第17話 フェンリル

 私達が、交渉をするのは小さなカフェ。そこは、私らのギルドの唾がかかっている。表向きは、普通のカフェだが裏に防音の部屋がありそこでこのような話をするのだ。


「おい」

「はい、なんでしょうか?」


 中に入り、店長へと話しかけた。この交渉がある事は知っているので店長が受付へと出てきているのだ。


「ああ、貴方様ですか。毎度の事ながら大変ですね」

「御託はいい。そんな事よりも、奴らは来ているのか」

「もう既に到着しておりますよ。それではどうぞ」


 中は貸し切りで誰もいない。もし、暴れるようなことがあってもある程度は防げるようにもなっている。

 奥へと歩いていき、硬い扉で閉ざされた部屋へとたどり着く。


「二人ともいいか?」

「はい! 水をたらふく飲んで燃料も満たんです!」

「そうッスね。私は眠くて別に万全ではないッスが……」


 それは、何故か一人で外に行ったからだと言いたいが、まあいい。過去はもう戻らないしな。

 私はもしもの時為にも、剣はもちろんのことすぐさま使えるポーションをいくつか懐に忍ばせている。


「さて、行くぞ」


 私は扉に魔力を込めると、鈍い音をしながら開き……。


「ちっ、お前らが交渉相手か。なんで、あたいらを待たせんだよ」

「こら、そんなことを言わないの」


 魔王軍側は二人の者が来たようだ。赤毛に、こちらを見下すような物言いをする者と。それを丁寧にいなす者。


「私が、タスラナだ」

「へぇ、あんたが例のね。噂はかねがね聞いてるぜ」

「そうか、ここには世間話でもしに来たのか?」

「違ぇねや。さっさと交渉も終わらせて帰りたいしな」


 見た感じから、予測すると戦闘系と交渉系か。


「あたいは、フレイだ。よろしくな」

「私はラドルと言います。我々はツヴァイ様の四幹部の二人です」


 幹部級が二人……。暴れられたら、私一人で勝てるかどうか……。


「さて、それでは始めましょうか」

「いや待て、ラドル。後ろにいる奴らが誰か聞いてねぇぞ」


 こちらの情報を少しでも引き出すつもりか? それならそれで、こちらも考えないとな。


「ハッハッハ、そんな警戒すんじゃねえよ。これくらいはコミニケーションだろ? てかよ、普通名前くらい言うもんだろうが」

「確かにそれは、間違いないですね」

「私はレンフィールドッス。よろしくッスよ」


 その名前を聞いた瞬間、ラドルと名乗った魔族がピクリと反応する。


「レンフィールドさんですか」

「何か?」

「別にそこまで警戒しなくても大丈夫です。ただ、レンフィールドさんの国から我が国に貴方を探すように言われてたのです。まあ、それは後で話しましょうか」


 レンフィールドさんを、探すように言われてた? という事はまさか、森に居たって言ってたフェンリルはこいつらが。まだ、確証に至ってはいないが……。


「なあ、さっきから言ってんだろ。なんでいちいち警戒するんだ。あたいらは同盟国同士だろ」

「同盟国だからって、警戒する理由にはならない。むしろ、こちらの戦力とそちらの戦力が拮抗していた場合なら、不意をついた方が有利に事が運ぶ。それなら、警戒する事に越したことはない」

「そうかよ、そういう態度を取るならこっちも同じ態度で行かせてもらうぜ。てめぇ、らが裏切る可能性もあるって事でな」


 フレイから、赤黒いオーラが流れてくる。戦闘モードという所か。こちらも、本気で警戒すべきか、と思ったところそのオーラをすぐさま、ラドルが消し去った。


「フレイ。それ以上やるなら、ツヴァイ様に報告するわよ」

「ちっ、分かったよ。やめりゃあいいんだろ」

「いいえ、貴方の態度も問題よ。わたくし達は戦争をしに来たんじゃない」

「だがよ」

「わたくしを怒らせる気? こんなばしょで」


 ラドルがひと睨みすると、態度を一変し舌打ちと共に謝罪する。


「ちっ、分かったよ。すまねぇな、タスラナとやら」

「……。こちらも、悪かった」


 権能の相性とか、そこら辺の問題か? とはいえ、助かった。こんな事で全面戦争になったら笑えない。


「大丈夫ですか、タスラナさん」

「ああ、大丈夫だとも。少し警戒し過ぎたようだ」

「安心してください。もし、戦いが起きてもここなら私の自爆で全員巻き込めますから」

「やるなよ、絶対にやるなよ」


 こんな所で爆発されたら、下手すれば死ぬ。運良く死ななくても、かなりの重症だ。相手がどれくらいの防御力かも分からないし、それをやられるのは好ましくない。


「それじゃあ、今度こそ交渉を始めましょうか」

「ああ、そうだな」


 こうして、いざこざもありつつようやく交渉が始まったのだった……。


「さて、まずはそちら側の森を焼いた件についてですが。私達の同盟条件の一つをそちら側は潰したことになります。これは、不可抗力と聞いてますがそんなことはわたくしたちには関係ありません。どう責任を取るつもりですか」

「そうだそうだ、責任だハッハッハ」

「……分かっている。こちらに一方的に非があるのも認める。だから、それを別のもので補填するというのはどうだろうか」

「いいですが、あそこは色々と実験施設とまでは言いませんが。それなりに我々の住民もいました。なので、それについての慰謝料も別で払ってもらわないと」


 食料研究とかで、数人の魔族も住んでいたらしい。昨日倒したゴブリンとは全く関係もない。


「ああ、もちろん。それについてはきっちり払おう。それで、森の代用として何が欲しいか言ってくれるか」


 こちらからの提案をしてもいいが、多分それで相手が完全に納得できるものはないだろう。それなら、相手側の提案した物を少し下げてもらうくらいの方が良い。


「そうですね。なら、これから一年で作れた物の二倍の量を、20年の間貴方の国は無償で我々に種と実を送ってください。それでどうですか。貴方の国からすれば、完全なる赤字ですが……。我々の国の赤字に比べたらこの程度安いものじゃないですか」

「流石に20年は……」

「こちとら、お前らが破壊しなければずっとやり続けれた研究だぞ。それをわざわざ自国で作るために、用意しろって言ってんだよ」


 用意しようと思えばできる。だが、他国へと輸出してる分もあるし、それを全部回すとなると赤字が20年続く事になる。

 他にも様々なものを輸出してはいるが、いきなり今まで輸出してた物を急に辞めたら関係悪化に繋がる。下手をすれば、そのまま赤字貿易だ。20年たったあとも、それが改善されるかは微妙な所だ。


「せめて、10年には……」

「そこは譲れない。いや……なら、1番近くの町をくれないか。研究材料してな、この街よりも発展してないしな」

「…………」


 元からこっちが狙いか、あの町は近くにモンスターが多い分冒険者達の憩いの場となっている。流石にあそこを渡す訳には行かない。


「……なら、19年でも」

「20だ。むしろ、これでも譲歩してるんだ。分かってんだろ?」


 どうする、このままじゃ。いや、最初から圧倒的に不利ではあったが……。無理を悟り、承諾しようとしたその時私の後ろにいるパンジャンさんが口を開いた。


「わかりました! それなら、私が兵器を提供します」

「はあ? 兵器だ? 何言ってんだてめえ。」

「待って、フレイ。もしかして、兵器少女かしら?」

「はい、そうです。その通りです」


 兵器少女……、あまり言わないでほしかった。

 兵器少女というのは、居るだけ強大な戦力になる。つまり、それを言う事はこちらの戦力を教えていると同義。まあ、でもパンジャンさんならいいか。


「ほう、兵器の提供か。それは興味深い話ですね。それはどういう兵器なのでしょうか」

「えっと、です」

「待て、言うな。こちらの情報を不用意に同盟国だからといって、渡すものじゃない」


 この状況で、更にこちらのカードを一枚失う訳には行かない。


「そうですよ。あまり、口が軽いと困りますよ。彼女が言うように、あいにくわたくし達は戦力に困って居ませんので。情報だけ聞いて断るつもりでしたし」

「こうやって、教えなくていい情報だって欲しえてやってんだ。少しは信頼しろよタスラナさんよ」


 それはそうだが、いつ戦争になってもおかしくないこの状況でそれは出来ない。


「それでは、この条件で大丈夫ですよね?」

「……それで、了承しよう」


 書き込まれた書類に、ギルドより渡された国を証明する判子を押す。魔法を使って証明する方法だと、お互いに改ざん出来てしまうため、このような場合は紙でやりとりされるの。


「さて、それではこれがそちら用の写です。わたくしは先に本国へと帰らないと行けませんので、それでは」


 生類を胸元にしまい込むと、ラドルはすぐさま外に出て行く。


「フレイさんは、帰らないのか?」

「ああ、そうだ。ちょっとだけ聞きたいことがあってな。そこの兵器、名前はなんて言うんだ? 結局名乗って無かっただろ?」

「言ってませんでしたっけ?」

「さすがに、名前くらいは言っていいぞ。その程度ならな」


 名前程度言われたところ変わらない……。だが、この選択が大きく間違った選択肢だったのだ。


「はい、私の名前はパンジャンといいます」

「そうか……、てめえがあのパンジャンか」


 その言葉を聞いた瞬間今まで抑えていた赤黒いオーラが放ちパンジャンさんへと襲い掛かる。


「……っち」


 間一髪のところでその拳を剣で防ぐことが出来たが……。


「どうした、いきなり」

「ハッハッハ、いいやまさかお前だったとはな。私のペットを殺したのがよ!」

「何の話だ。お前のペットってのは……」

「そうだな、そうだな。こいつは、私のペットのフェンリルちゃんを殺したんだよ!」


 あのフェンリルを……。町の人々を襲ったって言う……。それが本当だとしたら、それこそ条約違反。それ以前に皆を襲ったのあいつを、許してはおけない。


「おっと、なんでてめえがやる気になってんだよ。こっちは被害者だぜ」

「それについては、討伐されても仕方なかった。むしろ、私の手でやりたかった……」


 一般人を守るのが私の使命。こいつを絶対にぶっ殺す!

 




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