第16話 目線変更ですか?
「待てゴラァァァァァァ!」
「それで待つ奴がいるかよ!」
店から数十人規模の黒服達がゾクゾクと出てきたのだ。しかも、そこらの冒険者よりも物凄く強い。しかし、こちらも負けてはいない。俺は今までこのような時のために、足だけは鍛えている。食い逃げとかでな!
「くっそう、あっちに回れ! こいつはこの街には詳しくない!」
「ちっ、すぐにバレたか」
このまま、やり続けたら体力負けの前に普通に捕まりそうだな。とはいえ、この状態でタスラナの元に戻ったらそれはそれで死にそうだ。これが、前門の虎後門の狼ってことか。
「だが、どうれば。これを打開できる……。この状態でさっきのやつを探さなきゃな」
魔王軍ってことは、きっと目立ちたくはないはず。それなら、裏のどこかに潜んでいる可能性が高い。
商店街を駆け抜け、どうにか裏へ裏へと道を進んでいく。回り込まれる可能性も高いが、フレイもいる可能性が高いなら仕方ない。
「待てぇぇぇ!」
遂に、前からも黒服が来てしまい。仕方なく、脇道へと逸れる。そして、光が差し込む先を抜けると……。
「へ!?」
思いっきり、そこに居た者とぶつかってしまった。
「いってて、すまねぇ。ん? 何だこの感触……って!」
俺の両手には、柔らかく丸いあれがあった。恐る恐る顔を見てみると……、そこに居たのは俺の奴隷ことパンジャンだった。
「ルドラさん!? どうしてこんなとこから……って、きゃぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁぁあ! 何してるんですか!」
「お前って、体が鉄でできてると思ったら、意外と柔らかいのな」
「いきなり、なに言ってんですか。早くどいてくださいよ!」
いっけね、早く逃げないと! 後ろから、追って来てやがるし。
「おい、パンジャン。頼む、手のひらサイズの『パンジャンドラム』を作ってくれ」
「ええ⁉ いいですけど。さっきのことは、しっかりと謝ってくださいね」
いまだに混乱している、パンジャンは素直に『パンジャンドラム』を作ってくれた。
「おら、食らえよ!」
黒服たちへと投げ込んだ後、急いでそこから逃げ去った。
***
「うう……、吐きそうだ」
どうにか、魔法を使ったりとで逃げ去ることに成功した。いや、いつの間にか追ってこなくなっていたという表現の方が正しいか。諦めた訳でもないはずだし、どうなっているんだか。
もう、すっかり夜になっておりタスラナに言われた宿屋へとようやくやってきた。
「おい……、俺だ。タスラナ、開けてくれ」
扉をノックしながらそういうと、物凄い笑顔で迎えてくれた。これ絶対なんかあるやつだ。
「すいませんでした」
「ほう、来てそうそう謝るとはなにかやましいことでもあったのか? 相談に乗ってやるぞ」
まさかのブラフか!? ここままじゃ、やばい。何とかしないと。
「それで、ルドラ。何をしたのか正直に言ってみろ」
「ええっと……」
下手に嘘をついて誤魔化すよりも真実を言った方が後々面倒事が無くなるか。
「実は、ちょっと借金が増えて。逃げてきたというか」
「そうかそうか。そんな事があったのか。知らなかったな。問題を起こすなと言ったはずだが?」
まだ笑顔が終わらない。これは、別の事が発端だな。他になんかそれっぽいのあったか?
「逃げている最中に、商店街の物を破壊した事か?」
「ほー、破壊ねぇ。君はどれだけの事をすれば気が済むんだい?」
これでもないだと!? それなら一体何が原因だと言うんだ。
「ちなみに怒っている原因はなんでございましょうか?」
「ルドラ? 言葉が変になってるぞ。全く、私が怒っている理由も分かんないとは……。まだまだだな」
これ本気で殺される奴じゃないか? 大丈夫だよな? 流石に心配になってきた……。
「まあ、最初に怒っていたのは単にパンジャンさんにセクハラをしたという事だが。まさか一日でよくもまあ、派手に悪事を働いた事だな」
「俺のせいじゃねえ! 変なやつにふっかけられたんだよ。むしろ、俺も頑張って金貨を2枚から10倍に増やしたんだぞ。それなのに!」
あの野郎、魔王軍とか関係ねぇ。次にあったら、ボコボコにしてやる。
「どうッスかね。嘘っぽい話ですが」
「そうですね……。私の件はともかくとして、ものすごく嘘っぽい話ですよ」
こいつら、どうして俺を信用しないんだ。いつもいつもこいつらの事を気にかけて、優しく接してやったのに……。
「残念だ」
「何が残念なんだ。私の体ッスか!? 怒るッスよ!」
「どうしてそんな話に繋がるんだ。これだから、馬鹿は困るぜ」
「問題を起こすなと言われたのに、二つや三つも問題を起こした真の馬鹿には言われたくないと思うぞ」
「安心しろ、俺は何しても後悔はしても反省しないからな」
「それをどうすれば、安心できるんだ……。あと、反省しろ」
事実を言っているのだから仕方ない。
「それで? 他にはやってないよな」
「あと、思いつくのはないぞ。カジノも全部実力だしな」
「さて、どうやって罰を与えられたい? 腕か? それとも、足か?」
「折る気? 俺の腕を折る気なのか!?」
「反省する気が無いのだろ? それなら、身体で分からせるしかないだろ?」
「もっと穏便にさ! な? 本当に悪かったと思ってるって」
「悪かったと思ってるのと罰を受けなきゃいけないのは別問題だ。とりあえず、明日は外出禁止だ。お前が居たら魔王軍のヤツらとの交渉も、中々進まなくなりそうだしな」
俺が居なくても、パンジャン達が居てくれれば金は貰える……のか?
「外出禁止かよ。だがよ、俺はあの野郎探してとっちめたいんだ……いやちょっと待てよ」
俺らが明日会う予定の奴は魔王軍の者。今日ふっかけてきたやつも魔王軍。同一人物の可能性が高いな。
「ちなみに、その魔王軍連中がいる場所を知ってたりするか?」
「いや、そんな訳ないだろ。というか、知ってどうする」
「なんでもない。ただ、気になっただけだ。それなら、明日交渉の時に聞いておいてくれよ。酒の話」
「まあ、そのくらいならいいだろう」
うんうん、これなら俺の件に関して証明が出来るだろう。
「さて、それじゃあ寝るか! 明日も早いんだろ?」
「おい待て。まだ、パンジャンさんの件は終わってないぞ」
ちっ! このまま解散の流れだったじゃねぇかよ。
「セクハラをよくもまあ仲間に出来たもんだな」
「不可抗力だろ! それに、よくあるラブコメとかいうジャンルの本でもこんなのあるだろうが」
「否定はしない。だからと言って、現実でやるのは違うだろ?」
「しゃあねーじゃん! 今回の件はさ」
「まあ、だからこそ。私もそこまで怒ってない」
「怒ってないの? その顔で」
「何を言ってる。物凄い笑顔じゃないか」
笑顔は笑顔でも圧が違うんだよ……。人を五人くらい殺せそうな笑顔だぞ。
「私も鬼じゃない。とりあえず正座をしてもらおうか」
「ふ、俺が言うことを聞くとでも思うのか」
タスラナは剣を抜き、俺の額に向けてくる。
「もう一度言うぞ。正座」
脅されてるなら仕方ない。べつに屈服したわけじゃない。あくまでも仕方なくだ。
「朝までそれで許す」
「は!? ちなみに、途中で崩したら」
「首を切る」
「天地天明に誓ってやり遂げます」
「少し可哀想だしな、寝る事は許してやる」
可哀想だと思ってる奴はこんな事をしないと思うのは俺だけなのだろうか。
「それじゃあ、パンジャンさんこれでいいか?」
「いや、別にそこまでやらなくても……」
「この男はこれくらしても、反省しない。からな」
***
雲一つない、快晴。澄んだ空気に、肩の荷が下りたような解放感。まあ、それというのも……。
「ルドラ、寝てるよな?」
昨日の疲れもあったのか、ぐっすりと寝ているのだ。珍しく言いつけを守り、朝まで正座しながら寝ていたので足を崩し、いままで私が寝ていたベットに寝そべらせた。
「いつもこのくらい、大人しければいいんだがな」
じっと、ルドラの顔見つめ……。
「み、みんな寝てるよな」
私は、恐る恐るルドラの手に自分の手を重ね合わせ……、
「ん? タスラナさんなにしてるんですか」
「!???!???!?!?」
突然起きた、パンジャンさんに驚き瞬時にその腕をひっこめる。危ない、まさか起きてたのか……。警戒を怠るとは、不覚…………。
「それで、何してたんですか」
「ええ? ああちょっと流石にルドラをここで寝かしつけるのはかわいそうだと思ってな。ベットに移動してやったんだ」
「そうですか、タスラナさんってツンデレなんですか?」
「ふぁ⁉ なんで、そう思うんだパンジャンさん!」
そんな、感づかれるような行動でもしてたか。いや、そんなこともないと思うが。
「いや、普通に。いつもは冷たく当たってるのに、なんだかんだ言って優しくするところがツンデレっぽいというか」
なんだ、ただの想像か……。びっくりした。まだ、私の気持ちは悟られてないなうん。
昨日の、セクハラの件でキレたのもちょっと大人げなかったかもしれない。でも、いきなりセクハラする様な奴は許せない。
「なんで、そんなに顔を真っ赤にしてるんですか。常に無表情のタスラナさんっぽくないですよ? それに、そんなに慌てて。まさか本当にルドラさんを?」
こいつ、頭大丈夫か? みたいな目で私のことを見てくるが……。
「そんなわけないだろ、あんな馬鹿」
嘘をついた。いやだってね、本当のことを言えるわけないじゃないか。あの、ルドラだぞ。普通の人間が好きになる要素はゼロだぞ。
「そうですよね、タスラナさんに限ってそんなことないですよね」
「ハッハッハ、ソウデスネ」
「なんでいきなり、敬語なんですか……」
まあ、ルドラのことを好きになった経緯は詳しくは語らないが、かなり昔からの縁もあり、よくわかっているからこそルドラのいい面も知っている。それに……、
「あれ、なんで俺ベットなんかに……」
「わああああああ!」
起きてきたルドラに、本気で拳を激突させた。
「へグシは⁉」
強い衝撃により再び眠りについてしまう。
「全く、今日一日は寝ててもらはないと」
「ああ、そういうことですか。いきなり何をトチ狂ったかと思いましたよ」
聞かれてたかもしれないし、勘のいいルドラだ。やはり、常に無表情で悟られないようにしなくては。
「レンフィールドさんは、どこに行ったんだ?」
「さぁ、夜になって高ぶり外に出たんじゃないですかね? どこかで燃えてるんじゃ」
「燃えてるのが当たり前なのか……」
どういう関係なんだ、この人達は……。まあ、ルドラの仲間だからそこまでおかしいなとは思わないが。
「うおおおおぉ燃えるッス!」
全身を火で身をまとったレンフィールドさんが、突如として窓を突き破って中へと入ってきた。
「レンフィールドさん、何やってたんですか!」
「その前に消火だな」
バックに、飲水用に入れて置いた物を全て吐き出す。
「……は!? あれ、私は何してたッスか」
「これも毎回なのか?」
「そうですね。いつもは、ルドラさんが消化してますね」
なんか、ルドラの苦労が分かった気がする。というか、なんで毎回やるのに学ばないんだろうか。吸血鬼はそこら辺発達しにくいなんて話は聞いたことが無い。
「それじゃあ、行くッスか」
「そうだな、ルドラが起きるかちょっと怖いが……。結構いい所に入ったしそう簡単には起きないか」
「そうですね、流石のルドラさんもそう簡単に起きませんよ」
「でも、ルドラさんならこういう時にゴキブリのように生き返ったりするッスよ」
この人ら本当にルドラの仲間なのか……? まあ、ゴキブリのように吹き返すのは否定しないが。
「あ、待ってくださいッス。服だけ貰えないッスか? 燃えてしまったので……」
「いつもどうしてるんだ?」
「ルドラさんの汚れ過ぎて売れなかった服があるのでそれを貰ったりッスかね。え、なんでタスラナさん。いきなり笑顔になって、どうしたッスか!」
そんな顔をしてるつもりもないが、流石に服の貸し借りなんて……。うらやま……、いやなんでもない。ルドラに、友人が増える事は嬉しい事だが、それが恋人だとかそういうのならば話は別だ。
「だが、今着てる服は違うだろ? それが、ルドラの私服だとは思えない」
「ああ、これッスか。カルスタンっていう変態が私に似合うからっていくつか服を……」
「カルスタンか。何となく察した」
昔、三度程カルスタンと会ったことがある。一回目は、幼女を監禁しているという疑いをかけられた時。二回目は、カルスタンの奴隷商問題について。そして三回目は、ルドラがいつものように捕まった際の、身元引受け人で鉢合わせた時だ。
「会ったことあるッスか?」
「まあ、色々と私もあいつには手を焼かされてる」
会ったことはこの三回だが、苦情やらなんやらが、何故かギルドに来るのだ。おかしな奴が、全員冒険者だと思わないで欲しい。
「それじゃあ、準備も終わったな。それじゃあ行くぞお前ら」
「はい!」
そうこうして、私達は交渉場へと向かうのだった。
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