を震わせ、ルクソニアは話しはじめた。
「わたしね。本当はみんなと一緒にいたいの」
大粒の涙がルクソニアの頬を伝って落ちていく。
「だけど、一緒にいてはいけないかもしれない。わたし、魔法をほとんど使えないから」
「どうして、一緒にいてはいけないと思う」
ルクソニアの瞳が揺れる。
「本に……書いてあったの。
魔力が少ないものは、奴隷にされるって……」
ルクソニアは唇を震わせ、話を続けた。
「もしそれが本当ならーーパパやママは、ズルをしたことになるわ」
ルクソニアの目からボロボロと涙が溢れていく。
「わたしね、こわくなったの……。
いつかそのズルがバレて、わたしのせいで、パパやママが罰を受けなくちゃいけなくなったら、どうしようって……。
こわいから、確かめてみたかったの、もしそれが本当なら、罰はわたしだけにしてくださいって王様にお願いするつもりだったのよ」
服の裾で涙をぬぐうルクソニアの背中を、ヨドは優しくさすった。
「ねえヨド。
わたし……どうしたらいいと思う?」
涙でにじむ瞳で、ルクソニアはヨドをみつめる。
「ルクソニア嬢。あなたはとても気高い方だ。私はあなたに出会えて、とても光栄に思う。
そんなあなたに敬意を表して、私の秘密をひとつ、教えてあげよう」
「……ヨドの、秘密?」
「そう、私の秘密だ。
聞いてくれるだろうか、ルクソニア嬢」
ルクソニアはドレスの裾を軽く引っ張りながら、頷いた。
「私はね、魔法が使えない代わりに、ほんの少しだけ先の未来をみることができるんだ」
「未来がわかるの?」
「ほんの少しだけ先の未来だけだがね。
だから私は、いま旅をしているんだ。
色々なところをまわって、色々な人々の運命を知るために」
「知って、どうするの?」
「この国の行く末を、見届けたいと思っている。そのためになにが最善か、答えを探しているんだ」
「答え……?」
「そう、見つからないかも知れないが。
ルクソニア嬢が読んだ本は、きっと古い慣習を書いたものだ。今は、ほんの少しだけ、その本とは違う部分もある」
「例えばどんな?」
「例えば、そうだな。
たとえ魔法が使えなくても、私のように別の得意なことで認められて、生活しているものも少しだけだが、いるよ」
「少しだけ?」
「そう、少しだけ。
その少しの人間は、諦めずに道を探し続けて、自分の居場所を自分で作ったんだ」
「自分で……」
「ルクソニア嬢。
これからあなたがどうすればいいか、もうわかるだろう」
ルクソニアはヨドの瞳を見つめた。優しい眼差しが、ルクソニアに向けられている。
「ヨド。わたし、お城にもどるわ。
そしてたくさん勉強をする。
胸を張って、お城のみんなと暮らすために」
強い決意を秘めたルクソニアのまなざしをみて、ヨドは微笑んだ。
「それはとても素敵な考えだね、ルクソニア嬢。
あなたならきっと、自身の数奇な運命をも、乗り越えられるだろう」
ルクソニアはそっと、ヨドの頬に触れた。
「それは、あなたの預言?
ヨドにはわたしの未来がみえているんでしょう?」
ヨドは静かに、頬に触れているルクソニアの手に自分の手を重ねた。
「これは預言ではないよ、ルクソニア嬢。
ただそうあってほしいという、私の祈りだ」
「祈り?」
「そう、祈り。
未来というのはうつろいやすく、夢のように儚い。決まっているものなんて、本当は何一つありはしないのかもしれない。
ルクソニア嬢。
あなたがあなたらしく、気高さを忘れずに歩いていけるように。素敵な出会いと、学びと、ささやな喜びに満ちた未来をその手で掴めるように、私は祈るよ」
「ありがとう、ヨド。
わたしもあなたの未来が、喜びと愛に溢れたものになるように、ともに祈るわ」
「ありがとう、ルクソニア嬢」
あたたかな木漏れ日が射し込む森のなか、ふたりは穏やかに微笑んだ。近くにいた小鳥が、ふたりを祝福するかのように軽やかにさえずる。
ヨドは静かに立ち上がると、白く美しい手をルクソニアに向けて差し出した。
満面の笑顔でその手をとる、ルクソニア。
土で汚れたドレスの裾を払うと、自分の倍以上もあるヨドを見上げた。
「わたしはこれからお城にもどるけど、ヨドはどうするの?」
「ぜひお供をさせてもらうよ、ルクソニア嬢。
この土地を治める貴族・リーゼンベルク殿に用事があるからね」
「まあ、本当に?
パパにお客さまなんてめずらしいわ!
大抵みんな、入場料を払ったあげく、この森を抜けてお城に来るのを嫌がるもの!」
「それはなんて勿体無いことだろう。
こんなに聡明で愛らしいご令嬢と会うことが出来るし、画期的なシステムを一代で築き上げた奇才・リーゼンベルク殿のお話も聞けるのに」
ヨドの言葉に、ルクソニアは嬉しそうに笑った。
「そんなことを言うのはあなただけよ、ヨド!」
ルクソニアは、軽くスキップしながらヨドの脇をすり抜け、城へと続く道を数歩進んだ。そしてふわりとドレスの裾をはためかせながら、後ろにたたずんでいるヨドを振り返る。
「どうしたの、ヨド! 置いて行っちゃうわよ?」
イタズラっぽくウインクをするルクソニアに、ヨドは穏やかな笑みを浮かべながらそれに続いた。
丘の上の城を目指して、森のなかを歩くふたり。
「あっ、そうだわ!
もしヨドに時間があるなら、今日はお城に泊まるのなんてどうかしら。
森を抜けるのにも骨がおれるし、とっても素敵な提案だと思うの!」
ヨドのローブの裾をつかんで熱弁するルクソニアを、ヨドはやんわりたしなめた。
「それはとても魅力的なお誘いだ。だけども、ご迷惑にはならないだろうか」
「大丈夫よ、任せて!
わたしからパパにお願いをするわ。
だからねえ、いいでしょう?」
上目遣いでヨドを見るルクソニアに、ヨドは困ったような微笑みを向ける。
「ダメ?」
ローブの裾を掴み、前のめりで問う少女の姿に、ヨドは折れた。
「リーゼンベルク殿の許可がいただけたら、そうさせていただくよ」
「ふふ。やったわ! これで決まりね。
パパは今まで、わたしのお願いを嫌だと言ったことはないもの!
早速お城に帰ったら、準備をしなくちゃ。
シェフに頼んで、東の滝で泳いでいる魔獣を狩ってきてもらわないとね。
焼いて食べるととっても美味しいのよ」
無邪気に魔獣を食材としてみているルクソニアに、ヨドは思わず声を上げて笑った。
「ルクソニア嬢、君は本当に面白い人だ!」
肩を震わせて笑うヨドに、ルクソニアは頬を膨らませた。
「どうして笑うの?」
ヨドは目尻の涙をぬぐうと、声を震わせながら言った。
「ルクソニア嬢。
魔獣は食べる為に倒すものではないよ」
ルクソニアの頬がさらに膨れた。
「美味しいのに?
大人になっても食わず嫌いするのは、よくないわよ、ヨド」
「これは食わず嫌いとは違うんだ、ルクソニア嬢。
魔獣は普通、食べるものじゃない」
衝撃の事実に、ルクソニアは目を丸くしてヨドを見た。
「た……食べないの……? ナンデ?」
青い顔をして、滝のように汗を流すルクソニア。
「魔獣は本来、害獣なんだ。
倒した時に出来る魔石の結晶を取ったら、後は燃やして灰にするのが、一般的だ」
ルクソニアは思わず口元を手でおおった。
どうやら自分は魔力のこと以外でも、およそ一般的ではない生活をしてきたらしいことがヨドの発言からうかがえる。
「ヨド……わたし。ちゃんと素敵な大人のレディに、なれるかしら……?」
「それは今後のあなた次第だ、ルクソニア嬢」
可笑しそうにヨドは笑った。
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