エピソード1-2 森の中の少女
一方その頃、森の中では。
山歩きに不相応なドレス姿の幼い少女が、艶やかな縦ロールの黒髪を揺らしながら、ルビーのような赤い瞳をまっすぐに見据え、革靴で砂利道を歩いている。
彼女の名はルクソニア。
丘の上にある古城に住む貴族の娘であり、騒動を巻き起こしている張本人である。
「ふうー! ぜんっぜん、越えられないわ……!」
少女は額に浮かんだ汗を手で拭いつつ、延々と続く山道に嫌けがさしていた。
城を出て、かれこれ2時間は歩いている。
しかし景色が全然変わらない。
見渡す限りどこまでも続く、森。
延々と、森。
歩けど歩けど、森。
もう森しかない。
(なんとなく勢いでここまで来ちゃったけど、なんかもうしんどい……)
歩き疲れたルクソニアは、その場でへなへなと座り込んだ。
木漏れ日のなか、一陣の風が吹き抜け、ルクソニアの頬をかすめる。
木々が揺れる音、鳥のさえずり、なにかの動物の足音。
目を閉じれば、様々な音がルクソニアの耳に入ってくる。それは城の中では聞けない音だった。
(そうだわ。私、森の先へ行きたかったんだわ)
決意を新たに、ルクソニアは静かに目を開いた。
彼女が城の外へ出た理由ーーそれは、見聞を広げるためだった。
何不自由ない城での生活は、まるで温室のようだった。彼女を傷つけるものは一切排除された、閉鎖的な楽園。
ルクソニアが城での生活に疑問を持ったのは、書庫である文献を読んだからだった。
『この国では、魔力量が多いほど地位が高くなる。魔力を持たず魔法が使えない獣人や、生まれつき魔力量が低いもの、魔法が使えない無能者などは、皆等しく奴隷に落とされてしまう。
これは、この国が魔法によって諸外国を占領し、発展してきた歴史があるからに他ならない。』
その文章を読んだとき、ルクソニアは思わず持っていた本を床に落としてしまった。
辺境の地に住むとはいえ、ルクソニアは貴族の子供である。しかし魔力量は微々たるもので、握りこぶし一個分のバリアをはるのがせいぜいの、ほぼ無能力者と言ってもいいレベルの人間だ。
この本に書かれていることが本当なら、ルクソニアは貴族としての条件を満たしていない。本来なら、奴隷に落とされてしかるべき人間なのである。
嫌な汗がルクソニアの頬を伝い、落ちた。
父がおさめる領地には、城に住む人間とそれにつかえる人間以外、人はいない。人がいるのは、城の中だけ。
自分がぬくぬくと城の中で生活することができているのは、事情を知っている城の関係者が、ルクソニアの秘密を口外しないから成り立っているのではないかーーそんな嫌な考えが頭の中を行き来する。
ルクソニアは青い顔をして、口元を押さえ、うずくまった。吐き気が、止まらない。
その日、彼女を包むあたかく幸せだった楽園はガラガラと音をたてて崩れ落ち、一気にきな臭いものへと変貌するのだった。
それから1週間が過ぎ、ルクソニアは決意した。城の外へ行ってみようと。自身の目でみたものを信じようと思ったのだ。
城の中の人間はあてにはできないーーそう思った彼女は、隙を見て一人、城から抜け出した。城壁を越え、はじめて間近で見る、青々とした木々の緑に胸を踊らせ、スキップして山道を進んだ。
森歩きに不向きな革靴やドレスを着ていても、そんなもの、些細な障害だと思っていた。自身の存在理由の証明に比べたら、すべてがちっぽけなことだと思えるのだ。
勢いよく森を駆け抜け、人が行き交う街へと出るーーそれはとても簡単なことのように思えたが、それはとても簡単なことではないと言うことに、聡明な彼女は、二時間ほど森の中を歩いて気がついた。
森は、彼女の想像以上に深く、険しいものだった。
そして、現在のどうしようもない状況へと至る。
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